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清和の王  作者: 才谷草太
出会い
6/53

富士川の大軍

 治承四年九月。以仁王の令旨により平氏討伐の令が下ってからという物、各地の源氏が挙兵していた事は前にも触れたが、頼朝が挙兵し、関東諸国を回る間にその軍勢は更なる勢力を吸収し、膨れ上がっていた。中には平氏の名を名乗る者も大勢居たという。そして十月六日、本拠地鎌倉入りをした頼朝の軍勢は数万にまで達し、一大勢力となっていた。


 時を遡る事九月一日。以仁王の令旨に呼応し、頼朝が挙兵という報せを受けた平清盛は、かつて情けを掛けた稚児の反乱を納めるべく、追討軍を派遣していた。が…平家側が京を発ったのは二十九日。平維盛、忠度、知度、忠清を中心とした源氏追討軍だったが、その出陣の日を「大安にするべきかどうか」という問題で揉めに揉め、結果出陣の遅延という大失態を披露している。


 その間に、頼朝の軍勢以外にも、甲斐では甲斐源氏、信濃では源義仲(木曾義仲)が挙兵していた。


 そして平家軍も頼朝同様に、進軍しつつ各地の武者をかき集めて七万にも上る大軍になるのだが、この時西国は食糧難であり、十分な兵糧を賄えず、士気の低下に繋がっていた。


 その様な背景の元での十月二十日、両軍は富士川を挟み出会う事となる…のだが、頼朝が対岸に見る光景は、戦を控えた軍のそれでは無かった。

 西の岸には、兵糧に窮し飢えている兵士と、遊女を集め遊ぶ兵士…陽は既に沈み、静まり返っている川岸に、まるで戦場とは似つかわしく無い光景が広がっていた。


 「…何だ、これは…。これが、敵か」

 頼朝は愕然とし、呟いた。政の中枢を担い、これから戦をする覚悟のある者は誰一人として居ない。むしろそこに突撃を掛けるかすらも迷う光景。

 源氏軍は、茫然と佇むしか無かった…。


 暫く後、少し離れた川辺で鳥の大群が飛び立つ音が聞こえる。

 その音は水面を走る大群にも聞こえたが、源氏側はそれを「水鳥」とすぐに分かった。

 しかし、対岸の平家側はそうでは無かった。


 食料に窮し、七万にまで膨れていた大軍は逃亡が相次ぎ、この時既に二千にまで減っていた。その事を含め、一部の者のバカ騒ぎにより士気が低下していた兵士は、その音を敵の大軍と誤認していた。

 末端の兵士達から動揺が波紋の様に広がり、更には混乱する者が現れ、鎧を棄てて逃げ出す者が出て来る。またその逃げる際に、他人の馬に跨ろうとする者も出て来て、内部で混乱が広がる。その隣では杭に繋いだままの馬に跨り、グルグルと同じ所を駆けまわる兵も出て来る。

 混乱が混乱を呼び、逃走を図る兵士の馬に蹴り殺される遊女・兵士も続発。


 それを見ていた源氏軍はこれを機に突撃を、と逸る者が出るが、頼朝は混乱が静まるのを待ち、疲弊した上での追い込みを掛ける事を決定。これが功を奏し、翌二十一日の朝まで続いた混乱で、平家軍は撤退して行った。


 頼朝軍は何もせず、ただ見ていただけ…では無い。実はこの時、彼らの背後から平家軍が挟み撃ちにしようと迫っていたのだが、その大軍勢に怯み撤退をしていたのだ。


 そして、この富士川の撤退にはある側面があった。





 それは頼朝軍が富士川に到着した二十日の夜の事だった。


 頼朝軍よりも少し上流では、ようやく義経軍も二十騎程を率いて富士川に辿り着いていた。

 義経が見渡す限りには、そこにまだ戦の痕跡は無い。報せでは頼朝軍がこの辺りに陣取っているとの事だが、その姿は見えない。

 「義経殿…この先は平家軍も陣取っている可能性があります。馬を置き、音を殺し歩きましょう」

 剣一は馬から降り、義経に発案する。

 「そうですね。坊…いや、坂本殿。全兵に下馬と進軍の命を」

 「またワシかい…まぁえいけど」

 龍馬は面倒臭そうに下馬し、後方の兵たちに伝える。この軍行の最中、龍馬は兵達との会話を進んで行い、信頼関係を築きあげていた。それは義経も十分に分かっていたからこその指示。

 後方の兵達は龍馬の指示に即座に従い、静かに下馬をして足音を殺す。


 ゆっくりと足音を殺し、河原を進む義経軍。


 突然義経が右手を高く上げ、軍を止める。

 その視線の先には、恐らく平家側と思われる軍勢が見える。


 「な…何ちゃ…あの様は…」

 龍馬も流石に驚きを隠せない。

 「あれが平家の現状です…。食料に窮する者の中でも、贅を貪る一部の者。戦場に於いても如実に出ています…」

 その怒りと悔しさが、義経の拳に現れ震えていた。

 「拙僧がひと暴れして参りましょうか…」

 弁慶も怒りの表情を崩さず、法杖をギュッと握りしめる。


 「待って下さい…」

 それを冷静に止めたのは、剣一だった。

 「二十数騎で突撃しては、こちらにも被害は少なからずとも出ます」

 「ほぅ…ほいたらどうするがじゃ?」

 龍馬は、ほれ来た!という表情を浮かべ、ニヤニヤしながら剣一を見つめる。それに答える様に、剣一もニヤリと笑い、与一に向かい指示を出す。

 「与一殿、その手前の鳥の大群が見えますか?」

 剣一は、平家軍より手前に居る、羽を休める水鳥の大軍を指差す。

 「はぁ…見えまするが…?」

 与一はニヤッと笑う剣一を、不思議そうに見つめ返して答える。

 「では、平家軍の中の、どれでも結構ですが馬も見えますね?」

 「…何が仰りたいか?」

 益々言いたい事が分からなくなった与一は、更に聞き返す。


 「水鳥を脅し、その直後に敵軍の馬の尻にでも、矢を放って下さい」


 「何だと??」

 弁慶は驚き剣一を見る。

 「ワザワザ数千の敵に突撃する事はありません。士気が下がった所に混乱を生じさせ、精根尽きた所に突っ込めば良いでしょう? 頼朝公が近くに居るのであれば、その期に乗じて突撃して参られるでしょうし」

 剣一の言葉に、弁慶は茫然とし、義経と龍馬は笑顔を浮かべ、与一はそれならば、とばかりに弓を取り静かに狙いを定め出した。


 「軍師・木下剣一の初陣…ちゅう事じゃの」

 龍馬が呟いた直後、水鳥たちは一斉に飛び立つ。そしてその間を縫うように、与一の矢は一直線に敵の馬の尻に刺さる。

 正に注文通り。


 混乱に陥った平家軍は、内部より壊滅し、逃亡して行った。与一の弓だけでここまでの戦果を上げてしまっては、弁慶に出番など無かった。むしろこれから戦うべき敵として見ると、滑稽に見えて仕方なく、義経軍からは失笑が出る程の光景だった。



 「たった二本の矢で、数千の大軍を退けるか…」

 義経と弁慶は、剣一を認めざるを得なかった。しかし剣一は与一を絶賛する。

 「いや、注文通り…流石与一殿です。あの一矢が無ければこうも見事に策は整いませんでした」

 「ほうじゃ! 与一殿の弓は天下一じゃの!」

 龍馬も囃子立て、それに乗じた二十数名の野党も与一を称えた。


 「成る程。遅れて従軍した与一殿を、見事に輪に取り込みましたか」

 弁慶は義経の横で、腕を組んで満足そうに見つめる。

 「木下剣一…一つの戦果を三にも四にもする男ですね。敵に回したくは無い」

 義経は苦笑いをしながら、その静かな勝鬨を眺めていた。

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