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清和の王  作者: 才谷草太
熊野軍略
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任官

 義盛らが頼朝と面会し、歴史を作り上げる礎を築き上げた直後から、頼朝は鎌倉郡を太宰府へ向けるべく軍を配備していく。


 山陽道には土肥実平・梶原景時、伊勢・伊賀には、大内惟義・大井実春を配備し、着々と進めていく。

 だが、未だ各地に平氏残党が残っており、土肥・梶原の軍は激しい反抗に会い苦戦を強いられ、重ねて伊勢・伊賀では大規模な平家軍の反抗が始まる。

 これこそが義盛が案じていた7月の乱である。

 その乱は大規模であり、7月7日午前8時頃、平家継を大将軍に立てた平氏残党は伊賀の守護に補任されていた大内惟義を襲撃。多数の家臣を打ち破る。そしてほぼ同時期に伊勢では平信兼以下が鈴鹿山を切り塞いで謀反を起こした。


 この平氏の大反乱とも言える巻き返しに院中は混乱を起こす。いずれこの京でも反乱が起きるのではないか…。伊勢・伊賀に留まらず、山陽道に進軍している鎌倉軍をもその反抗に苦戦するほどの勢いを持っている。

 しかしそれでも戦の勢いは既に源氏に傾いていた。

 同月19日、近江国で鎌倉軍が大将軍家継の軍を捉え戦闘となる。この戦は短期間で家継の首を取る事で終結するが、源氏側にも多大な戦死者を出すこととなる。


 8月3日。

 頼朝はこの首謀者を探し出し、処刑せよと義経に命ずる。


「想像を超えた反乱じゃったの…」

「龍さん、まだ終わってませんよ。やっと熊野別当殿から仕入れた情報が役に立つんです」

「平信兼かいのぉ…。先に分かっちょったがなら、捕まえてしもぅたらエエがや無かったがか?」

「駄目ですよ、この乱を締め括るのは義経殿でなければ駄目なんです」

「……おい、そんな話をしながら我を連れて…院に謁見するのであろう。静かにしてくれぬか」

 龍馬と義盛の会話に割って入る巴。三人共正装をしており、巴は男装…義経へと変装をしていた。

「義経殿、くれぐれも、頼みましたよ?」

 義盛の言葉に、巴はもはやウムとしか言えず、黙り込む。


 8月6日、宮中。


 数度の馬鹿し合いで後白河法皇と面識はある龍馬と義盛。今回も当然の事のように駆け引きありきでの謁見となるのは後白河法皇とて十分理解していた。していたが故に、背後より唐突に声を掛けた。砂地に膝を着き、内裏に向かい頭を下げていた背後からである。

「この者が九郎義経であると申すか?」

 義盛は当然その存在に気付いており、背後を振り返らずにフンっと鼻息で答え、龍馬は無邪気に振り返り驚きの声を上げ、巴はその顔を見るなり硬直してしまう。

「噂通りの美しさであるのぉ…いや、噂に沿いすぎておるわ」

「有り難きお言葉に御座います。この者が京を平家残党より守護し、更には平氏を討ち滅ぼす要となりましょう」

 クックックと笑いながら袖で口元を押さえ、後白河法皇は屋敷へと上がる。


 唐突に始まった駆け引き。

 義盛は一歩も引かず、畏れずに口を開く。頼朝と話したこの先を実現するためには、歴史を正史へと導くには引くわけにはいかなかった。


「その者が京を守護する…と申すか。しかし義経、とは言わぬのう…」

「義経では無い、と京の者は言い切れましょうか? 更には平家の残党に於いて否定されましょうか?」

「誰が義経であろうと問題ない、と申すか?」

「否、でございます。この先源家が進軍を重ねれば各地にて義経という者が出て来ましょう」

「その者が各地を転戦すれば、京に義経不在となるであろう。検非違使ともなれば京を離るる事はできぬぞ?」

 義経を身近に置き、京を、帝を、自らを守護させようとする法皇。更には鎌倉との駆け引きを有利に運ぶために。

「この者は単騎当千の猛者。そしてその下には兵を置きます。そう…先ずは先の伊勢での乱を鎮めるまで」

「その先は如何いたす」

「先は軍事に関わることあり、例え法皇様とてお伝えするには私には権限がございません」

「ほう…となれば鎌倉が与しておると言うことか。そうであったとして、考えなく其の方が口にするとは考えにくい」

「鎌倉…源氏はあくまで武士頭、棟梁にございます。平家の様に権力を貪る勢力ではありません」

「ならば検非違使としての位は必要ないと申すか?」

「それも否でございます。源義経が検非違使よして京の守護職に就いた事実が、この先の戦に大きく関わります」

 双方一歩も引かず言葉を交わすと、後白河法皇は龍馬と巴に下がるように命じる。


「義盛よ。朕はかつて清盛と渡り合う事に喜びを感じておった節がある。其の方にも同じ感情を抱いてしまうが…何を望む?」

 二人を下がらせた後、後白河法皇は義盛を懐かしく見つめる。

 かつての敵である清盛と同じく、駆け引きや策略を繰り広げる若者。いや、若者であって全てを知り誘う様な口調は仙人であるようにも感じる。

「望む物…刻を正しく誘い、我の存在理由とこの道の行く果てを知ること、で御座いましょうか?」

「刻を正しくか。まるで先の事が読める…否、知っておるような語り口ではないか」

「……」

「ほう、此度は否とは申さぬか」

「源家は平家を討ち滅ぼし、奥州をも平定致します。そして世は武士の世となり次第に時が流れ、天皇は飲み込まれ実権を失います」

「それは予見か?」

「歴史です」

「我ら天皇は歴史から姿を消すと申すのか?」

「否」

「ここで否…か」

「武士が世を治むる刻が長く続き、それでも天皇はここ京の都でその威光を保ち、長く続いた武士の世の終わりに再び表舞台へと現れます」

「一度権威が失墜し、10年や20年の話ではなかろう」

「700年」

「くっくっく…。誰も生きておりはせぬ」

「武士の世を終わらせ、天皇家を表舞台に引きずり出した中心人物こそ、今までそこに居た坂本龍馬」


 義盛の表情は無。逆に後白河法皇は面白い玩具を見つけたようにワクワクしている。

 暫くの沈黙の後、法皇は口角を上げて言い放つ。


「源義経を検非違使に任ずる。先ずは京守護の為に伊勢に参れ。その後は思うがままに動くが良い」

「法皇様、それは…」

「思い違いをするでないぞ? 朕は鎌倉に飲まれるつもりなど無い。こちらはこちらであの若造と楽しむ事にする」

 法皇はそう言うと内裏に向かい義盛に背を向ける。

「元より其の方が正直に義経と引き合わせるとは思っておらぬ。ただ朕も『義経』という偶像を京に留めおき、平家残党より守らねばならぬのだ」

「それは京を、ですか? それとも御身を?」

「其の設問に応えるつもりは無い」

「これより軍行準備へと入ります。…私もあの後白河法皇とこのような会話ができるとは思いませんでした」

 その言葉に法皇は返さず、義盛も黙ってその場を後にする。



「歴史か。あの後白河法皇と言いおった。信じる信じぬでは無く、関わりはこれ以上避けた方が良いな…。あの男と同じく、世の理から外れておる者か」

 法皇はポツリポツリと呟き、目を細めた。

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