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清和の王  作者: 才谷草太
熊野軍略
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伝説への布石

 頼朝との交渉が終わり、鎌倉での夜を迎える一行だが、そこに満足そうな二人とは対照的な巴の姿があった。

 「巴、いい加減諦めたらどうだ…」

 義盛は苦笑いを浮かべつつ諭すように口を開いた。

 「戯言では無い…。我が九郎の影となるなど考えても見なかった事。結果そうせざるを得ぬ状況になってしまったが、そうそう得心行くものでは無い」

 巴はプリプリと怒っている。当然であろう、彼女は京守護職として都に留まり、義経の振りをしつつ夫の帰りを待たなくてはならないのだ。

 「当然じゃろうな、巴殿は義盛殿の首を狙うために嫁いだ身じゃ。離れ離れになってしもうたらその好機を逸してしまうきのぅ」

 龍馬は茶化すように笑い、膝を叩いた。

 「そ、そうじゃ…我は首を取らねばならぬ!戦場にてつまらぬ者に討たれてなるものか!」

 慌てて龍馬の言葉に乗るが、義盛は軽く笑いながら言う。

 「お前は夫が信用できぬと言うのか? 私は必ず生きて戻る…討たれなどせん」

 義盛のその言葉に、巴は言葉を失い、じっと自らの膝に視線を落とし睨んでいる。


 「失礼仕る。伊勢義盛殿、頼朝殿がお呼に御座ります」


 縁側から声がした。頼朝の遣いの者だろう。

 夜も更けて来た時分に呼び出すとは…食事なら既に済ましている。後は寝るだけという状況下での呼び出しは、ろくな話題では無いだろう…と、三人はすぐに気がついた。


 「どうするが? ワシらぁも…」

 「いえ、どうも私に話がありそうです。少し行ってきますか…」

 「分かっておるな? くれぐれも勝手に進めるでないぞ?」

 心配している巴が声を掛ける。本音としてはこれ以上、勝手に自らの立場を作って欲しくは無いのだろう。

 「御大将殿の出方次第だな」

 笑顔すら浮かべず、ゆっくりと立ち上がり左腰に太刀を帯び、遣いの者に従い部屋を後にする。




 「済まぬな、寝入る時分にも関わらず呼び出し…」

 「否、本音を語り合うにはこれ程の刻が宜しいかと」


 頼朝と義盛の戦いは、互のこの言葉から始まった。


 「此度の戦、勝てると思うか?」

 「無論に御座いましょう。屋島奇襲の後、瀬戸の海を追い太宰府まで攻め入りまする」

 「そこで本軍と合流、総力戦…」

 「いえ、恐らく本軍は疲弊の極みにあり、参戦は困難かと。しかし本軍の驚異、挟撃、奇襲と重ねられた平家軍は大宰府を捨て、海戦を挑む筈に御座います」

 「そこで熊野水軍の登場…という腹か」


 二人は先を見据えての戦況を、既に描いていた。屋島への奇襲が成功すれば平家は敗戦がほぼ決定づけられる。そこに疑う余地は無く、それ故に奇襲への算段を練ったのである。


 「頼朝殿、本題に入っては頂けませぬか?」


 そう、このような軍議は既に無用なのだ。

 奇襲が成功すれば勝ち、失策すれば長期戦は愚か平家に勢いをもたらす結果となる。故にその先の戦略が義盛・頼朝の間に合致していれば、議論する必要など無いのだ。


 「任官を得た後、戦が終わり九郎殿の扱いを如何するか…で御座いましょう?」

 義盛の言葉に、既に策があると悟った頼朝はニヤっと口元を歪める。が…

 「ご自身でお考え下され」

 と、義盛は冷たく言い放つ。余りに予期していない言葉に、頼朝の歪んだ笑みは凍りつく。

 「なに?」

 「ご自身で、お考え下され、と申したのです」

 再度口を開き、頼朝に告げる義盛。これまでの態度とは一転したその姿に、頼朝は好枠を隠せない。

 「待て、其の方如何した!?」

 「我は先刻と何ら変わっておりませぬ。ただ言えるのは屋島奇襲の折に、巴の影としての役目は終え、義経殿の正体に世は気付くでしょう。影を生み、そこに隠れ平家を討ち果たし、京に凱旋すれば英雄は紛れもなく『九郎義経』となりまする」

 義盛のその言葉に、頼朝は立ち上がり叫ぶ。

 「まさか…!初めから狙いはそこにあったか!」

 義盛は言葉を発さず、沈黙を守って目を閉じる。

 「九郎を大将にする心積もりか…! 許さぬ!源家の棟梁は一人、嫡男である我のみ!そうでなければ秩序が保てぬ!」

 「義経殿に任官をと言うのであれば、そうなる事が道理。それを防ぐ手立ては…一つしかありませぬ」

 義盛は目を閉じて言う。

 「討てと…? 戦が終われば、我が弟を討てと申すか」

 悲痛な表情の頼朝を、義盛はゆっくりと目を開き睨む。その眼力に頼朝は一瞬の恐怖を覚えるが、その後、視線は隣の部屋の暗闇へ向けられる。


 「…政子殿」

 暗闇からはゆっくりと政子が現れる。

 「成程軍師殿…。九郎殿を討てば源家大将に畏怖の念が芽生えると共に、逆賊をも生む可能性がある。表裏一体と申されるか」

 政子の言葉に、義盛は頷く。


 「結果はどうあれ変わりはしないでしょう。ですが軽率な判断は基盤を崩しかねませぬ」


 「一つしかないと言う、其の方の言質。如何致せば良いのだ!」

 この頼朝という男も、一度火がつくと収まらぬ質なのだろう。床をドンドンと踏みしめながら部屋をウロウロし始める。


 「…奥州を平定せねば、源家の世は来ませぬ。あの清盛ですら手が出せずにいた奥州藤原家。かつて九郎殿は奥州に身を置き、育った」

 「なに…!? 奥州と?」

 「はい。奥州平定の要として、合戦の後は平泉へ入れるが善策と…」


 この時、政子の瞳は怪しく光っていた事を、義盛は気付かなかった。


 「成程、それは妙案。鎌倉より然程離れておらず、しかし京の威光も届かぬ奥州か…。平定の名の下に九郎を移せば、万事上手く行く」

 頼朝は機嫌を直し、顎鬚を撫でつつ口元を緩める。



 鎌倉と義経の、危険すぎる賭けがここに始まった事は、歴史の表には決して出ない。

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