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清和の王  作者: 才谷草太
熊野軍略
47/53

英雄として、偶像として

 六月となった京に、義盛達は戻ってきた。手土産として熊野水軍を引き入れ、更には鎌倉との交渉を有利に運べるかも知れない情報を含めて、話さなくてはならない事が山積みである。


 「伊勢義盛、那須与一…並びに巴、只今戻りました」


 義経の屋敷に入った義盛は、門を潜り大きく声を上げた。真っ先に出て来たのは何とも賑やかな龍馬だった。

 「おぉお! 戻ったがか! 待ちわびたがぞ、義盛殿!」

 大げさに抱きつく龍馬に、義盛は苦笑いを浮かべつつもその力でガクガクと体を揺さぶられている。

 「龍さん…ちょっと待って…りょ…」

 龍馬はそのまま義盛の腕を掴み、屋敷の中へと引っ張っていく。それを見た与一と巴は、慌ててその二人を追いかけて入っていく。

 「話したい事があるがじゃ。おまんが熊野に出向いちょる間に、法皇様がどえらい事を打ち上げてしもうたがじゃぞ」

 とんでも無い馬鹿力で、義経が待つ奥の間へと放り込まれた。旅で疲れが溜まった義盛は、その龍馬の力に抵抗できずにフラフラと義経の前に座り込んでしまった。

 「義盛殿、万事進んだか?」

 ヤレヤレと笑いを微かに浮かべる義経に、義盛は袴を直して改めて座る。

 「は…。熊野別当湛増殿始め、ご子息湛顕殿との面会を果たし、院宣を受け源家の力となる盟約を頂きました」

 「そうか…それは何よりである。が、京では少々困惑する事態が起きておる」

 義経の言葉の後、隣で立つ龍馬の顔を見上げて

 「そのようですね…」

 と、呟いた。義経の言葉の後、弁慶が少々不機嫌な表情で何やら紙を持って、義盛の隣に座る。

 「これが、十日ほど前に届けられた」

 弁慶は和紙をさっと開き、義盛の目の前に置く。そこには京守護職として義経を検非違使に命ずる旨が記されている。役職としては然程大きな物ではない。だが、鎌倉の頼朝を飛び越えて源家一門の者が任官となれば、総大将の面目も立たなくなる。恐れていた事がいよいよ動き出したのだ。

 「義盛殿が熊野へと向かった数日後、京周辺の平氏残党の動きに変化が出たとの噂が出た。無論、ただの噂に留まってはおるのだが…院は再び京の町を戦火で包む訳には行かぬ、というのが本音となろう」

 「院の御力も戦に於いては無に等く、源家に頼る他無いのでしょうが…九郎殿は任官など無くとも京を守護するに変わりは無い」

 義経と弁慶は交互に口を開く。この内容は恐らく、義盛不在の時に幾度と無く交わされたのだろう。龍馬が隣でイライラしながら立っている。それがどうにも可笑しく見え、義盛は思わず表情を崩してしまう。

 「見ろ弁慶殿、義盛殿が笑っちょるがぞ」

 それを誰よりも早く察した龍馬は、茶化すように言い放って部屋の入口に立っている巴と与一を手招きで呼ぶ。

 「義盛殿、妙案でもあるがか?」

 龍馬はニヤける義盛に対し、どっかり胡座をかいて座り込むと、前のめりで聞く。その背後に、巴と与一が座る。

 「いや…正直、ここまで一度に整うとは思わず、ついつい笑ってしまいました」

 義盛の言葉に、弁慶と義経は目を丸くしている。書が届いてからずっと三人で思案していた事が、既に解決済みとまで言いたそうな言い回しに、何がどうなっているのかが分からなくなったのだ。




 「検非違使…俗に判官という役だが、九郎殿が受けて問題ないと言うのだな?」

 弁慶が義盛に聞くと、義盛は軽く頷く。

 「兄上に対し、その旨を解けると言うのだな?」

 今度は義経が義盛に聞く。

 「はい、検非違使・少尉(判官)は従六位ですね?…となれば、昇殿できる位にはございません。義経殿を京に足止めしたいが為の口実による任官でしょう」

 「確かに、検非違使の上官職は定員が定められておる。逆に少尉となれば定めがなく自由が効くと言う事か」

 「そうでしたか…では尚更、実権としては危ぶむ物でも無さそうですね。で、先の一件は了承頂けますね?」

 弁慶と言葉を交わした後に、義経に目を向けると怪訝そうに聞き返す。

 「影を立てる…という事か…」

 「はい。義経殿は滅多に屋敷から出られていない様子ですし、京の人達の間ではその人相を含め、外見までが噂として飛び交っています。これを逆手に取り偶像と仕立て、義経殿の行動に抑止が付かぬようにします」

 さも当然の如く口にしている言葉は、所謂影武者的存在を作るという事だが、そこにどのような意味があるのか理解できたものはいない。全員が不思議そうな表情を浮かべる。そしてその表情に気付いた義盛は、一つ間を置いて口を開く。

 「検非違使となられた場合、義経殿は京を出ることが困難となりましょう。しかしながら任官を断る事になれば、今後院との関係性が危ぶまれます」

 「しかし任官を受ければ兄上との信頼関係が揺らぐ可能性もまた然り」

 「その通りにございます。で、あれば源義経という人物像を作り上げてしまえば良いのです」

 「なるほどのぅ…。検非違使でありつつも平家追討を繰り広げ、英雄たる義経殿を作り上げるっちゅうがやな?」

 「しかし大切なのはその後。平家追討は検非違使として京守護の為に必須である事は、誰に対しても説得はできましょう。ですが、平家を討った後に検非違使として平穏に暮らせるか…です」

 平家討伐の後、という言葉が出て、改めて全員が気付いた。義経自身は源家復興・兄頼朝の支援という名目しか掲げておらず、それ以外に欲などは無い。

 「どういう事だ? 申して下さらぬか?」

 弁慶と義経は、想像すらしていなかった『その後』に対する不安が膨れていく。

 「平家討伐の最大功労者は誰か、という事ですよ。当然、それは頼朝公でなければならず、例え弟君にあってもそれを認めてはいけない。認めてしまえば、源家棟梁が二人になってしまい…」

 ここまで言うと、義盛はチラリと巴を見て言葉を止める。それを察した龍馬は、ふぅと溜息を吐いて代わりに続ける。

 「なるほど、義仲殿の二の舞っちゅう訳か」

 龍馬の言葉に、巴は食ってかかる。

 「何だと? お主愚弄するのであれば切って捨てるぞ!」

 「ほ…? おまんは義盛殿に娶られたがじゃ無いがか? これは問題じゃの…未だに先の想い人が忘れられんちょわ」

 「想い人だと? 戯言を申すな! 義仲殿は我が主だ!」

 「どちらでも良い、巴…少し黙ってろ」

 義盛はそう一喝すると、巴は渋々黙る。龍馬はニっと笑って義盛を見て、義盛は軽く頭を下げる。

 「避けるべきは鎌倉殿・法皇様の化かし合いに巻き込まれぬ事。義経殿は立身出世に無欲でありながらも、求心力は人一倍英雄としての資質があります」

 「なるほど、九郎殿は法皇様からすれば利用価値の高い傀儡になる可能性がある、と申すのだな?」

 弁慶は隣で厳つい表情で書状を睨みつける。

 「傀儡だと? 我が後白河院の傀儡に成り下がると申すのか!?」

 感情が昂ぶり、顔を一瞬にして赤く染めた義経は立ち上がって義盛を睨みつける。

 「落ち着き下さい。義経殿が平家を討ち滅ぼした後、仮に鎌倉から疎んじられた時…誰に頼りますか?」

 「兄上に? ……それは…法皇様にご尽力頂く他ない…」

 「そう。そうなれば法皇様は英雄義経殿という偶像を手中に収める事に成功する」

 「なるほど! 鎌倉殿は英雄を抱える訳にはいかず、しかし法皇様に渡す事も許されぬ!」

 「ほいたら、義経殿は平家討伐の後は鎌倉にも院にも、そのお命を狙われる…っちゅう事になってしまうの。……どっかの誰かと、同じ立場じゃ」


 国を守るために奔走した挙句、倒幕派・佐幕派の両方から命を狙われることになった、自身の立場を思い出し苦笑する龍馬。どうやらこの国の英雄とは、そういった微妙な均衡の上で成り立つ者を好むようだ。


 「主観の相違により、誠の義もまた変わります。ですが、熊野別当殿との密談の際に、唯一の手段を見つけて参りました」

 「それが、影を立てるという事なのだな?」

 義経は気を落ち着かせ、再び着座する。


 「できますれば、この後すぐに鎌倉へと向かいたく思います。…龍さんと巴を連れ」

 唐突に名を呼ばれた龍馬は、ニコニコしながら義盛を見つめ、巴は意味不明な旅に目を丸くして床を眺める。


 「…休む間も無いのか…修羅め…」

 巴はゆっくりと溜息を吐いた。

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