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清和の王  作者: 才谷草太
熊野軍略
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決着と火蓋

 「それにしても、あんな戦い方するとはな」

 戦いに負けた湛顕は、腹を押さえながら義盛に言った。負けはしたが勝負の中では味わった事のない程の満足感が、確かに湛顕にはあったのだ。

 「再戦には応じられませんよ?」

 口元を軽く歪ませ、湛顕に意地悪く言う義盛に対し、湛顕は首を振りながら答える。

 「エエわ。弓の後に出した業…あれが『居合』やろう? その真髄は体捌きに見た。攻防一体言うんやろうか?交わした思うたら、その体勢が攻撃態勢になってた」

 それこそが『居合』の真骨頂である。防御が攻撃に直結する構えであり、更にその剣筋は鞘の中に収められている事で見切りにくい。

 「お主に勝とうと思えば、何十と切られんとあかん。流石に体も心ももたん」

 湛顕は笑いながら言った。


 闘鶏に模した試合の後、早速京に戻る旅支度を始めていた義盛一行。そこに湛顕も加わり雑談をしていたのだ。


 「で、この後どう動くんや?」


 旅支度もそろそろ終わりに近付いた時、湛顕は彼らに問う。


 「まずは京に戻ります。その後、鎌倉本隊の動きを確認した後に讃岐屋島へと進行するでしょうね」

 「ほう…早速屋島かい。なら我等も…」

 屋島は埋め立ての進んでいない当時、浅瀬とは言え讃岐の陸地からは少し離れた小島。平家水軍の陣取る島であれば、当然熊野水軍も出陣せねばならない。それが当然の答えである。だが義盛はそれをあっさりと拒否した。

 「屋島はあくまでも一拠点で、敵本陣ではありません」

 「…何をぬかすか。我らの掴んだ話しやと、屋島に天子様…いや、安徳天皇が」

 「この際、天子様の居所は忘れましょう。天子様は京にもいらっしゃいます」

 なるほど、と納得せざるを得ない。源家側からすれば現在の『安徳帝』は天皇ではないのだ。救出する、という名目を立てることもできるが、『安徳帝』はそもそも清盛の血を受け継ぎし天皇であり、それを後白河院が受け入れるとは思い難い。となれば、敵総大将である男の居所こそが『本陣』となるのだ。

 「宗盛殿の討伐か」

 腕を組み、満足そうに言う湛顕。確かに平家一派の棟梁は宗盛である事は、誰もが分かっている。と同時に、その宗盛がどのような男かも知られている。


 「宗盛殿を獲ったとて、何一つ終わりはすまい」


 ボソっと口を開いた巴に、与一も頷く。

 「ほう…なら知盛殿か」

 この辺りは流石に熊野を取り仕切る次代別当。事を分かっている様子だ。事実上、今の平家が組織を保っているのは宗盛ではなく知盛の知略・求心力カリスマあればこそ。彼が一の谷の戦で指揮を執っていれば、風向きは若干でも変わったかも知れない。知将知盛と名高くなるのは、一の谷の戦以後の事である。最も、それ以前から彼の知識の深さ、政治手腕は一門の中で群を抜いていたのだ。

 「…待て、屋島に知盛殿が居らぬと言うんか?」

 当然の疑問だ。完全に屋島に陣を構える平家に対し、事実上の指揮官が居ないとなると彼はどこに居るのか。

 「さて、屋島に居れば源家の圧勝となるでしょうね。その危機を察知し、動けぬ知将ではないでしょう」

 陸伝いに九州方面からの鎌倉本隊が、伊予から屋島に向けて動けば、伊予に隠れる反平家軍を飲み込み一大勢力になる。しかし、それほどの大群が鎌倉より動けば、嫌が応でも平家の耳に届く。そうなれば知盛はそれを食い止めようと、屋島から出るしか手が無くなる。が、湛顕は本隊の事を知らない。

 「そらぁ…熊野水軍が赴き、海戦となったら瀬戸の海で決着は着くやろうな」

 少し勘違いをしているが、義盛達は敢えて何も言わなかった。


 「湛顕殿、その際に二つばかりお願いしたい事があるのですが」


 しばらく無言で荷造りをし、それが終わる頃に義盛は口を開いた。


 「何や? 盟を結んだんや、できる限りの事はするで?」

 何やらニコニコと微笑みながら義盛を見つめる湛顕。どうやらこの男、根っからの戦好きのようだ。







 場所は変わり、京。

 義経の屋敷には弁慶と龍馬、奥州藤原家の家臣、佐藤継信・忠信兄弟の四人が居た。佐藤兄弟は義経が奥州藤原家に匿われている際に懇意となり、頼朝挙兵の報せを聞いた際に同行して来た家臣である。これまで幾多の危機を乗り切って来た猛者だ。義経の信頼も厚い。

 「いかん、いかんちゃ」

 土佐訛りで頭を掻いている大男。言わずと知れた龍馬である。

 「確かに…院の出方としては明らかに鎌倉殿を蔑ろにしようと見える」

 今度は龍馬の隣に座る大男、弁慶が目を閉じ、静かに言う。

 「何が悪いか。元を辿れば一の谷の一戦で大殊勲を挙げたは、九郎殿であろう? それを知っておきながらも、九郎殿に褒章も無く他の御人に手柄を流す鎌倉殿の配慮が無いのだ」

 否定と肯定。肯定を口にするのは、佐藤継信だ。

 「兄上の言う通り、院の此度の推挙はあって然り」

 兄に同調する忠信も、奥州から従ってきた主の背中を押す。当の義経はしかめっ面で目を伏せ皆の意見を聞いているに留まっている。

 「そうかのぉ…ワシは鎌倉殿のお考えも分かるちゃ」

 龍馬は継信・忠信兄弟を笑顔で見返す。

 「仮に義経殿を推挙し、何かしらの役が就いてしもうたらこん先、軍略に支障が出んとも限らん。おまけに京周辺での義経殿の評判が後押しでもして、京守護になんぞなってみぃ…。京から出るにどんだけ手間取ってしまうか」

 「し…しかし!」

 「勿論じゃ。報奨無し言うがは乱暴じゃとワシも思うちゅうが、まだまだ京周辺も物騒な事もあるき、義経殿を京から出す訳にもいかんがよ」

 「鎌倉殿も、此度の九郎殿の報奨は悩んだ挙句の事やも知れぬ」

 弁慶も龍馬の意見に賛同する。

 「しっかし…院も明白じゃのぉ…義盛殿が不在の時に、こんな書を持ち込んで来るとは」

 「軍師がいない今だからこそ、の勝負でしょう」

 今まで黙っていた義経が口を開く。

 「我々が絶対的信頼を寄せている事を、院もご存知なのだ。だからこそ、敢えて不在の間を狙い書状を送りつけ、更に返答までの猶予を取っておられる」

 「なる程の…ここで義盛殿が戻り、判断を仰ぐ事になれば今後の政治的駆け引きは、自然と義盛殿が相手となるっちゅう事じゃな」

 「それはそれで問題もあろうが、如何ともし難い。検非違使・左衛門尉とは…」

 弁慶は眉間に皺を刻み、瞼を閉じた。






 京での後白河院からの打診の事など、全く知らない義盛一行は、翌日未明に熊野別当邸を後にした。その後に繰り広げられる、息つく暇のない戦乱と策謀に飲み込まれる事になる等とは、誰ひとりとして想像すらしていなかった。

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