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清和の王  作者: 才谷草太
熊野軍略
43/53

策士と戦士

 その夜、義盛一行は湛増の屋敷に泊まった。一応歓迎はされている様で、海の幸、山の幸などの食事が振舞われ、京に居た頃よりも贅沢な宴となった。

 「して伊勢殿、主は如何ほどの力があるんや?」

 唐突に聞いて来たのは、何故かその場に居座る湛顕だった。この男は人懐っこく、警戒心も無く手酌の酒を煽りながら、義盛の隣で飯を喰らっている。

 「力など、ある筈が無いだろう」

 ふふんと笑いながら、飯を食う義盛。

 「馬鹿が。力無い者に、あのような法螺が吹ける筈が無いやろう。儂は父程では無いが、その程度は分かるわ」

 「武力を力と言うなら、湛顕はその程度の男か」

 無表情の義盛は、湛顕の徳利を奪い酌をする。

 「どういう意味や」

 あからさまに怪訝な表情で酒を受け、クイっと飲み干す湛顕。


 「武力を以て力とするならば、別当殿は屋島の平家を怖れたりはせん」


 義盛は徳利を返し、再び飯を食いながら、抑揚無く話す。


 「頓知とんちでもする気か? 儂は望んでへんぞ」

 蝋燭の灯りと月明かりで、妖しく動く影と光の中、二人の会話が進んで行く。与一はチビチビと酒を飲み、巴はその背後で二人の問答を聞きながら、厳かに眺めている。

 「平家に刃向かう武力は、熊野水軍一党には十分ある。だがそれをすれば、就く島の無い盗賊一派と成り下がる恐れがある」

 「何の、平家に向かい矢を引けば、院の御心のままやろう」

 「先に院に刃向かい、源家に刃向かった者が、今更平家に仇を為したとてその両局に迎え入れられると思うか?」


 義盛の言葉に、湛顕は動きを止めて考え始める。そこに与一が言葉を投げかける。


 「主等の勝手な思惑にある。木曾の源家、義仲がそうであったように、思惑のみで軍行をする輩に信念は無いと思われても、致仕方御座らん」

 「私利私欲と言う奴か…成る程。それでは立つ好機を見失っても仕方ないの」

 納得したように酒を注ぎ、それを見る湛顕。

 「だが、院宣に飛び付く様では逆に、俺も熊野水軍を引き入れるのは止めたけどな」

 「何でや? 大義名分は整ったやろ」

 「院宣一つでコロコロと立場を変えられる程、一党の力は弱くは無い。信念を以て平家に従った先代を裏切り、源家に就くと言えば、反発する者も少なからず居るだろう?」

 「そこで力比べ…って事か」


 二人の男は、旧友を懐かしむように、静かに笑みを浮かべていた。


 「父はその知恵比べに乗り、主に賭けた。次は力比べで熊野一党をねじ伏せて見よ。か?」

 「我が良人おっとは鬼神。人との喧嘩に負けるなど、ある筈も無い事」

 遂に負けず嫌いの巴が割って入った。

 「妻を連れての熊野詣とはな。鬼神のする事は人には理解できぬ」

 クスクスと笑いながら酒を飲む湛顕。


 この頃の山々には、女人禁制というしきたりが多かった。山岳信仰に男尊女卑の思想が強力にあるこの時代、中々ある物では無い。


 「妻では無い。あの女は、先の旭将軍源義仲に随行していた女武将だ」

 「召し取り妾にでもしたか?」

 「馬鹿を言うな…俺が義仲殿を討ったんだ。その始終を見ていた家来が巴だぞ。俺の首を狙う為だけに、鎌倉より逃走し、押し掛けて来た女だ」

 「その通りだ。我以外の何者にも、義盛殿のその首は譲らぬ」


 その会話で、湛顕は大笑いをした。


 「こいつは良い! 主人の仇の隙を伺う為に傍に居り、口実として妻となったか! しかも伊勢殿はそれを理解しながらも傍に置く。奇妙な者達が居るの、源家には!!」

 「…で、お主は何故ここに居るのだ」

 与一が耐えかねて口を開く。奇妙な者達、と呼ばれ、多少不機嫌そうに。


 「何や、主はどんな業を持ってんねや?」

 愉快そうに与一に尋ねる湛顕。だがその設問には、口を閉ざしている与一。

 「まさかこの二方に同行するに、凡人である筈も無いやろう?」

 逆撫でするかのように言葉を並べるが、眉間にシワを刻みながらも無視を貫く与一。

 「東国一番の弓の名手だ。飛来する矢を撃ち落す程の力を持ってる」

 代わりに義盛が答えると、湛顕は目を見開き与一を眺める。

 「何やと…!? 真か!」

 「ああ、疑うなら仕合ってみると良い。与一の望む距離を隔て、一発勝負で眉間を撃ち抜く仕合だ」

 「いや…遠慮しよう。それにしても…義経殿という大将に、儂も興味が出て来たわ。これ程の丈夫達を従える器、見てみたいわ」


 満足そうに酒を飲む湛顕。相当呑んでいるのにも関わらず、顔には全く出ていない。

 義盛一行は一滴も呑んでいないので、その温度差はあるものの、湛顕の人懐っこさから、堅苦しい雰囲気にはならなかった。



 「父上殿に、報告すれば良い」

 食事も済み、夜も更けて行く頃に義盛は言った。

 「探れと言われているんだろ? 俺達がどういう者で、どういう考えがあるのかを」


 「いや、それは誤解だ。単に儂が興味あっただけの事」

 「ならば伝えてくれ」

 義盛はそう言うと、右隣に置いていた刀を持ち、左腰に当て、抜刀する。

 「俺は恐らく、今までお前達が見た事の無い剣術を使う。1対1では恐らく負ける事は無い。一党が得心いく勝負を思案して頂いて結構だと」


 揺れる蝋燭の炎に、怪しく光る刃が、湛顕の目に映る。当時の太刀と言う程の反りは無く、装飾なども無い質素な刀である。しかも刃紋も美しい、所謂日本刀である。


 「それが、主の武器か」


 溜息交じりの湛顕の声が出る。


 「ああ、腰に下げる時から持ち方が違う」

 そう言いながら、義盛は納刀して袴に刺す。当時の太刀は刃が下になる様に腰に下げ、抜刀をする。それが戦国より少し前になると、刃を上に向ける様になって来た。

 馬上で刀を持つ時は、刃を下に向けていた事が要因であり、馬を下りる時間が長くなり、即座に対応できる事が求められる戦国時代から、刃は上向きになって行った。

 義盛も馬上に居る時は刃を下向きに帯刀しているが、降りた瞬間から刃の向きを反すという事をしていた。


 「何故、刃を上に向けるか?」


 湛顕は興味深そうに聞く。


 「俺の剣術は『居合』という。抜刀・構え・斬撃を一つの流れの中に置き、『鞘の中』とも言われている」

 湛顕は頭の中で描く。この男との立ち合いを。

 「抜刀から斬撃までが業か…」


 刃が鞘の中にあっては、間合いが取りにくい。おまけに間合いに入られたが最後、抜刀されれば斬られるのだ。恐らく、抜刀と斬撃は一瞬だろう。鬼神と呼ばれる男故に、想像するそれ以上の脅威と思っていた方が良い。

 同じ獲物で仕合うのであれば、間合いも同じ。こちらの攻撃が届くなら相手の攻撃もまた然り。こちらが構え、振り被った瞬間に斬られる。

 ならば突くのが有効。より長い獲物…そう、槍だ。懐に入れさせない様、突きに徹した槍であれば勝機はある。だがそこでまた、疑念が生じる。その目の前の男は、これまで幾度となく戦を経験して来た筈である。当然、槍を相手に戦った事もあるだろう。そして、その男はここに槍を持っていない。となれば、槍をも凌駕する、何らかの業を持っていると見て良いだろう。

 長物で突いた時、弱点はその長さ故に引き戻す時間である。横に撫で切るならば槍よりも薙刀の方が都合が良い。だが、突きを交わされた瞬間に、この男は間合いを詰めて来るだろう。まさに一撃必殺。一対一での勝負となれば、これ程の恐怖は無い。そして、元も驚く事はその業で、数々の戦を経て来たという事。

 戦ともなれば、一対一等と言う状況では無い事もあっただろう。

 それを、『居合』という業で切り抜け、今ここに生きて残っている事実。


 酒で温まっていた体が、不意に震えた。


 「別当殿には、まだまだ及ばんな…湛顕」


 それを見抜いた義盛は、ニヤッと笑って湛顕を見た。



 「主…儂を嵌めおったな」

 苦笑いを浮かべ、義盛を見る湛顕。


 そう、翌日の勝負の相手は湛顕だった。相手の業を聞き、それにどう勝つか思案して逆に呑まれたのだ。この時、ようやく湛顕は思い出した。この男が院宣を持ち、源家勝利の鍵となる策を持ち込んで来る程の策士である事を。


 「戯言を…話しの流れだ。だが馳走のお返しに忠告はしておこう、俺はかつて、槍の名手と仕合った事もあるし、突きの得意な天才とも仕合った事はある。あれこれ考えるだけ、無駄だ」



 槍の猛者原田左之助、天才剣士沖田総司。そして戦の鬼土方歳三。彼らの魂と共に居る限り、負ける訳にはいかない。




 「面白いの…明日が楽しみになって来た」

 湛顕はそう言うと、満足そうに徳利に残った酒を飲み干した。

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