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清和の王  作者: 才谷草太
出会い
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弓名人と居合

 治承四年(一一八〇年)八月。源頼朝は亡き父義朝の仇を討つ為、更には源氏復興の為に挙兵した。


 義朝は平治元年(一一五九年)十二月に起こった『平治の乱』に於いて平清盛との戦に敗れ、幼かった息子達は島流しにあっていた。その息子達の中に、頼朝・義経が居た。


 その後の清盛は後白河天皇を政界から追放し、政治の中枢に権力を求め、これを掌握(治承三年の政変)。

 更に清盛は次期天皇として、当時まだ幼かった安徳天皇を推挙。そのまま即位という事になり、当時即位争いをしていた以仁王が納得できぬまま、清盛等の策謀に呑まれて行った。政権争いは止まらない。以仁王は、まだ若すぎる安徳天皇の即位を清盛の野望とし、廃位・新政権樹立を計画。その令旨は全国各地の源氏を筆頭にした武士に出た。




 「平氏、とはそこまでの力を掌握しているのですか…」

 馬上で剣一が尋ねると、弁慶は口を歪ませて答える。

 「力は我が野望の為に使うべきに非ず…です。清盛一派は天皇即位に直接介入し、政権を手中に収めております」

 「それを阻止するために、ワシ等ぁはこうして総大将頼朝公の元に馳せ参じちょる訳じゃ」

 龍馬も続いて口にする。


 政権争い…。どの時代も血生臭い野望に充満していると、剣一は溜息を洩らした。


 「今、我等は賊軍という立場になっています。以仁王殿の挙兵に併せ、兄上も挙兵し、源氏復興をさせねば我等は罪人としての生涯を送ってしまいます」

 先頭を行く義経は、振り向かずに言う。

 「それは、こちらの立場でのお言葉でしょう…。あちらからすれば、この戦に負ければ賊軍と成り得る。立場変われば正義も変わります」

 剣一は、かつての経験から痛いほど分かっていた。

 「平氏の中にも、清盛に反している勢力は多い…今は、その勢力の暴発を食い止めるが先決にあります」

 弁慶は、静かな口調で剣一を諭す。



 夏が過ぎて行こうとする頃、一行は那須へと入っていた。






 場所は那須岳。


 野鳥が舞う山中で、一人の若者が弓を構えていた。その眼光に鋭さは無く、無気味な程の落ち着きと静けさがあり、狙うその身体は周囲の自然と一体化している。

 若者は、細く息を吐きながら、弓を更に絞り、右手を弦から離す。

 ピュウっという空気を切り裂く音がした後、鳥の悲鳴と落ちる音が響き、その若者は目を閉じて弓を下ろす。

 「済まぬ。今日も生かせて貰う…」

 ぽつりと言い、ゆっくりと落ちた鳥の元へと向かった。


 少し開けた場所に来ると、遥かより馬に乗った大群が見える。鎧を身に纏い、数十という少数ではあるが、明らかに軍行であると見て取れた。


 若者は、中でも先頭を歩く男に視線を集中した。

 豪華な鎧に身を包み、その背後には三人の大男を従えている。間違いなく大将であろう。ニヤリと笑いながら、その軍行に向かい弓を構え、正面より歩み寄って行く。


 「止まられい。この那須の地に何用だ! この地は我等那須が治めておる! 戦であれば他で願いたい!」


 弓を構え、静かな目付きで叫ぶ若者に、その大群の先頭は右手を上げて軍行を止める。

 すると、その左脇に居た大男が馬から降り、若者に向かって来る。


 「あなた…まさか那須与一殿か?」


 その言葉に、若者は怒りを見せる。

 「与一等と呼ぶな! 我には宗隆という名があるわ!」

 宗隆と名乗った男は、ギュウと弦を絞りその男を狙う。すると、その背後に居た大将と思われる男は名乗りを上げる。

 「我は源九朗義経。九…です。十一(与一の意味)で何を恥じる事がありましょうか?」

 「源…まさか源氏の…?」

 「我等は今より、平氏討伐への戦に向かう前に、那須神社に参拝致したく思っております。道を開けて頂きたい」

 背後の僧侶も口を開いた。

 少しの動揺が宗隆を襲った瞬間、目の前の大男が腰の太刀に手を掛ける。それが視界に入った宗隆は、条件反射で矢を放ってしまう。


 が…放たれた矢は、その男の目の前で二つに切り分けられ、地面に落ちる。


 「この距離で正確に眉間を狙えるとは…流石です」


 矢を両断すると言う神業を見せた男は、宗隆の腕を褒めた。

 「九朗殿…、この方に従軍をお願いしては如何でしょう?」

 納刀しながら振り向くと、弓よりもその飛来する矢を斬り落とした男に茫然としている義経が居た。


 「剣一殿…今の業は一体…」


 平安末期に『居合術』はまだ構築されていない。そればかりか、日本刀としての形にすら、まだまともに形成されていない時代。初目見えの業が神速とは、驚くのも無理は無い。更には自らの矢を斬り落とされた宗隆も、その業に目を丸くしている。


 「居合…抜刀術と称する業です。御覧の通り、飛来する矢をも斬り落とす業…」

 剣一は、そうは言っても宗隆の腕前を知っており、その狙いが額にある事を理解し、かつ放つ瞬間さえ分かれば、矢が見えずとも合わせる事は可能と踏んでの行動だった。

 どうやら過去…いや、未来とでも言うべきか、幕末での戦に巻き込まれた経験は、ここにも活きていると実感した。


 義経と弁慶が感動と驚愕を浮かべている時、宗隆は右膝を地に付き、頭を下げて言う。


 「我は家督を継ぐ者にありません…。しかし日々弓を鍛え、精進していたのも仕えるべき主を探し求める故。どうか、我を一軍に同行させて頂きたく!」


 宗隆の一言の後、義経は眉間にシワを寄せながらも笑っていた。


 「坂本殿を加えてからと言う物、どうにも軍行が賑やかになって行きますね…」

 愛嬌のある表情を、更にクシャリと曲げて龍馬を見る。

 「何ち…ワシのせいじゃと仰られるがか…。そん男に関しては、ワシは何も言うちょらんがじゃ」

 龍馬は馬上で頭を掻きながら、剣一を見下ろして笑う。

 「御家族は…身内の者への挨拶は?」

 剣一が問いかけると、宗隆はそのままの姿勢で話す。

 「先日来、戻っておりませぬ。兄が十人居ります故、我が抜けようと変わりはありませぬ」

 宗隆はそう言うと、黙ったまま頭を下げ続けていた。



 「覚悟はあるのだな?」

 「元より」

 義経は厳しい表情で問うが、宗隆もそのまま答える。


 「ならば、今より宗隆の名を棄てよ。那須の与一、そう名乗るが良い…馬は持っておるか?」

 「はっ…有難きお言葉。馬なればすぐに引いて参ります」


 宗隆改め、与一はそのまま茂みへと駆け戻って行った。




 「那須与一・武蔵坊弁慶…そして源九朗判官義経…。役者は揃ったか」


 与一を待つ剣一は、少し離れた所からポツリと呟いた。

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