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清和の王  作者: 才谷草太
屋島の平家
39/53

堅固要塞

 知盛は屋島を一大要塞にすると決意。水軍を持たぬ源家に対し、屋島は瀬戸内に浮かぶ小島である。しかし陸地と近く、物資の運搬も安易である事からこの地に決めた。元より屋島は平家に取って西国の要として認識していた為、城も既に組んでいた。


 時は既に四月中旬。温暖な瀬戸内の気候と相成って作業は順調に進む。

 花崗岩の屋島を掘削しつつ城を拡大、また東側の中腹には安徳天皇の庵も建造した。この事から東(海側)からの侵攻は無いと踏んだのが分かる。そう、この東側には海が広がり、その向こうには五剣山がそびえる。海から攻めて来るには不向きな地形となっていたのだ。

 「天然の要塞か」

 知盛は安徳天皇の庵に立ち、五剣山を眺めながら呟いた。

 「我であれば、この要塞を攻め落とそうとすれば南から攻め入りまする」

 「教経か、首尾は如何か?」

 南側の林から現れたのは教経。知盛と同じく五剣山を眺めながら歩み寄った。

 「阿波・讃岐は元より平家の国にありました故、皆快く従っております」

 教経は爽やかに微笑み、その視線を南に向けた。

 「しかしながら屋島の南…そちらが手薄と感じます」

 そう。北側と山頂に城を築き鉄壁の要塞となりつつあるが、南と東はあまり工事が進んでいない。

 「そうであろう。我等平家は水軍。陸戦に於いては源家と互角か、それ以下やも知れぬ」

 知盛は満足そうにそう言っている。この言葉を正直に取ると、平家は水軍だから北側に城を築き戦をする、と聞き取れる。つまり背後を捨てて攻め入られた時は海に逃げ、戦う…と言うのである。

 「知盛殿らしく無い策にございますな」

 「そう申して貰えるとは…まだ工夫が必要だな」

 知盛は苦笑いを浮かべながら、ゆっくりと下山を始める。その姿を追う様に、安徳天皇の庵に一礼をして下山する教経。

 「教経よ。どんなに強固な砦に於いても、脆弱な所が必ずあるのだ。何故か分かるか?」

 「…いや……我には…」

 突然のトンチのような投げかけに、教経は脳を一気に動かし始めた。その様子を下山しながら見る知盛は、クスリと笑い言う。

 「外に出られぬからよ…」

 知盛は満足そうに言い、屋島の南を指さした。その指の先は海を挟み、対岸を示している。

 「見よ教経。其方はあちらより攻めると申したな?」

 意外な戯言の直後にそう言われ、慌てて南を見る。

 「は…海は浅瀬にて、潮が引きますれば馬が通れる程に成りまする」

 「そう。坂東武者は果敢。潮の流れも穏やかな内海であれば川程の流れも無い。彼奴等には造作も無い事よのう」

 「坂東武者だけに非ず、我も渡れまする」

 負けず嫌いの教経らしい返答だが、笑顔で一蹴した知盛は、続けて言う。

 「海を渡った後に、其方は勾配の激しい屋島の山肌が見えるだろう。そこを駆け上がるには騎乗した馬には無理であろう?」

 知盛にそう言われ。南側の山肌を思い出した。確かに勾配は厳しく、迅速に駆け上がるには不向き。それを避け東に向かえば平家水軍に背後を取られ、東に向かえば砦がある。

 「成る程、攻め上がって来れぬ…」

 「更に、この屋島に辿り着く前に其方が敷いた防衛拠点を潰す、という進撃をせねばならず、消耗もあろう。物量では互角以下にある。更に、屋島と対した彼奴等の背後より、伏兵を出せば…」

 「挟撃!」


 計算を立てていた。どの場合に於いても屋島への侵攻をさせ、挟撃をすると。

 「教経よ、最期の餌だ。南対岸に砦を築き上げ、土豪の者を配備せよ。そこさえ崩せば屋島に侵攻できると思わせる様にな」

 「そこを破った時こそ、源家の敗北となる。で御座りますな」

 教経は知盛に一礼し、急ぎ山上へと向かった。しかし知盛はその姿を見ず、瀬戸内を挟み北の対岸を眺めていた。



 その知盛の視線の先から使者が戻ったのは、四月中旬だった。

 水島・犬飼の両方の地域に派遣した者達だった。知盛は義経の得意とする奇襲を危険視しており、海上からの攻撃に備えた策も立てていたのだ。

 水島地域の土豪を仲間に入れ、更には犬飼に拠点を置く水軍(海賊)をも仲間に入れた。


 「知盛よ、未だ福原京に未練があるでおじゃるか?」

 その遣いの者の言葉を聞いた宗盛は、一の谷の大敗を思い出し怪訝に言う。

 「否。源家の者は奇襲が得意に御座ります故、海上からの攻撃も思案しておかねばなりませぬ」

 「じゃが、水島や犬飼(現岡山県)からでは遠かろう。我等がそれまで耐える事は可能でおじゃるか?」

 宗盛は心配性の上、自分で策を思案する、という能力も無い棟梁だった。かと言って政治的才能も乏しく、長男重盛と比べれば同じ清盛の子とは思えぬ男だった。そんな男を支えつつ戦わなくてはならない知盛も、かなり苦労を強いられて来た。

 しかし腐っても平家総大将。知盛は嫌な顔一つせずにその問い掛けに答えた。

 「宗盛兄様、ここ瀬戸には小島が無数に御座いましょう。そこに我等平家の力により砦を築き、犬飼水軍に与えるのです。水の上に於いて、山育ちの坂東武者に勝ち目は御座りませぬ」

 「そうか…で、やはり神器は…」

 「その件は先般の通りに御座ります」

 知盛は軽く言い、頭を下げて部屋を出る。屋島山頂・屋島寺に居を置く宗盛。

 『眺望が良いと理由付け、天子様を中腹の庵に押し込み、己は山頂に居を構え…。大層な身分に成り申したな、兄上殿』

 内心は軽蔑していた。父は道が誤ったとしても一族の繁栄という大義があった。しかし今の棟梁にはそれが無く、ただただ力に溺れている。その力とて自らの力では無く、平としての残存でしかない。

 『家臣の為、降伏も一案にあるが…我等一門が絶える事は免れ無き事。あの兄上が呑む筈も無い』

 家臣からも頼られ、事実上平家を切り盛りしている知盛にとって、屋島の攻防戦すらも苦渋の決断であった。ただ、戦うのであれば全力・全知力を以て戦い、勝利に向かわざるを得ない。様々な思いを胸に抱きつつ山中を歩いていると、無意識に安徳天皇の庵に辿り着いていた。

 あまりに幼すぎる天皇は、その庵の前で祖母と戯れていた。

 「母上…」

 そう、安徳天皇の祖母は知盛らの母、二位の尼である。

 「知盛殿、どうなされましたか? 困った顔をされて」

 「いえ…申し訳御座りませぬ、不憫な生活をさせてしまい」

 知盛はそう言うと、幼き天子様に平伏した。

 「よい、知盛。朕はいずれ京にもどり主等を労ってやるぞよ」

 現状が分かっていない幼帝だけに、その言葉が知盛に刺さる。

 「ジジ様(清盛)の如く海を巡り、京へ戻るのでおじゃろう?」


 ……海を、巡る?……


 知盛は大きな穴を作っていた。

 仮に源家が四国では無く、京よりそのまま豊後にまで陸路を進み、大軍を以て各所を鎮圧。兵糧を確保しつつ九州を制圧した暁には、伊予より攻め込まれる可能性が残っていた。

 しかしその可能性は僅かに低く、軍行は長く兵糧も膨大になる。

 だが、あの奇襲により即座に我等平家を追討しなかった理由として、奇襲こそ源家戦法と思わせる為の布石であったのなら? 屋島に移る我等を尻目に、陸路の確保を進めていたとするなら? 完全に孤立し、長期戦に耐えられぬは平家となってしまう。


 「天子様、有難き御言葉に感謝致しまする」


 知盛はそう言うと、素早く下山して南方の砦建築現場へと向かった。


 陸路を叩く。それは現時点の平家には困難な事であろう。だがその事は源家の者も思っているに違いない。だからこそ、陸路を進む可能性があるのだ。その杞憂となる最大の勢力が伊予にあった。

 「教経、教経はどこか!」

 櫓を立て始めた現場の中で、知盛は声を上げる。すると泥にまみれた教経が土豪の中からひょっこりと頭を出す。

 「何をしておる! こちらに参れ!」

 「は…いや、何分体を動かさねば落ち付かぬ故、混ざって櫓を…」

 「よい、田口の棟梁はここに居られるか!?」

 この様な知盛の慌て様は暫く見ていなかった。教経はただ事ではないと思い、返事もせずに再びどこかに消えて行く。


 田口教能たぐちのりよし。父は成良といい四国の最大勢力を持つ豪族である。平家に従い四国を平定する程の力を持っており、阿波の国(現徳島県)を拠点としている。一の谷より平家が屋島に落ちて来ると、即座に馳せ参じて屋島に内裏を立てた一族である。



 「何か用か、ワシは築城で忙しいんじゃ」

 愛想の無い男が教経に連れられて来た。色黒で背は小さいが筋肉質。確かに京での優雅な暮らしは苦手そうな、しかし粗暴な感じは受けない男。

 「伊予水軍の件でござる。確か河野と申したな…」

 「そうじゃ。棟梁は河野通清じゃが、先般討ち死にしたんじゃ。今は子息の通信みちのぶが棟梁らしいけんど、今は伊予の高縄辺りで胡坐あぐらをかいとる」

 やはり、野放しになっていたか…。河野一族は源家に与している。一時は盛り返したものの、通信が棟梁になり再び伊予一帯を牛耳っていると聞いていた。

 「田口殿、河野何某を討てるか」


 教能は耳を疑った。ここから伊予までは距離があり過ぎる。確かに河野一族には大きな貸しがあり、いずれ勝負を、と思っていたが、築城に力を割いている現状では兵を存分に動かせない。少数で攻めてどうにかなる相手でも無い。

 「大将、無理言うじゃないか…ちょっと行って来るで倒せる男じゃ無いっちゃ。陸路なら戦の期間も入れ、ひと月にも渡る軍行になり兼ねん」

 ひと月か…今大軍を動かしてその隙を突かれれば、屋島はひとたまりも無い。

 「伊予を攻める兵は、如何ほど必要か」

 「そうっちゃの、三千騎あれば戦はじきに(間もなく)終わる」

 一国を率いる程の豪族を討とうと言うのだ。当然の兵である。だが今の平家に三千の出兵は命運を分ける事になってしまう。だが、ひと月で終わると言うのであれば…

 「承知した。その時には三千を任せ伊予に向かって頂く」

 知盛はそう言うと教能を現場へと戻し、教経を連れだす。

 「屋島も守りを固めようとする時に、三千の兵など…何を思慮されて居られるのか!」

 連れ出された教経は、知盛に異議を投げかけると、知盛は冷静に言う。

 「陸路は阿波からだけでは無かった。我の読みが甘ければ、下手をすればこの地で平家は終わる」

 知盛のその言葉に、教経は驚いた。万策を以て屋島の要塞を築き上げていると思っていた矢先、当の知盛から失策かも知れぬと言われたのだ。呆然とする教経に、知盛は続けた。

 「備前…いや備後やも知れぬが、そちらを通り九州まで進軍されれば、我等はどうなる」

 「瀬戸の海には、我が水軍が御座ります。隔てて攻めはできませぬ」

 「水軍とて魚では無い。陸を制圧されれば戻る港を失う」

 「その時には四国が……あ」

 教経は気付いた。九州まで制圧すれば、そこから伊予に入れる事を。いや、入れずとも伊予の河野一門が源氏に呼応すれば、正に孤立。


 「源家が進軍を行わぬよう、我は長門に戻る。備前を横切る様であれば水島の一帯で食い止める故、その報せが入り次第、田口殿を伊予へと指し向ける手筈を、其方に頼みたい」

 「……心得まして御座ります」


 西国の瀬戸内一帯は、源平の勢力を借りた全面戦争へと向かいつつあった。


 だがこの数日後、京に降る雨は讃岐にもその滴を落とした。義経に幸運をもたらす静御前の舞の後に。

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