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清和の王  作者: 才谷草太
京の源家
35/53

源家の縁

 上皇の元から去り、都に降る雨の中大通りを義経邸へと向かう義盛は、大降りになって来た雨を凌ぐ為に、酒屋の軒先で雨宿りをしていた。

 「雨か…必要とは言え、ここまで降らなくても良いと思うけどな。静殿の神通力とかの噂も広がる一方だし。義経の味方にできる程度の噂で止まれば良いけど」

 ブツブツと独り言を呟いていると、雨の滴が途端に遅くなる。瞬間的に何が起きているのか理解できない義盛は、不自然な光景に見惚れていた。


 「伊勢義盛、その首を頂きに参った」


 その声は雨の音をすり抜け、耳に届いた。色を失い音を失った視界は、一点のみが鮮やかに色付く。

 そこには黒髪を美しく伸ばし、雨に濡れた女性がポツンと立っていた。見覚えのある女性…。平成の世でもそれは美人として認められるであろう顔立ちに、漆黒の髪を雨に濡らし、男装でもしていたのか武者の如き出で立ち。


 「なぜここに? 鎌倉に居る筈では…」


 義盛の声は雨に消され、女性には届いていない。

 ゆっくりと義盛へと歩み寄りながら、女性は言葉を繋げる。


 「地下人の貴様が昇殿を許され、何を賜った。我が殿の怨敵めが」

 そう言いながら、義盛の前に立つ。

 「怨敵か…。恨まれているのなら仕方の無い事。だが呪っているのは貴女でしょう…。貴女の殿は、立派な最期を迎えられた」

 「何とでも言える。討たれた者に言葉は出せぬ故な」

 義盛は溜息を吐きながら、その女性の腕を掴んで引き寄せる。

 「春とはいえ、まだ雨に打たれると冷える。我を討つ前に、病で命を落とすぞ」

 そう言いながら、軒先へと誘い込む。

 「仇討ちに鎌倉より参ったのか。だが、今討たれてやる訳にはいかない。だが、全ての決着が付いた暁には、討たれてやっても良い」

 「頼朝が実権を握った暁か」

 隣に誘いこまれた女性は、懐より短剣を抜き、義盛の背中に当てる。殺気が剣先より伝わって来る。この女性は本気で刺そうとしている…。

 「権力など、どうでも良い。我等の望みは泰平のみであり、平家を討つ事と義経殿も考えておる」

 「戯言を言うな。我が殿を討った者が無欲であるなどとは…」

 「強欲の者に討たれた方が、幸せであったと言うか?」

 殺気を放つ女性を、容易く笑って見返す義盛。

 「太刀を帯びて居らぬお主が、我に勝てると思っておるのか?」

 「その辺の野党よりは強く、難儀はするだろう。だが貴女の敵は真に我か?」

 義盛の言葉に、女性は言葉を止めて眉をひそめる。途端に殺気が鈍るのを感じた義盛は、何気なく女性の顔を見下ろして微笑み、

 「義仲殿は、立派な武将であった。ただ都の流儀に翻弄され道を誤ったが、最後は東国武者らしく戦での散り様、見事だったぞ。我は義仲殿の為にも討たねばならぬ敵が居る」

 「く…ははは! お主が平家を討ち滅ぼすと言うか!」

 女性は笑いながらも、義盛を睨みつけている。

 「できなければ、我を斬れば良い。恐らく我はその為にこのときに居る」

 「ふん、天がお主を遣わせたとでも言うか? 思い上がりも甚だしいわ」

 グッと背中の剣を押しつける。義盛の背中には鈍い痛みが走る…が、皮一枚を裂いただけで刃は止まっている。義盛はその自らの背を一切関さず、表情を変えずに音が戻った雨の都を眺める。

 「武家の時代を終わらせた男が、何でその世を作る時代に居るのか…俺も分からん」


 剣一・ ・としての言葉だった。当然女性には何の事だか理解できない言葉だが、変えぬ表情に寂しさを感じ取った。


 「お主…何者だ」

 「さぁな。俺自身分からん」

 「オレなどと言う言葉を…お主は遣うのか」

 女性は義盛の背中から小刀を離した。女性に指摘された義盛は、苦笑いをしながら口調を戻す。

 「いや、遣うべきでは無いな。許せ」


 その言葉に、女性はスッと小刀を鞘に納めて言う。


 「我と勝負せよ。義仲殿の仇討ちができぬならば、主を討った者に討たれて死ぬる事こそ武士。情けにより生き永らえるは屈辱である」

 「勇猛果敢と噂される坂東武者か。平家一門はそれを恐れるが故、容易く策略に呑まれる」

 「話しをすり替えるで無い!」

 「すり替えているのはいるのは、貴女でしょう。義仲殿は武将として散ったのだ、更に最期の命令を貴女は破り舞い戻った。義仲殿の、最期の望みは何であったか言ってみなさい」

 義盛の言葉に、女性は困惑した。無論仇討ちなど望んではいないだろう事は理解していた。だが自分自身が許せなかった。

 「鎌倉へと辿り着き、庇護を受け…更に誰とも知らぬ男と夫婦にさせられ。これを屈辱と言わず何と言うか」

 「知った事では無い」

 義盛は冷たく言い放ち、天を仰ぎ見る。隣に立つ美しい女性に同情ができない自分に、若干の腹立たしさを感じながら、それを隠していた。

 『俺は人に関心が無くなったのか? それとも本当に人では無くなって来てるのか? 自分と関わる者以外、何の関心も寄せない男になったのか』

 自問しつつ、時間が過ぎて行った。その義盛の様子を黙って見ている女性。

 「我はどうすれば良いのだ。主君を、義仲殿を御守りする事こそに喜びを覚え、女を捨て戦場にてその価値を見出して参ったのだぞ。それが主を失い、突然他人に娶られ、仇すらも敵と思っておらぬ」

 涙を流さず、眉間にシワを刻み義盛を睨みつけている。

 「武者が聞いて呆れる…。結局、誰かを言い訳に生きているに過ぎぬ」


 自分で言っておきながら、義盛は情けなくなった。自分自身もそうなのだから。何をするにも誰かに怯え、変える事が怖くて二の足を踏み、結局流されながらも言い訳を探している自分。


 『刻を守る為、義経を、龍さんを守る為。結局は自分を守りたいだけだったんだ』

 義盛…いや、剣一はこれまでの行動を思い返していた。

 『あの時、龍さんを斬らなかったら? 護っていたら? あの時土方さんを止めていれば?』

 歴史はどうなっていたのだろう。自分が関わった事で未来が変わるなら、それに意味があるのか?


 不意にそんな事が頭を過ぎり出した。


 『俺は後悔などしていない。坂本も言っていただろう、お前に斬られるなら本望だったと…。お前が、坂本がそこに居る理由は関係無い。宮古・二股口・五稜郭…お前はお前の意思で戦ったんじゃないのか?』


 胸に響く声がする。紛れも無く土方歳三の声だった。

 刻の守護者? いや、本質はそうかも知れないが、結局の所は自分の意思に委ねられている。タカマツがそうであったように、刻の意思を外れる事もできる。この時代に来て目眩がしないのは、何かの理由があるのだろうが、自らの意思で動く事しかできない。刻が関われと言うのであれば、全力で戦おうじゃないか。


 「土方さん…貴方はやはり侍でしたね」


 ポツリと呟き、女性を見下ろす。


 「義仲殿は平家を滅ぼし、源家復興を夢見た。権力に魅入られ道を誤りはしたが、主君の夢見た時代を見たくは無いか?」

 突然の義盛の言葉に、女性はギクっとした。

 「仇が俺だろうと頼朝だろうと、平家だろうと…俺には関係無い。お前に討たれてやる訳にはいかないんだ。義仲に遺された言葉通り、お前を鎌倉に戻すか、それが嫌なら俺について来い。平家の最期を見せてやる」

 自分がここに居る、義経と共にいる限りは平家を滅ぼす。それこそが自分のやるべき事だと信じ、迷いは捨てる。そのうち刻の意思が見えた時に、判断すれば良い。


 「何の事は無い。覚悟を決めれば良いんだ」


 義盛の口調が昔に、いや、本来(未来)の口調に戻っていた。女性は再度の誘いを断るべきか、背中から襲うべきか悩んでいた。そんな空気を悟ってかどうかは分からないが、義盛は女性に背を向け、雨の中へと向かって歩き出し、言った。


 「巴、自分の足で立ち歩いて見せろ。主君を言い訳に生きる意味を立てず、見事に生き抜いて見せろ」


 義盛は歩みを止めず、巴を無視するかのように歩き続けた。

 次第に雨により霞む義盛の姿を、巴はしばらく見送っていたが、小刀をギュッと握り直した後懐に納め、義盛に向かって走り出し…背後から蹴飛ばした。

 「偉そうに説くな! 我の仇は其方だけじゃ!」

 不意に蹴飛ばされて驚く義盛に、捲し立てる様に喋る巴。

 「何が自らの足で立てじゃ!? 我は言われずとも立って居る! 自らの意思で鎌倉より抜け、こうして其方の元へと来たのだ!」

 「…蹴飛ばすのが目的か…?」

 背中を擦りながら、あまりの剣幕に動揺を隠せずに尋ねる。

 「五月蠅い! 鎌倉では義経はじめ其方等を恐れて居るのだ! 特に義盛、其方をな!」

 「俺を!?」

 「その可笑しな言葉遣い、どうにもならぬのか!」

 「あ…無意識だな…まぁ良いだろ? 俺も装うのは止めだ」

 右手で背中を擦り、左手では烏帽子の中の頭を掻く義盛。

 「ええい…こんな奴が一の谷で軍師を務め上げたと言うのか」

 「鎌倉ではそんな話しになってるのか? 範頼殿か?」

 「そのようだな、策は其方が練り実動部隊は範頼じゃと申しておったそうだ」

 ふぅ~んと考え込む義盛に対し、巴は更に言う。

 「だがどうじゃ、京に着いたらば義経が京を守ったと言うておるではないか。其方の名も聞かぬ」

 どうやら、鎌倉では話しが曲がっている様だった。手柄欲しさ…と言うよりも、どこかで話しがねじ曲がっている、その程度に思えた。

 「我が殿を討った其方らが、真はどのような武士なのか…知る為に舞い戻ったのだ! それがどうだ、昇殿をする其方の姿があり、その主君たる義経が居らぬ。源家の平家討伐頭は義経では無いのか!」

 「成る程…それで俺を刺そうとしてたのか。京で権力を手中に入れ、頭では無い俺が昇殿をし、お前の主人を討ったのは私利私欲の為だった…と」

 雨の中、何となく合点がいった。それは刺したくなるよな…。しかも無欲と言いながら昇殿までしている仇なら尚の事だ。義盛は独り頷いた。

 「一人で得心するな。其方等は何を考えて居る!」

 「俺に着いて来るなら、その内教えてやるよ」

 そう言いながら、また歩き始める義盛。今度は背後を警戒しつつ。


 「一体、何が起きてると言うのだ! 一の谷の見事な策を披露した其方が、何を企んでおるのだ!」

 巴は義盛の背中を追いつつ、しきりに声を掛けながら歩いていた。





 「只今戻りました」

 表からずぶ濡れの直衣の義盛が声を掛けると、義経・弁慶が慌てて出迎える。

 「大義であったな。で、万事上手く行ったのであろうな?」

 「ええ、役所を受けず諸国への院宣が出され、その遣いとして俺達が動けます」

 「おお、良くやってくれた! ……オレタチ?」

 「あ、申し訳ない。どうやら言葉遣いが昔の物に戻ったようで…意味は分かりますか?」

 「あ…あぁ、理解は出来るが…」

 「ならば慣れて下さい。色々事情がありますが、説明すると混乱するでしょうから」

 既に混乱している義経と弁慶を尻眼に、さっさと直衣を脱ぎ始める。

 「な…何をしておる! 我の前で裸になどなるな!」

 不意に義盛の背後から女の声が響く。義経と弁慶は更に驚き、大きな義盛の体に隠れている女を覗き込む。

 「あぁ、済まん。…いや、お前が勝手に着いて来たんだろう?」

 「勝手に、だと? 其方が着いて来いと申したでは無いか!」

 言い合う女の姿を確かめた二人は、驚きを限界にまで達して大声を上げる。


 「義盛! その女子は巴では無いのか!? 義仲の便女であろう!」

 便女とは、武将の身の回りの世話をする女性の事を指す。のだが…

 「便女と呼ぶで無い! 我は義仲殿が家臣!武士にあるぞ!」

 と、義経に喰ってかかり始める。

 「おい、五月蠅いぞ」

 グイっと身を乗り出して言い返す巴の、黒く美しい(ビショビショの)髪をグイっと後ろに引っ張る義盛。当然そんな事をされると巴の首が後ろに引かれ、天井を仰ぎ見る態勢となる。

 「良いか巴、俺に着いて来いとは言ったが、俺の殿に刃向かえとは言って無い。俺に着いて来るなら俺の殿に忠を示せ」

 「我は其方を討つ為に戻ったのだ! 就き従う為に非ず! 更に討つ価値のある者かを見定めるのだ!」

 「言っただろう…。平家の最期を見せてやる。だから着いて来いと。俺達の考える所は、その内教えると。就き従い共に闘えないなら、出て行け」

 髪を後ろに引かれ、天井を仰ぎ見る巴を、義盛は見下ろして静かに言う。巴は言い返せないもどかしさを義盛に抱きつつ、プスっと膨れている。

 「成る程、義仲殿が戦に重宝したことわりが理解できる」

 弁慶が多少、呆れ顔で言うと、巴がそのままの態勢で弁慶を指刺して言う。

 「其方は殿では無いであろう! 侮辱すると許さぬぞ!」


 「…義盛よ…其方は武者を拾って来たのか、馬を拾って来たのか、どちらだ…」


 義経は、ボソボソと義盛に言うが、どうやら巴には聞こえているようで、ブスっとした表情で眉間にシワを刻んでいた。


 「暴れ馬には縁があるようです」


 その言葉に、奥の方で様子を見ていた龍馬はプっと吹いていた。




 一騎当千の女武者、巴御前。義経軍に参軍。

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