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清和の王  作者: 才谷草太
京の源家
32/53

敵を執り込む器

 静が登場したのは百人目、つまり最後の舞だった。

 この舞に順序はあったものの、義盛の策を使い九十九人目の白拍子が舞い始めた頃に宮内に到着させたのだ。これは上皇と義盛の盟約に則り、雨が降った時の神秘性を高める為の演出だった。


 「美しいのぉ…義経めが妾にすると言うのも分かる」

 上皇は簾を上げ、静を眺めていた。磯禅師とは接点があったものの、こうして見るのは初めての上皇。義盛との盟約に、多少の後悔はしつつも賭け事を楽しむよう心掛けた。

 その舞を見るのは、義経以下源家三名も同じだった。

 白い衣、赤い袴、漆黒の烏帽子。しばらく見惚れていた義経は、ふと義盛に尋ねる。

 「義盛殿、静を娶るのか?」

 平静を保つ口調が、義経の強がりなのかは分からないが、義盛は無表情のまま答える。

 「いいえ、私は彼の女を与り受けただけ。ただ上皇様には『義経が妾として囲う』とお伝えしました」

 「義経とは、其方の事であろう?」

 「まさか…。上皇様は私が殿では無いと感付いておられました故」

 クスリと笑い、軽く振りかえる。

 「上皇様は策士…それもとてつもない器量の策士です。雨が降ればこちらの策に乗り、更に利用しようとするでしょう」

 「それはお主の思惑であるか?」

 今度は弁慶が尋ねる。

 「多少の変更はありましたが、何とか思惑通りに進みました」

 義盛の答えに、二人は安堵する。





 「ほぉ…静殿の舞もエエもんじゃのぉ…」

 恐れ多くも、宮内に入り込み、木の陰からその舞を見ている龍馬が呟いた。

 「さ…坂本殿、宜しいのか?このような事を」

 「エエきに、おまんが気にする事では無いがじゃ。それに義盛殿なら、ワシがどっかで覗いちょると思っておるじゃろうしの」

 ケラケラと笑いながらも目を細めて眺める龍馬。

 「こりゃぁ…死んでもワシの近眼ちかめは治らんかったのぉ」

 腕組みをして、ぼんやりと見える静の舞を喰い入る様に眺めていた。

 「しかし、まさか拙者が宮内に参る事ができる日などが訪れるとは」

 「そうじゃろぅ?那須で鳥ばっかり相手にしちょったら、こげな舞も拝めんかったがじゃ。ワシに感謝せないかん」

 得意そうに与一に語る龍馬だが、与一は鼻で笑う。

 「忍び込んだ挙句、こんなに離れた場所からしか拝めませぬが」

 「文句があるがやったら、帰ってエエんじゃぞ?」

 そう言いながら軽く蹴飛ばす。緊張感などどこにも無い二人だった…。





 静の舞が終わり、上皇や義盛たちは天を仰ぐ。


 澄み渡る春の空。どこまでも続く晴天…。時期に夕刻になるだろう空は、雨の一滴も期待できそうに無かった。

 「雨は期待できんかのぉ」

 龍馬は目を細めて天を仰ぎ、宮内からコソコソと出て行った。無論、与一も慌てて続く。



 その夜。磯禅師と静は義経邸へと尋ねて来た。

 「降るんだろうな、真に」

 「御心配でござりますか?」

 弁慶と磯禅師が奥の間で話す。そこには他に誰も居ない。

 「拙僧の事よりも殿の首が懸っておる。戯言では済まされぬぞ」

 「われを信じたはお前さん達の軍師殿でござろう…。都で生きて行くには、より強き権力者に囲われるが先決で御座りまする」

 「我が殿が賭けに負けし時は、上皇に就くと申すか」

 「そうに御座りませぬ。われは義経殿では無く義盛殿に命運を託したので御座ります」

 優しく微笑む磯禅師は、灯籠の灯りにゆられて妖しく浮かび上がっている。


 同時刻、義経の寝所には義経・静・義盛が居た。


 「後は命運を天に任せるしかありませんね」

 軽く笑いながら義盛が言う。その空気に負けたのか、義経も情けなく笑う。

 「其方の肝の太さが分からぬわ。たがえば命尽きると言うに」

 「それならば、命を天に返すのみ、です」

 龍馬の言葉だ。が、妙に重みがあったのだろう。義経は溜息と共にふっ切った様子になる。

 「そうで御座るな、こうなっては軍師殿を信ずるしか無かろう」


 そんな二人の姿を後ろで眺める静が、口を開く。

 「それで、義盛殿はわれを娶る事になり申したのですか?」

 優しく、そして悪戯っぽく微笑む彼女は、まだどこか幼い表情を湛えていた。

 「私は『預かる』と言っただけで、娶るなどとは言った事はありません。上皇様には『義経の妾にする』と申上しましたし、私と義経殿が入れ変わっている事にお気付きになられておりました」

 澄ました顔で静と義経を見比べる。義盛は我関せず、興味なしという態度を貫いた。

 「まぁ…それではわたしは、これからどうすれば?」

 まるで義盛を試す様に聞き返すが、迷う事無く切り返す義盛。

 「好きにしなされ。静殿の想い人に近付けば宜しい。ただし…しばしの間は、行動を共にして頂き、この屋敷に居座って頂きます」

 「待たれよ、義盛殿。行動を共にとは何じゃ」

 「殿、京の守護としての御役を遂行するに当たり、やらねばならぬ事が御座います」

 「それは分かっておる。各地に守護代を置き治安回復と維持に…」

 その義経の言葉を、義盛は右手を突き出して遮る。

 「そればかりでは御座いませぬ。我等の後ろ盾が無き時に、守護代の意味などありませぬ」

 義経は言っている意味が分からなかった。後ろ盾は朝廷であり鎌倉でもある、そう思っていたからだ。

 「後ろ盾にはならぬか!?」

 「鎌倉…頼朝殿は京より遠きに御座います。更に朝廷とて近くはあれど、その威光が弱り反発・乱暴する者が居る。さすれば後ろ盾は無きに等しいかと」

 その言葉に、ピンと来た義経は膝を叩き笑顔になる。

 「得心した! 近隣諸国の武士もののふを統括し、従える訳だな!?」

 「ええ、それもただの武士ではありませぬ。来るべき平家討伐軍へ編成する為の者達で御座ります」

 「西国武士を編成する…と申すのか? 東国武士では無く?」

 「東国武士は頼朝公の元、進軍致します。我等に領土は無く報償を与える事ができませぬ」

 その言葉が義経には理解できない様子だった。


 東国武士は『源家復興』と謳いながらもその実は違っていたのだ。範頼とて同じであり、彼らの行動から義盛は悟っていた。

 彼らは平氏より領土を摂取されていた武士。当然源家だけに留まらず平家内部にも同様の立場の者が大勢居た。だからこそ平氏を名乗る者も頼朝に加勢をし、戦っているのだ。報償の無い義経に東国武士が従う筈も無いのである。だからこそ、報償抜きに馳せ参じる武士が必要であり、それには確固たる地位を朝廷より賜る事が重要であった。


 「守護代並びに西国一帯の治安維持を旨とする宣旨」


 「朝廷の名の元に、平氏討伐…?」

 義経が薄らと真意に近付いた。

 「源家復興が見て取れる故に、上皇様は東国武士に警戒を強めております。しかしながら宣旨での軍行となれば、私欲では無くそれぞれがそれぞれの為に、参軍致しましょう。それに関して上皇様は危惧が無くなりましょう」

 「そこに…宛てはあるか?」

 「それは、ゆっくりと探します。そうですね…まずは平家と肩を並べる水軍が欲しいですね。龍さんの航海術だけでは、流石に勝てません」


 う~~んと考え込む二人に、静がクスっと笑いながら言う。


 「熊野水軍がございます」


 静の言葉に、義経は驚いた。確かに京から近く、熊野三山と共に瀬戸内の海賊を統括する熊野水軍を味方に付ければ申し分ない…が


 「今の別当(総責任者)は田辺家にある。平氏の流れを汲む者にあるぞ。十八代別当の湛快たんかいは平治元年の騒乱で平氏に就き従い、我が父を討った! 更に現二十一代別当、湛増たんそうに至るまで平氏より恩恵を受けておる!」


 一気に捲し立てる義経。彼にしてみれば仇敵であり、討つべき敵かも知れぬ以上、当然のことだろう。


 「熊野水軍…? …おかしいですね…」

 義盛が何かに引っかかり、疑問が生まれて来た。

 「それほどの水軍があるにも関わらず、先の福原での戦ではその影も見えなかった。仮に、そのような水軍を有していたのであれば、戦はもっと有利になっていた筈」

 「噂に御座りまするが、熊野別当、湛増殿はどちらに就くか迷われておられるとか…。福原での戦の折は分かりませぬが、そこに馳せ参じて居られないのであれば、望みもあるやと」

 静という女の情報網、これは白拍子の実力か…。なるほど権力者が囲みたくなるのも頷ける。義盛は独り感心していた。


 「熊野…別当…」

 義経にしては悩むであろう。親の仇でもある平氏一門である者に、助けを求める等とは。

 「殿、許し難き敵であるとは思いますが、敵を取り込み自らの勢力を拡大する時に御座います。器を大きくお持ち下さい」

 義盛は丁寧に言葉を連ねる。灯籠の灯りが春の夜風に誘われ、快く揺れている。

 「雨が降りし時、殿に運気が降り注ぎます。全ては天のみぞ知る…です」


 その言葉に、義経は静かに頷いた。



 春の風が、京を強く吹き抜ける。


 そして、遠くに雷鳴が響いた。春の嵐が、京に訪れる…。

熊野別当湛増登場。熊野水軍の長であり、家系は紛れも無く平氏です。

さぁ、彼がこの後にどう物語に絡んで来るのか…。

やっと「刻の旅人」っぽくなって来ました…

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