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清和の王  作者: 才谷草太
一の谷の合戦
27/53

福原陥落と捕虜

龍馬が水軍を率い、形勢は決定的となった一の谷合戦…。

 瀬戸内に出現した、龍馬率いる『源氏水軍』の勢いは止まらず、海対海、海対陸の戦闘で圧倒的に有利に戦を進めていた。海に逃げた平家は矢に射抜かれ海上に転落、海上に逃げようとすれば源氏陸軍からの追討軍。

 戦はこの時に全てが決まった。

 中には人混みを盾にして、小舟に割って入り、そのまま沈没する船も出る。


 陸に上がった龍馬と与一は、範頼に寄り添いその様を眺めているだけだった。



 少し離れた夢野口でも同じ状況となっており、源氏水軍こそ到着はしていないが既に主力武将は奇襲による波状攻撃で討取られ、統率が取れていない。

 海上に逃げようにも船の数が限られており、水没する船、乗船前に討取られる者…。

 戦は既に終わっていた…。


 一の谷での平氏の被害は、兵卒のみならず『平通盛、平忠度、平経俊、平清房、平清貞、平敦盛、平知章、平業盛、平盛俊、平経正、平師盛』という平家一門の主要人物を失った事が大きく、まさに源氏軍の大勝利となった。

 勿論その原動力は義経率いる奇襲別働隊であることは確かで、神出鬼没の軍隊は油断していた平家軍の中枢を大混乱に陥れるには十分すぎた事が大きい。



 残るは残党ばかりとなり、一の谷の平家本陣である福原に義経・範頼が到着したころには戦も終焉となっていた。




 「平家一門、十二名の首級か。まずは上出来ですか」

 「九朗よ…これ以上何を望むか」

 「頼朝兄様は殲滅をと望まれておりました。殲滅とは行きませなんだが…」

 義経と範頼は、武将達を交え首級を揃えて戦果を話し合っていた。当然そこには義盛や弁慶なども居たが我関せずという表情で小舟を眺めていた。

 「殲滅とはまた豪儀ではあるが、それに近しい戦果が得られたのだ。鎌倉でも得心して頂けるのでは無いか?」

 範頼は周りの武将の働きに、満足そうに笑う。その周りの武将たちもそうだ。皆がこの戦は大勝だと実感していたし、事実その通りである。

 だが、義経には違和感があった。


 「殲滅…という事は、安徳天皇を含めての命でござろう? 果してそこまでの命を下し、後白河上皇との密約が完結される物であろうか」

 「天皇が二人即位する、という事を避ける為の最終手段ではないか?」

 義経な不穏な憶測に対し、怪訝な表情のままで返す範頼。

 「恐らくは後白河院はその意向でござろうが…兄様がその命に素直に従うのが気に掛かる」

 「確かに…天皇家の暗殺など、易々と動ける物では無いからの…」


 「なに、動くのは義経公であって、頼朝公では無いがやろ」


 フフンっと緊張感の無い声で割って入る龍馬。海を見つめて義盛たちと話しをしていたと思えば、いつの間にか参入している。


 「どう言う事だ、坂本殿!?」

 「天皇家を手に掛ける者には災いが降る…っちゅう事を聞いた事があるがじゃ」

 相変わらず緊張感の無い声で言いながら、寒そうに両腕を懐に隠して人の輪の中に潜り込んで来る。

 「九朗を捨て駒にしておる、とでも申したいのか?」

 範頼は大声で笑い飛ばした後、キっと龍馬を睨み付ける。

 「我等は源氏復興の為に立ち上がったのだ。天皇家に背く為では無いわ! 鎌倉殿も同じ事、殲滅とは平家一門であって安徳天皇は含まれておらぬ! 九朗…其方も早合点するではないぞ!」


 この声は当然、義盛にも聞こえていた。が、敢えて聞こえぬ振りを通し、龍馬に任せていた。そんな事を知ってか知らずか、龍馬は続ける。


 「後白河院は天皇後継を正式に我が派閥による物と考えちょる筈じゃ。ほいたら、何が必要になるがじゃ?」

 その言葉には、義経も範頼も返答ができない。答えを知らない訳ではない…。その答えを言えば、この戦い自体の意義が刷り返られている事になるのが分かるからだ。

 無言の時間が流れる。周囲では時折残党の声が聞こえ、その度に終えて行く。



 「捕え申した!」



 沈黙を貫いていた義経達に、ザワツキが広がる。







 男は息子を探していた。

 まだ平氏が退却を始めて間の無い頃だった。

 範頼の軍に属していたその親子は、一番槍を突き立てると意気込み、敵本陣へと突っ込んでいた。

 だが、父は同時に二男を見失い捜索と戦を繰り広げていた。


 「景高! 何処にあるか!」

 父は二男の捜索に躍起になっていた。というのも、旗色が変わり平家が退却を始めた頃、父の景時はその流れに乗って一度戦場から離れたのだ。息子たちも当然、深追いはせず引き上げたと思っていたがその姿は何処にも無く、再度敵陣に突入して二男の身を探していた。

 父の名は「梶原景時」。富士川の戦いで先陣争いをした武者だった。


 「口惜しや…我が息子を見失う等と…」


 平家軍が次第に減って来た頃、尚も息子の姿が見えない。

 戦は既に終わる頃だというのに…。焦りが景時を襲う。もう命は繋いでないだろう…、戦とはそういう物だ。どこかで果てれば首級は失う事もある。父よりも早く逝く事も戦の常である。

 景時は深く悲しい溜息を吐いた。そして捜索をと息子の命を諦め、本陣へと戻ろうと馬を返した時だった。既に倒壊している家屋から、馬が人を乗せて歩み出て来る。しかも景時の存在には気付いてない。


 瞬時にして弓を構えるのは、武人としての悲しいまでの性だろう。


 その敵が周囲を見回し、一気に駆けだそうとした瞬間に景時は弓を放った。強弓は矢を一直線に走らせ馬の首を射抜き、その場に倒した。

 景時も馬を走らせその武者に駆け寄る。


 「何者ぞ! 名乗られい!」

 槍を敵武者の首元に突き立て、声を張る。

 「これまでか…我ら一門も随分と討たれた様で…」

 その一言で平家の者である事は十分過ぎて分かった。


 景時は馬から降り槍を退けて言う。


 「某は梶原景時。今は源に就きし者にある。…重衡公とお見受け致したが?」

 「如何にも。我は清盛公が五男、平重衡にある。我が首を取り手柄とするがよい」

 男は潔くも絶望的な状況を把握し、首を差し出した。

 「ほう…足掻こうとはなさらぬか」

 「既に勝敗は決して居る。無駄な足掻きは望まぬ…。一門と共に、討たれる覚悟あっての事」

 その言葉に景時は大きく頷き、口元を緩めた。

 我が息子も、きっとそう思い戦場にて果てたに違いない…と。


 「お見事な御覚悟にあらせられる」

 景時はそう言うと重衡の腕を取り、その場に立たせた。

 「既に勝負は喫しております故、貴公の首級を頂く理由も御座らぬ」

 そう言うと、高らかに声を上げた。



 「捕え申した!」





 その声を聞いた義経達は、一斉に声の方を向く。暫くすると、馬に乗った景時と、それに引かれた平家武者が陣に姿を現した。

 「おお、景時殿…その武者は?」

 範頼が問うと、景時は馬から降り膝を付き口を開く。

 「平重衡公にあります」

 敵の中核にある男を討取らず、捕縛して連れて来た事への驚きと怒りが義経を包んで行く。

 「何故生かしておる?」

 切れ長の目が、殺気を帯びて行く。

 「戦は終わっております故」

 「平家殲滅が兄様からの命にあるぞ。今すぐここに首を刎ねぬか!」

 無情な命が下るが、景時は静かに断る。

 「無情にございまする。それは戦では無くただの殺生…」

 そこまで言うと、義盛が義経の背後に立っていた。そしてようやく口を開く。

 「なるほど…これは良いですね」


 義経は後ろを振り向き、怒りを表した。


 「敵を生かして何とするか!」

 「敵だからこそ、活かせるのです」

 そう言うと義経に耳打ちを始める。

 「殲滅の裏にある指令…恐らくは神器にあります」

 「神器…等という命は出ておらぬぞ」

 変わらず怒りを押さず、しかし小声で答える。

 「そうでしょう…。京に近い義経公に命じてしまっては、直接上皇に差し出されてはいけない」

 「何故だ。返上が目的であらば、何故……まさか…!」

 「恐らくは、神器を手中に収めようと算段しているはずです。理由は分かりませんが」


 二人はすっと重衡に視線を移し、同時にニヤリと笑う。


 「待て…其の方等…今、何を思案した」

 義経と義盛の視線に、何かを感じた重衡は危険を察知し、綱で結ばれたままジリっと後ろに下がる。


 「兄様の真意が分かるやも知れぬな」

 「恐らくは、今後の我々の行動を左右する結果となるでしょう」

 「ほいたら、まずは後白河院を使うて交渉から入らないかんがぞ?」

 何故か全てを悟っている様に龍馬が割って入ると、義経もニヤリと笑いながら言う。

 「無論だ。我等が戦う先の目的が見えずして、命は賭けられぬ」

 「結果…頼朝殿を裏切るかも知れんが、それでも良いがか…?」

 龍馬は小声で義経に問いかける。

 「どうあれ…我は侍大将である。誇りは失わぬ」




 何が陰で動いているのか、この先彼らが何をしようとしているのか…。この時はその三人以外は誰も分かっていない。

 そして、この一件が義盛・龍馬にとって途方も無い戦いの始まりになる事は、本人達ですら分かっていなかった。そして、その先に刻の意思と対峙する事も…。



 一の谷の戦いは、源氏軍圧勝という結果と、先の暗雲が残る事となる。

感想など頂けたら、モチベーションと共にテンションも上がります。よろしくお願いします。

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