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清和の王  作者: 才谷草太
一の谷の合戦
24/53

塩屋口の開戦

遂に鉄拐山を下った義経一行。福原を囲む陣営で、徐々に開戦となって行く。

 義経一行が鉄拐山を下りた頃、夢野口・生田口では戦が始まっていた。

 これは示し合せた物では無く、範頼軍が六日開戦とのつもりで準備をしていたが、一向に開戦される気配が無い為に決起した事から始まっていた。

 生田口で戦が始まり、夢野口陣が慌ただしくなった時、安田義定・多田行綱が好機と見て進軍。それぞれの判断が偶然にも連携になっただけの事だったが、この事により、戦況が一気に変わって行く。


 平家本陣『福原』では、三草山夜襲の報せと共に戦闘準備に入りつつあった頃であり、正しく意表を突かれた形での決起が重なり、徐々に混乱が広がっていた。


 が、平家とて戦になると踏んでいた以上、易々と本陣を明け渡す様な真似はしない。

 生田口・夢野口共に平家は激しく応戦し、源氏は中々進軍する事ができない。…とはいえ、兵の数では圧倒的に平家が上回っている事から、源氏の奮闘ぶりも分かると言う物。



 「夢野口も始めおったか! 義経が大将か!」

 軍最後尾で指揮を執る範頼が、伝令の者に訪ねるが、伝令は首を振り否定しつつ

 「否! 義経殿は鉄拐山方面へと向かわれたそうであります!」

 「そうか…。義盛の策に乗ったか…。この地に明るくは無いが、そうであれば夢野口を背後から叩くのも時が来れば可能であろう!」

 範頼は満足そうに伝令に休むように言い伝え、生田口の兵たちを鼓舞する。

 「耐えろ、今は耐え、退く事を選ばず、進む事を選ばず、しばし時を稼ぐのだ。この進軍、どうも八幡大菩薩の加護が我らについておる様だ」

 口元は緩むも、その視線は鋭く西を見遣る。


 「義経め…。途方も無く天に愛でた軍師を味方に引き入れたようだ」




 「義盛殿、この調子で間に合われるか?」

 馬に跨る弁慶は、不安な表情で問う。

 「降りられますか? さすれば私だけでも追い付く事はできましょう」

 余裕の笑みを浮かべ、振り向く事無く答える義盛。弁慶と義盛は、1頭の馬に跨っていた。と言うのも、弁慶の乗っていた馬は逆落としの際に、脚を故障し、その場に放って来たのだ。

 当時の馬は、ポニーの仲間であり体躯は小さめ。脚は太くて短く、野山を駆けるに適してはいるが、脚は速くは無い。

 源義仲の支配していた地域、木曽が原産の『木曽馬』と呼ばれる馬が主流だった。それ故に大柄な弁慶と義盛を背に乗せての進行は遅く、じれったくもあった。

 その遅さから不機嫌なままの弁慶と、飄々とした表情の義盛を乗せた馬は山間を抜け、少し開けた場所に差し掛かった頃、戦が展開された形跡が目に映る。

 「義盛殿…これは」

 「ええ、戦の跡ですね。どうやらこの地では源氏方の圧勝の様ですが…」

 義盛の言葉通り、そこに転がるのは平家方の死体と、まだ装備される前の鎧だった。

 まさか背後からの襲撃があるとは想像すらしていなかった様子で、鎧を纏う前に襲撃を受けている事が分かる形跡。

 「奇襲は成功、という訳でありますな?」

 「これ以上無い結果となっているかも知れませんね」

 二人は満足そうに笑いながら、馬を下りた。


 「さぁ、武蔵坊弁慶…。かつてない程の戦が、この地で始まっております」

 「ようやっと、九朗殿の御為に働けまするわ」

 弁慶はそう言うと、馬の横腹に掛けていた特大の槍を取り、柄尻でドンと地面を突く。





 「義経殿! 熊谷親子の姿が有りませぬ!」

 前線を戦う義経の耳に、思いがけぬ言葉が入って来た。

 「何だと!? まさか討たれたと申すか! 誰か、誰か熊谷親子を見た者は居らぬか!」

 義経もまた馬に跨り最前線で勇猛に戦っているが、この親子の姿が見えない事に動揺を隠さずに周囲に聞いた。

 熊谷直実・直家親子は兄頼朝の家臣。この戦で討たれたとなると兄に申し訳が立たない。


 戦場に於いても兄を気遣う義経は、辺りを見回しつつ奮闘していた。その時だった。

 「直実殿は先駆けを行い、忠度本陣へと攻め参りました! 子息の直家殿も後追いをしております!」

 と、伝える者が出て来た。

 「先駆け…一番乗りを果たすと?」

 その伝令を耳にした義経は、俄かに表情が変わった。

 「この軍の大将は我ぞ…。我を差し置き一番乗りなど、言語道断である!!」

 義経は激昂し、叫ぶ。兄を思っていた男は瞬間に怒りを頂点に持ち上げ、馬を走らせた。


 そう、義経と言う男は普段温厚であるが、激情家でもある。

 一度火が付くとそれを治める事ができず、暴走してしまいがちになるのだ。

 そして一方の熊谷直実という男は、武勲を立てる事こそ主への忠誠の顕しとし、義経では無く頼朝に従っているという意識の違いにより、今回の先駆けとなっていた。


 「熊谷親子を追え! 一番乗りを許すな!」

 これもまた、兄に戦場を任されたと言う責任からであろう。

 後方の義盛達からは想像もできない戦へと、その趣旨が変わっていた。




 一方、先駆けをせんと駆けた熊谷直実は、海へと逃走を始める平家軍の中を斬り進んでいた。

 「情け無し! 平家に武者は居らぬか…我こそは武蔵七党が一角、熊谷直実くまがいなおざねである! 腕に覚えある者は勝負されい!」

 名乗りを行うと、そのまま本陣へと突入して行った。

 そしてそれに続き、息子の直家と武蔵七党の平山季重も後に続く。

 僅か三名の武者が本陣へと一番槍を突き立て、更に堂々と名乗った事により、鎧を纏いながら平家は四散していた彼らは、覚悟を決めたかその三名に向き合った。

 「僅か三名で乗り込む等と、何と天晴! 今ここでその首を討取ってくれるわ!」

 平家陣営からも声が上がる。

 そして戦となった。


 常識で考え、この人数で敵う筈もない事は明白である。

 熊谷親子と平山はあっという間に取り囲まれ、その攻撃をかわす事がやっとであった。

 徐々に包囲を狭められ、彼らは馬を捨て、奮闘していた。


 「御待たせ致した! 源氏方土肥実平推参!」


 熊谷親子を取り囲んでいた平家の背後より、声が聞こえた。そう、平家三兄弟を追討していた土肥実平である。海岸線まで辿り着き、遂にその背後を捉える事ができずに、そのまま本陣へと向きを変えていたのだ。


 「土肥殿! お恥ずかしい。一番槍がこの有り様故、ご協力を!」

 「申すな! 合い分かっておる!」


 そう叫ぶと、僅か十騎の土肥軍は、平家軍の背後から恐ろしいまでの勢いで突っ込んで来る。

 熊谷親子はギリギリの所で命を拾ったのだ。


 が、事の成り行きとは言え、軍を分けて仕舞わざるを得なかった義盛の策が、転じて奇襲を有利に運ぶ結果となって行く。


 僅か十騎程の土肥軍と、熊谷親子・平山の少数軍は、そのまま平家の包囲網を蹴散らし、再び四散させる事に成功。更に奥へと進もうとするが、土肥に止められる。

 「待たれよ、僅か十騎程でこのまま奥へと進めば、奇襲と言えども兵を徒に失うばかり。ここはまず、名のある武将を討ち、本陣の到着を待つが本策かと」

 確かにその通りである。本陣への一番乗り、一番槍は既に為した。

 この後は後発軍の到着をまってでも遅くはない。そして既に平家本陣の守衛は四散しており、本軍到着後は数での争いにすら成り得ないだろう。


 「承知致した、某はこれより四散した平家の者を追討致す!」


 そう言い残すと、土肥軍から離れて行った。

 「あの男…後に義経殿の敵とならねば良いが…」

 ずば抜けた行動力で手柄を欲し、その為には命すら軽視する兵。そして、主は頼朝のみとする直実。

 土肥は薄らと影を感じながらも、平家本陣への突入口で奮闘をする。




 同時刻。本陣中枢の福原に最も近い夢野口では、安田義定・多田行綱が七千の軍を引き連れ開戦していた。

 こちらは奇襲とは言え平家本陣の中枢のある場所故に、平家の抵抗も激しく、易々と落とせる筈も無かった。そして同じく生田口でも範頼率いる五万の兵が開戦をする。

 少数が本陣を奇襲した後、本軍が想定通りの生田口を攻める結果となった。

 その情報が各地に伝えられた頃、その周到さで平家中枢は混乱に飲まれ、逃亡を謀る者が続出。また、戦意を消失し討たれる者まで続出して行く。


 五万の兵が生田口に集結し、そこに戦力を集めた平家はその後、三草山に夜襲をかけられ、本陣から応援を向けた直後に七千の兵に奇襲を掛けられ、更に西方から百騎の奇襲が重ねられる。

 同等以上の戦力を有していたにも関わらず、奇襲による戦力分散と波状攻撃に、次々に壊滅する陣営。




 自然の要塞である鉄拐山を背後に有する塩屋口に攻め行った義経は、遂に名乗りを上げた。


 「我こそは源頼朝が弟、九朗義経にある! 平忠度殿、尋常に勝負為され!」


 後に奇襲の天才と呼ばれる、源義経誕生の瞬間であった。

感想など頂けたら、モチベーションと共にテンションも上がります。よろしくお願いします。

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