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清和の王  作者: 才谷草太
一の谷の合戦
22/53

鵯越 ~挟撃へ~

 三草山の夜襲を終え、義経一行は二手に分かれ南下を始めていた。

 一方は猟師を先頭に、少し西側に進路を取って獣道に馬を走らせる本軍。一方は逃走させてしまった平家三兄弟の追討を行う軍。


 本軍は平家側が出して来るであろう三草山への援軍をやり過ごす為、進路を少し西へと取っていた。

 ひたすら福原を目指して馬を走らせる義経軍。そう、時間との戦いであった。

 三草山に夜襲をかけた事で、平家本陣より援軍を送り込む筈であり、その間に本陣を狙い落とす。更に六日は平清盛の法要も相まって、戦の準備は整い切らない筈。それはこれまでの平家軍の戦いぶりを見ていれば想定できる。

 つまりは、今しか無いのだ。


 そして義経本軍は遂に鵯越へと到達する。

 六日の深夜になってしまっていた。


 「予定よりも遅れた…。範頼兄はもう突撃したやも知れぬな」

 義経が絶望にも近い表情を浮かべていた。が、すぐさま後方に居る弁慶がそれを払拭する。

 「戦が始まっておれば、これほど静かな夜では御座いません。範頼殿も、こちらの事情を鑑み、出陣を遅らせて居られるのでしょう…」

 弁慶の言葉通り、辺りは静まり返っていた。

 少し遅れて義盛が到着する。

 「軍師殿、馬は苦手で?」

 弁慶が悪戯っぽく笑いながら振り返り、言う。

 「ええ、最も自らの脚で走るよりは良いですが…それよりも」

 白い涎を垂らす馬を下り、義経の馬の隣に立つ。

 「予想以上の悪路に遅れましたが、戦はまだのようですね」

 山から見える福原…と言っても、深夜なので暗闇しか無いが…に戦火は見えず、戦は始まっていない様子。

 「範頼兄が負けておらねば、開戦はまだかと」

 ふふっと笑いながら義経は見下ろすが、開戦が未だ成って無い確信は彼にもあった。


 「義経殿、更に軍を分けます…。主力部隊はこのまま福原へ向かい、夢野口の陣を叩きます。もう一軍は西へと進路を変え、鉄拐山の平忠度を襲撃します」

 「一万を更に分ける、と言うか! 義盛殿、その真意は何処に!?」

 「夢野口で開戦すれば、それに乗じて範頼殿も開戦する筈です…そうなれば、敵本陣である福原襲撃と判断し、そちらに注意が向きます」

 「奇襲の更なる重ね掛け…」

 義経が満足そうに笑いながら、顎を撫でる。

 「時に差を生ませ、鉄拐山に居座る忠度の背後を取ります。その際に陣に火を放ち、混乱を生じさせます」

 「成る程、あの火種を使う気ですな?」

 弁慶はニヤリと笑う。この時代にあのような火縄は存在せず、松明を持っていない軍隊が戦中に火を放つなど、考えられない。


 「良し良し。安田!多田!居るか!!」

 策を聞いた後、義経は背後の軍に声を掛けると、馬を下りて二人が掛けより片膝を付いて首を垂れる。

 「安田義定、ここに」

 「多田行綱、我もこれに」

 「二人に軍を預ける。ここ鵯越より万の軍を率い、巳へと進み夢野口を攻めよ」

 「万を与えてしまわれては、我等の軍が…」

 弁慶が義経の命を止めようとするが、義盛がそれを遮る。

 「いえ…この先は少数の方が良いでしょう。百騎程あれば十分かと…我々は申の方位に進み、忠度を背後より攻め落とします」

 「何とも豪胆…。無謀と成らぬ事を願うしか有りませぬな」

 弁慶はやれやれという表情を浮かべ、白い頭巾を撫でた。


 「討ち死にすればそれまで、ですよ」

 義盛は、つい口に出すがそれを受け流す義経と弁慶。ここで討ち果てる事等、到底あり得ない事だと疑っていない。

 「では、参ろうぞ」

 軽い口調でそう言うと、道案内の猟師が怪訝な表情で義経を見上げ、

 「あのぉ…」

 「何だ、早く案内せぬか」

 「いや、鉄拐山より下るおつもりか?」

 「何か難題でも有りそうではないか…申せ」

 「人ならば寂々と下りれましょうが、馬となればそうも行かぬ難所にございます。絶壁となっており…」


 そう、鉄拐山を背にした忠度は、絶壁に守られた要塞に鎮座していたのだ。それ故堅固であり正面突破する敵にのみ集中できる陣営。しかもその正面には瀬戸が広がり、水軍を擁する平家軍が最も得意とする所だった。その言葉を聞いた誰もが、策の練り直しが必要だと感じた。が、その様な時間は最早無い。正面突破をするしか無いのか…。


 「人が降りられ、馬が歩めぬ道など有る物なのか? 鹿はその崖を下りぬのか?」

 義経が険しい顔で問うと、猟師は冷や汗を垂らしながら、

 「鹿は下りまするが、人馬が下っておる所は見た事が御座いませぬ」

 その言葉に、義経と義盛は視線を合わせ口を揃えた。


 「奇襲には適した道」


 そう、誰も予想だにしない行動を取ってこそ、奇襲である。

 数に劣る源氏軍が優位に立つには、最早此処しか無い事を確信した二人。そして、諦め顔のまま笑っている弁慶。


 「さあ、参るぞ!」

 そう安田と多田に声を掛け、彼らは大軍を率いて南東へと馬を走らせる。その様を見て、義盛は感心した。

 『無謀とも取れる策を、彼らは対象を信じて邁進している…。良い軍だ…土方さんなら笑って見送ってるだろうな』

 思わず苦笑いをしていると、義盛の心のどこかに声が響く。


 【いや、まだまだ】


 その声は、懐かしく心に残っていた声だった。





 「ええい、奴らは何処に向かった…!」

 三兄弟を追走していた実平は、その姿を見失っていた。

 資盛・有盛・師盛の平家三兄弟の追討を受けた身でありながら、その姿を失った事で、苛立っていた。恐らくはもう海にまで出た頃か…そうなれば、水軍を擁する平家軍に十騎程度では太刀打ちできない。

 「これまでか…致し方ござらん、皆の者、このまま海へと向かい、海岸線に沿って福原へと向かう!」

 追討ができず、このまま彷徨う訳にはいかない。責は自らが負うが、今は本軍へ合流し合戦へと向かう。

 だがこの諦めと転戦が、源氏にとって大きな戦果を生む事となる。


 同じ頃、三草山の奇襲を逃れた男達は海に居た。



 「資盛兄様…師盛は真に放って行かれるのですか?」

 「師盛の事は言うな。奴は福原本陣の戦が望みなのだ」

 そう、三兄弟は三草山を出てすぐに、分かれていた。

 資盛・有盛の二人の兄は、平家軍本陣のある讃岐屋島へ、末弟の師盛は仲間を見捨てて行けぬと、一人福原の本陣へと戻った。

 「この戦は、我らが負けよ…。見事な奇襲と、追討軍の判断は敵ながら見事。執拗に福原に拘れば、平家に勝利は無くなる。それに気付ける者がどれ程居るか……。だが讃岐へと戻り水軍を要とし、屋島を城とすればまだまだ我ら平家に勝機はある」


 彼らは一の谷を捨てたのだった。夜襲の見事さと、その後を考える狡猾さ。更には単騎でありながら弁慶と義盛の強さ。軍略に乗れる豪傑が源氏に揃っている限り、この戦に勝機は無い。


 「見ておれ…。水に覆われる讃岐で、待っておるぞ」



 兄弟は、静かな海へと船を漕ぎ出して行った。

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