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清和の王  作者: 才谷草太
一の谷の合戦
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三草山の戦い ~平氏三兄弟~

 三草山では、一歩間違えば夜盗と見紛うばかりの光景が広がっていた。

 民家に火を放ち、慌てて出て来る者を容赦なく攻撃する。その光景に慈悲は無かった。だが、不思議な事に丸腰で逃げ出す者は、皆往々にして逃げ伸びていた。

 そう、義経の命を守り、立ち向かう者や大将格の者達のみを相手にしていた。


 興奮状態で尚統率が取れている。


 単なる野党集団では無かった。それは義仲のそれとは全く違っていたのだ。

 土肥実平率いる軍も然り。


 だが、この夜襲に対しても勇猛に相対する平家側武将も居た。

 長槍で源氏の攻撃を防ぎ、何とかこの場より逃走を図り本陣へと向かおうとする者達。

 その中に、兄弟と思われる者達も居た。そして、その兄弟は義経・弁慶・義盛の前に現れる。


 馬を下り、白兵戦を繰り広げる義経等は、その兄弟を見付け声をかけた。


 「何処へと行かれるか! 逃げるのであれば武器を捨て、向かうのであれば構え給え!」

 義経の言葉に、三人の眼が光った。

 「其方は何者ぞ! 名乗られい!」

 「我は頼朝が実弟、九朗義経にある!」

 この瞬間に態度が変わったのは、向き合う平家三人と義盛の四人。

 義盛はこの名乗りの直後に、義経の前に出て居合の体勢を取る。

 「義経殿、不用意です! 奇襲の最中に名乗るなど!!」

 その言葉の直後、三兄弟は斬りかかって来た。二人は長槍、一人は刀という状況。同時に相手ができるのは一人のみ…。とにかく先頭の男を倒さないと、義経が危うい。

 義盛は体重をつま先に預け、先駆けの槍の男に突っ込んで行く。槍の穂先を交わし、懐に飛び込むと柄尻で鳩尾を殴打し、下がって来た頭を左脇で抱え込むようにして、義盛はそのまま背後に倒れる。

 頭頂部を強打した敵は気絶し、戦闘は暫く不可能になるが、その間に他の二人が義経に斬りかかる。刀の男は義経と白刃を合わせ、力比べをしており、長槍のもう一人は、既に弁慶の杖で地面にうつ伏せて居た。


 「我ら三兄弟は…この様な所では果てぬ!」

 義経と力比べをしていた男は、素早く後方に跳ね退き身構える。と、同時に義盛はその刀を持つ左腕を絡め取り、左足を掛け、更に左掌底で喉元を叩きそのまま後方へと引き倒した。

 「ぐぅ!」


 地面が柔らかかった事が、この三人には幸いしたのだろう。


 義経達はその三兄弟の武器を奪い、そのまま業火の中へと戦いを求めて姿を消した。





 …どれ程正気を失っていたのか…


 「兄上…気は有りまするか?」

 「丈夫である…が、見た事の無い業であった」

 「我はあの仏僧の一突きに終わった…面目もござらぬ」

 辺りはまだ戦が続いている。恐らく長くは失って無かったのだろう。だが、この場は既に負けの戦場とと化している事は明白であった。

 「有盛、師盛…我は讃岐へと延び、再起と共に宗盛公に寄せる。お主らは如何致すか…」

 「ここ三草山、そして一の谷本陣をお捨てになられるか、資盛兄様!」

 「この様を見て分からぬか、師盛よ。源は奇襲に長け、狡猾にも刃向かう者のみを相手取っておる。自らの軍の消耗を最小限に抑え、この後の戦に備えておるのだ」

 資盛は悲しい笑顔を見せ、言葉を続けた。

 「天下は我らの物と等しい、そう思っておったが…祖父・清盛という名の傘の元で、我らは民に恨まれる政を行った故の報いかも知れぬ」


 三兄弟は地面に倒れたまま、言葉を交わす。


 「否…我等は平氏。討たれる訳が御座いませぬ…天子の血児にございます」

 「天子の血児は、源も同じことよ。有盛、主は如何致すか?」

 「我も資盛兄様に従い、讃岐へと渡りましょう…。師盛よ、一の谷を守り果てには讃岐へと凱旋し給え」




 祖父に清盛を持つ、伊勢平氏の実力者として悪政の中枢に居た三人。それぞれの思いを胸に秘め、それぞれの運命を別つ。




 一方、そんな三兄弟と知らず見逃した義経達は、業火の合間を縫ってひたすら白兵戦を繰り広げ、驚くべき短時間で三草山を制圧した。

 激しく息を切らせ、肩を上下させる兵士たちの損傷は少なく、一時の休養を取れば再び野山を駆け回れる程度であった。


 「義盛、お主が使った先程の業も、居合という物か?」

 先程の業、とは勿論投げ飛ばす業だ。

 「いいえ、あれは柔術…と言っても、習った訳では有りません。昔の…友がよく使った業です」

 「その友とは、坂本殿か?」

 弁慶が聞く。この男は息を切らしていない…とんでも無いスタミナを持っている様子だ。

 「いえ、土方歳三という名の鬼神です」

 「は…はは…、修羅の友は鬼神か。願わくばその男も味方になって貰いたい物だな」

 義経は座りこみ、息を弾ませて笑う。

 「単騎で万の軍に値すると申しておったが…そこまでの力量は無いようであったな」

 弁慶は先程の戦いで、同時に攻められた場合には単騎しか相手ができぬと判断した。無論、全てを文字通り受け取っていた訳ではないが、神憑り的な力が無い事は判明した。が、同時に同じ人として安堵の表情も垣間見えた。

 「坊、我ら一万程の兵力で三草山という拠点を破ったのは、義盛の軍策の力。万に値すると言っても過言では無いわ」

 くっくと笑いながら義経は言うが、弁慶はウンウンと頷きながらも、南方の空を見ていた。




 「ここから再度、獣道を伝い鵯越に向かいましょう」

 「獣道だと?」

 「はい、一直線に福原まで向かえば、恐らくこの地への奇襲を仕掛けた事が本陣に伝わり、迎撃軍と顔を合わせてしまいます。少しだけ迂回をし、敵援軍を交わして…」

 「九朗義経殿は居られるか!」

 義盛が話をしている言葉を遮り、少し穏やかになった火の間を駆け抜けて来る男が居た。

 「如何致したか、実平! 我はここに!」

 「おぉ、おいでましたか、先刻我が軍兵士が、南へと落ち伸びる平氏の中に、資盛・有盛・師盛三兄弟の姿を確認したとの報せがあり、こうして馳せて参りました!」

 「「「三兄弟!!?」」」

 義経以下三人は、同時に聞き返した。


 「しまった…あの時の!」

 義盛は眼を見開き、弁慶を見遣る。

 「正しく、あの三人で御座いましょうな」

 「何たる失策…! すぐに追討軍を編成し、討ち滅ぼさねば遺恨となる!」

 「義経殿! この上軍を分散させてはこの先が…!」

 義盛は焦った。当然である…作戦上はこの先更に二手に分ける事を考えており、ここで分けてしまってはその先の牽制にも成らなくなる。


 が…実平がその言葉を遮る。


 「我が向かう…義盛殿、十騎程度であれば支障もあるまい?」


 確かに相手が三人であれば、十騎で十分だが…その先に伏兵が居たとすれば、返り討ちに会ってしまう。だが、その思案も待たずに義経は命を出す。


 「土肥実平、済まぬが追討を命ずる…見事討ち取り、本陣へと参られい!」

 「直ちに!」

 実平はそう言うと、配下の者達に即座に声を掛けて集落から走り去って行く。正しく疾風の如く。




 『自らの範疇に無い事が増えて行く。この先の流れが読めなくなって行く…。そもそも、歴史の流れを自在に出来る筈が無いのだ。皆各々の行動を取り、その積み重ねで時が動いて行く』


 義盛は恐怖を感じ始めた、と同時に、違和感に気付く。


 『ならば、自分がここに居るのは不自然ではないのか? この時代の者達が自然と動く事で時が作られるのであれば、自分がここに居なくても、時は流れる。それはかつての幕末でも同じ事だった。刻の歪みを補正する力として自分が居ると思っていた、その事自体が間違いであったなら…』


 「高松は…薄々とそれに気付いていたのか…」

 義盛は思わずニヤッと笑っていた。

 「如何致した?」

 弁慶が不思議そうに問いかけると、義盛はそのままの表情で返す。

 「いいえ、薄らと敵が見えた気がしたので…さあ、我々は手筈通り、参りましょう」

 「敵………?」


 義盛は息を整え、再び立ち上がり進軍の準備へと向かう。

 敵も味方も、恐らくはこの戦が終わった後にその全貌が見えると、確信を持って。




 そして、この先の義盛は劇的な変化を遂げて行く。

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