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清和の王  作者: 才谷草太
一の谷の合戦
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三草山の狼煙 ~一の谷前哨戦~

 義経軍は大きく迂回をしていた。

 摂津国福原を守る平家軍を包囲する為、軍を二方向に分けての進軍だった。そして、義経軍の先頭を歩くのは、地元の猟師と義盛・義経・弁慶。彼らは摂津を北へと外れ、丹波国経由で北方より動く手筈となっていた。

 一方の範頼は鎌倉軍の大半、約五万騎を従えて一直線に福原の東方に陣取る生田口へと向かう。

 少数で山中をひたすら潜って行く者より、大軍を引き連れ正面突破してくる軍隊が目立つのは当然の事で、平家軍はいよいよ源氏との戦が生田口で始まると観越し、軍を生田口に集め出していた。当然、その中には大将格の「源範頼」の姿もある事から、こちらを主力部隊と判断したのだ。幸いにも、義経の名はあまり表に出ていなかったのだ。

 そして、龍馬は与一と共に、途中まで範頼と同行していたが、途中で二十数名の弓部隊を引き連れて海岸線へと別行動を取る。「源氏は山中の武士」と疑わなかった平家の判断ミスでもあるが、航海術・海上戦に長けた男が居るなどとは到底想像はできないだろう。


 二日ばかり山中を進んだ義経軍は、丹波・播磨国境近く、三草山に到着する。


 「陣形ができているか…」


 先見として送っていた道案内の猟師の話によると、多くは無いが迎撃態勢を整えつつある、との事だった。

 「流石に、全ての勢力を生田口に集結すると言う真似はしませんね」

 義盛は笑いながら言うと、弁慶が困った様に言う。

 「笑いごとでは無かろう。其方の目論みが外れたのだ。範頼殿の方でも、外れておるやも知れん」

 「あちらが大軍で無ければ、押し切れば良いだけの事。大軍であれば、睨みあっていて頂ければ」

 「今さら何を言っても、変更などできぬ状況。坊、主に代替の策はあるのか?」

 義経は表情を変えず、険阻で深い山を見つめていた。

 「どうあれ、早い内に襲撃しなければ、この先が危うくなりますが…夜襲でもかけますか?」

 ポツリと言う義盛。

 夜襲ともなれば、こちらにも不利な条件はいくつかある。地の利は平家にあるのだから、夜間の戦は避けるべきであるというのが、本来の常識。しかし、常識に囚われていてはこの戦に勝ちは無くなる。

 「実平…如何思案する?」

 義経はすぐ後方で控える、土肥実平に問う。


 土肥実平は、義経軍に入る以前から頼朝軍に従軍しており、その評価も高い。それ故にこの征討にも頼朝が加えたのだが、義経はこの時、頼朝の代官的意見を実平に求めたのかも知れない。


 「軍師殿のお言葉に従うが、良いかと存じまする。闇が迫りますれば、我が軍が先陣を切り民家に火を放ちましょう。さすれば道は灯され、我が軍に有利になるかと」

 「実平殿、お見事です。ではその策を採らせて頂きましょう」

 義盛はニコッと笑いながら義経と実平に向かって言った。

 「では実平殿、七千騎程で夜襲の先駆けをお願い致します。但し、平家軍意外の民家に火を放つのはお止め下さい。民居ればこその国です」

 「重々心得て居ります。民達を仲間に引き入れ、今後の戦も展開なされるおつもりでしょう?軍師殿は…」

 流石は頼朝の子飼だけあって、先を見通してる。少し感心した後に弁慶を見遣り伝える。

 「弁慶殿、三草山攻略は一刻の勝負となります。火の手が上がり次第我々残り五千騎も突撃しますが…」

 「こちらも承知しておる。大将は御守り致す故、義盛殿は思う存分神技をお使い下され」


 義盛はひきつった笑顔で返した。

 準備は整った。

 この夜襲が奇襲となり、本陣が少しでも浮足立てば勝機は見出せる。



 その勝負の時は、無情に訪れた。



 闇に紛れ、馬を捨てて集落に忍び込む土肥実平率いる七千の軍。

 一見目立つと思われるが、当時の常識から夜戦等は敵地では避けるという状況下で、明らかに敵本陣から近い三草山陣を、少数で攻められる筈が無い、と、平家側の油断が大きかった。

 ジワジワと闇に広がる義経軍。

 民家の間を縫うように陣取り、息を潜める。



 「奇襲が否と言う訳ではござらんが…」

 実平たちと距離を置き、様子を見守る弁慶が口を開く。

 「正々堂々、これこそ戦だと?」

 「武士であれば尚の事、自らを討取る敵、討つ敵の名を知って戦うが流儀かと」

 「死んであの世で流儀を唱えるが目的であれば、何とでも」


 戦時である。油断が死に繋がる。かつて以蔵はその場に命を賭けていた。

 そして戦術とは相手の心理の逆を読み、行動する事。それも痛い程分かっていた。しかしこの時代は幕末の戦術等は珍しく、奇襲等と言う事は殆ど無かった。特に平家側はその威光に胡坐をかき、雅な生活から戦場に於いても抜け切れていない。元が武士である源氏とは正反対であった。かつて義仲が行った奇襲も、この様な背景の元で行った故に、予想以上の戦果を出したのだ。


 「数で劣る軍で正々堂々戦を望み、敗れ果て、後の世に生まれる子達に、あの世で自慢するが望みであれば、それを選ぶのもまた生きる道」

 「坊主に説教とは、見ていて頼もしいな」

 二人の会話を耳にした義経が、こっそりと背後に付く。

 「坊、今は勝ちを治める事を考える時ぞ。正義を語るは我等の範疇では無い。後の世の者が決めてくれる」

 そう言うと、眼下の平家陣を指さす。

 「見ろ…勝利の火が灯りだしておる」


 小さく、所々に点々と、確実に増えて行っている。


 「あの義盛考案の火種が役立ったか…」

 「竹の皮で編んだ綱に、油を染み込ませただけですよ」

 元は火縄銃から参考にした物だが、こうまで上手く行くとは本人も驚いたが…。

 「何の、火種を竹筒に入れ持ち運べるとはな」

 「忍び込んで、火打ち石を打ち鳴らす事もできませんからね…」


 ゆっくりと灯りを見下ろす義経達。

 小さな火種は無数に広がり、風に煽られて次第に大きくなって行く。


 「弁慶殿、戦の理由は明確な筈。ですが人を殺して良い道理など、例え戦でも有る筈が無い…事は仏僧であればお分かりですよね」

 「戦に浄・不浄は無い、という事ですな…では、参りますか」


 眼下では、平家が慌ただしく屋外へ飛び出している。

 夜襲は元より頭に無かったのだろう。火に照らされて逃げ惑う姿に鎧武者は全く居ない。そこに七千もの実平軍が襲いかかっている。戦時であるが、なぜこうも用心が無いのだろう…富士川での一件が、義盛の脳裏を過ぎる。


 「勝たなければ…」


 歴史に逆らわない為に、自らの使命を見出す為に。




 義盛の背後に居た義経が、兜を被り緒を絞める。

 「聞け! 敵意ある者に温情はかけるな! 敵大将に情けはかけるな! 逃げ行く者を追うな!」

 残る五千の兵に声をかけ、馬に跨る。

 「この三草山において、平家討伐の狼煙を上げる! いざ! 前へ!!」

 義経の一言に、大軍が『おお!』と叫びながら山を駆け下り、大火の中へと突撃して行く。



 後に一の谷の戦いと呼ばれる合戦が今、始まった。

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