龍馬との再会、源の元に
木漏れ日の中、気だるい朝を迎えたように寝返りを打つ。
何時頃だろうか…随分寝た様にも、つい先ほど眠りに就いたようにも感じるひと時を、布団の中で過ごす。陽の温もりから、恐らく昼近く…健一は固い布団の中で、ゆっくりと目を開けた。
「まだ…戻って無いのか…」
疲れたように呟き、その見上げる視線の先には板張りの屋根が見え、廃屋なのか所々穴が開き、そこから健一の顔に陽が差していた。
左腕で目を隠す様に、ゆっくりと欠伸をして身体を起こすと、ボロボロの…正しく廃屋と呼ぶにふさわしい家が目に入る。
「箱舘…じゃないよな…。確かにあの時、俺は…」
戊辰戦争での出来事を、俯き目を閉じて思い返す。確かに自分は死んだ。土方歳三の傍らで、倒れた自分を覚えている。となると、刻を超えたと言う事になる。
「参ったな…、この先どうすりゃ…」
勿論、顔見知りが存在するとは限らない。幕末~明治初期であれば何とかなるかも知れないが、それ以外の時代では迷子と言うレベルの話では無くなる。
健一は頭を掻きながらブツブツ言ってると、背後…枕元でクックックと笑いを堪えている声が聞こえ、驚き振り返る。
「………!」
健一は言葉を失い、指差したまま固まる。
「久しぶりじゃの、剣さん…いや、以蔵殿かいの?」
胡座で腕を組み、ニヤニヤと笑う男は、モジャモジャ髪を後頭部で束ねた大男。胸には薄ら汚れているが『桔梗』の家紋が入っている。
そう、坂本龍馬、その人である。
「龍さん!! 本当に龍さんか!!」
健一は驚きつつも涙を流し、いきなり龍馬に抱きついて大声を上げて泣き出す。
「なんちゃ、気味悪いぜよ…離れんかい」
龍馬は抱きつく健一を、苦笑いを浮かべながら全力で引きはがし、無邪気な笑顔へと移る。
「おまんもこの刻に来るちょわ、意外じゃったのぉ~」
引き剥がされた勢いで布団に倒れた健一は、グチャグチャの泣き顔で言う。
「やっぱり…生きてたんですね…良かった、良かった…」
「これを生きちょる、っちゅうかは別じゃが…まぁそれなりに元気にしちょる」
龍馬は大声で笑いながら、泣き顔の健一を見つめ、自らの身体をポンポンと叩き健在を示す。
その大きな笑い声で、廃屋に一人の大男が入って来る。
「坂本、如何致したか…おぉ、御友人が気付かれましたか!」
その大男もまた大声で笑顔を浮かべ近寄って来る。
頭には白い布を被り、結った紐を頭に巻いて止めている。着ている服はまるで坊主の法衣。大きめの珠をあしらった様な長い数珠を、まるでネックレスの様に首から下げている。
その表情は厳しくもあるが、笑顔は柔和で、印象としては龍馬に近い。
「弁慶さんかぇ、ようやっとお目覚めじゃ。足止めして悪かったの」
龍馬がその男に向かい、声をかける。そしてその発言に、健一は度肝を抜かれた。
「ベンケイ…弁慶!??」
泣き顔の健一は、驚愕の眼差しを大男に向けた。そして、呟く健一にその男は不思議そうに言い放つ。
「如何にも…弁慶であるが…拙者をご存知か?」
ご存知も何も、武蔵坊弁慶を知らない大学生が居るだろうか。彼が生きていると言う事は、平安末期…平家と源氏の時代。何と言う事だと、頭の中を整理しつつ、感情をゆっくりと沈めて行った。
「武蔵坊弁慶殿……源九朗義経殿も…?」
その言葉に、弁慶は龍馬を見て再び笑う。
「成る程坂本の言う通りで! その目は万物を見通す神通か!」
健一は、今自分が居る時代を頭に叩き入れ、その上で目の前の偉人・武蔵坊弁慶を見つめる。
弁慶と龍馬のツーショットなど、有り得ない光景…。何故か胸の奥から熱い魂が沸き上がって来る。更に此処に源義経が加わるなんて、どれだけの豪華布陣だ…。
泣き顔だった男は、既にワクワクした子供の様に目の前の二人を眺める。
「しっかし、ワシらにこの男が着いたっちゅう事は、万の大群に値するがじゃ。大将に朗報ができたがやろ」
龍馬は立ち上がり、弁慶の肩をグッと掴んで外に出る。
その言葉に、健一は一瞬にして頭が覚める。
「龍さん…? ちょっと待って! まさか源氏に!?」
慌てて膝を立てて右手を差し出し龍馬を呼び止める。そしてその言葉に呼応するように頭だけを向かせて言う。
「そうじゃ、ワシ等はこれから鎌倉に向かい、頼朝殿に進軍の許可を貰いに行くがじゃ」
源平合戦……そう呼ばれる戦。
健一は、その中に放り込まれた事を、改めて理解せざるを得なかった。