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清和の王  作者: 才谷草太
一の谷の合戦
19/53

西へ

 正月の末、情勢は大きく変わって行く。

 義仲の反乱の間に勢力を立て直した平家軍は、「安徳天皇」を中心として九州・四国・中国を制覇し纏める程にまで急回復していた。


 そして事態を重く見た朝廷は宣旨を頼朝に出す。『平家征討・三種の神器奪還』。


 『三種の神器』とは、八咫鏡ヤタノカガミ八尺瓊勾玉ヤサカニノマガタマ天叢雲剣アマノムラクモノツルギの三つを指しており、神話の時代より歴代天皇が継承して来ていた。

 勿論、本物が継承式に使われる訳では無く、「形代」と呼ばれるレプリカの様な物が使われていた事から、これこそが『三種の神器』だと言う者も多い。それと言うのも、この三種の神器を見たと正確に記録されている物が無い事と、天皇が持っている物こそが『神器』であり、初めに挙げた三種に限った事では無い、とする説があるからだ。

 しかしこの時、後白河上皇を中心とする「京の朝廷」は、後鳥羽天皇を擁立させており、その際にはこの『三種の神器』が揃って無い状態となっていた。では、どこにあったのか…。


 三種の内、八咫鏡と天叢雲剣は平家の都落ちの際に宮内から奪い、「安徳天皇」以外の天皇を認めないという行動に出ていたのだ。

 先に天皇となっていた安徳に対し、神器が揃わぬままに天皇となった後鳥羽という二人の天皇。

 権威としては安徳にあり、神器揃わぬ後鳥羽では宜しく無い。その為に『奪還』の命が下ったのだ。


 この事から、この『三種の神器』が天皇家にとってどれ程の物か推測できよう。

 が、頼朝はそれすら政治に利用した。



 寿永三年二月。

 鎌倉より義経・範頼軍に命が下る。義仲討伐後に西国へ下り摂津平家軍を討てと。その中に神器奪還の指示は無かった。だが、神器の件を知る由も無い義経達は、摂津への攻撃準備へと入っていた。


 京から摂津に向かう道中の山中。

 寒さから身を守る為に山小屋を当てにし、軍は休息していた。辺りに民家は無く、小さな小屋があるだけの森の中で、彼らは木を切り風よけを作り火を灯し、暖を取っていた。無論煙が上空に上がらぬように枝が密集する場所で。


 「如何致すか、この状況…」

 焚火の前に胡坐を決める範頼の目の前には、先遣隊がもたらした平家軍の陣形。

 「敵は一の谷に集結しておりますが、生田口・三草山と攻撃が仕掛けられる所は陣取っておりまするか」

 同じく胡坐をかいている義経も、腕組みをして悩んでいる。


 一の谷は、南に瀬戸内、北に険しい山があり、瀬戸内すら制圧している平家軍にとっては格好の砦となっていた。唯一の攻め口とも思える生田口には勿論大軍で警備しており、回り道の三草山にも同様に陣取っている。


 「どうだ義盛殿…軍師としての知恵が唸らんか?」

 少し下がった場所で座る弁慶は、困惑した表情で義盛を見遣る。

 「多勢に無勢…。七万に満たない軍で十万を超える平家軍を討つなど、無謀としか言われないでしょうね」

 淡々と言い返す。

 「ただ、平家を撤退に追い込むのであれば、手立ては無い事も…」

 そう付け足した瞬間、義経の眼光が鋭くなった。

 「聞かせて貰おうか、その手立て…」

 同じく範頼の視線も厳しく突き立てる。しかし、義盛は言うべきかどうか悩んでいた。自ら発案し、その通りに戦が始まり源氏が勝てば、その時点で歴史にもう組み込まれている事となる。ただし失敗すれば歴史が大きく狂い、その時にどうなるかはまるで分からないが、大事変が起こる事は分かる。

 目眩が唯一の救いであったが、それすら今では当てにできない。義仲を討ち取った瞬間にそれを直感してしまったのだ。


 暫くの沈黙が、闇を照らす焚火を包み込む。パチパチと小さな音を打ち鳴らし、火に照らされた煙は頭上の枝々で薄れ、その火の灯りは木々によって遠くまでは届かない。


 その沈黙を、軍の重鎮たちは受け入れていた。急かす者は居らず、ただただその沈黙に身を投じていた。



 「漁師、狩人の手引きが必要となります。私の策を取り入れて頂けるのであれば、この両者の協力無くして勝利はありません」

 覚悟を決めた様に義盛が言う。するとその背後で、大木にもたれて眠っていた筈の龍馬が答える。

 「漁師と狩人じゃな? ええじゃろ、交渉なら任せとき」

 「ありがとうございます、漁師には龍さん…貴方が指示を出して下さい」

 「分かった。ほいで、何の指示じゃ?」


 義盛は枯れ草を踏み鳴らしながら地図に近寄り座る。

 「弁慶殿、与一さんにもご尽力頂きたいのですが、宜しいですか?」

 義盛は振り向かずに聞くと、軽く頷き返事をする二人。

 『歴史に喧嘩を売るか? 歪める事に歴史がどう抗って来るのか、高松のそれと同じく弾き出されるのか…。弾き出されれば、俺を止める存在がまた…』


 思い悩んでいると、龍馬が背中を叩く。力強く、魂の籠った手で叩く。

 「友が居る。高松とは違うじゃろ。ワシの命も共に賭け、刻を走り切るがじゃ」

 いつの間にか隣に来ていた龍馬が、耳元で囁く。にこやかに。

 覚悟を決めていた男は、そこにも居た。


 義盛は体を乗り出し、地図に右手の指を置いた。

 「生田口を範頼殿、そして…」

 更に左手で地図を指す。

 「三草山に義経殿が進軍し…海上に龍さんと与一さん…」

 左の指は、一の谷の海上にまで動く。


 「少ない軍を、更に分割すると言うのか! その秘策は!」

 範頼は更に地図に食い付く様に見入ると、義盛の右手が動く。

 「義経軍が三草山を夜襲。そのまま敵軍を蹴散らし南下。更に三股に軍を分け、二月六日、呑気に清盛の法要を執り行うようであれば、夢の口、塩屋口、一の谷と強襲。それと同時に、範頼殿も生田口を攻め、一の谷の海上から、龍さんと与一さんが挟撃に出ます」

 「海上から? 無茶な…!」

 「ワシは航海術を知っちょるが、無茶な事かいの?」

 「コウカイ…?」

 「船を操り、潮の流れを読む術じゃ」

 その言葉に、彼らの目は輝いた。平家は水軍を率い、海上戦に強い。それを危惧せずとも良い状況になるかも知れない。


 「同時攻撃…それも奇襲か…それならば何とかなるやも知れん」

 「法要を執り行えば、隙は出来る。夜襲を仕掛ければ、そこに軍が赴く。だがその頃には、鵯越から下り、一の谷を四方より攻める」

 「その為の…道案内をさせるのか、狩人に!」

 弁慶はドンと自らの膝を叩く。


 「混乱すれば戦力も落ちる。それはこれまで見て来た…。範頼兄、二月六日…奇襲で異論はございませぬか?」

 「ここまで来て、軍師を疑うのは負けに等しい。参ろうか…各々の戦場へ」

 範頼は立ち上がり、軍備を整える様に大軍に言う。が、それを阻止する様に更に義盛が言う。

 「範頼殿、軍は五万程を従えて下さい。主力をそちらと思わせます」

 「ふん…合い分かった。最早驚くまい」

 範頼はニヤリと笑い、闇の中の兵に向かって行った。


 「我が軍は…二万足らず…奇襲に奇襲を重ねるか…」

 「義経殿は知らんがか? 義盛殿が以蔵と呼ばれちょった頃は、単騎で万の大軍と互角に戦ぅたがじゃ。つまりは三万の軍勢じゃ。奇襲には十分じゃろ?」

 そんな経験は全く無いが、とりあえず方便を無視し、ニコッと笑う義盛。




 いよいよ、源氏軍の大反撃が始まろうとしていた。

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