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清和の王  作者: 才谷草太
源義仲の反乱
15/53

宇治川の先陣争い

 義仲は鎌倉軍を怖れていた。

 当初、その数は少数ではあるが、何より自らが陥れた「頼朝」の弟達が率い、朝廷からの信頼も厚い軍隊。

 実績こそ義仲が上であるが、それでも尚大きく立ち塞がる存在がすぐそこまで来ている。気が気で無い状態が続いていくうちに、義経達は次第に京に向かって来る。

 最早戦うしか道が無い。義仲はそう覚悟を決め、自軍を三つに割った。


 三つに分けた各軍の内訳は、今井兼平に五百騎を与えて瀬田を、根井行親・楯親忠には三百騎で宇治を守らせ、義仲自身は百騎で京の院御所を守護した。約千騎にも上る軍を、分割してしまったのだ。勿論分割せずとも数での不利は否めない状況となっていたのだが…


 その対する義経・範頼軍は、少数で鎌倉を出立したにも関わらず、京からの増員と追いかけて来た佐々木高綱と梶原景季が率いた軍を合わせ、その数は五万五千騎にまで膨れ上がっていた。最早戦の結果は見えていた。

 そしてこうなれば士気が上がるのは「鎌倉方」であり、下がる一方の義仲軍は収集が付かなくなって行く。




 「佐々木殿…軍行中、思っていたのだが、其方の馬はまさか『生唼』では…」

 後に軍行に加わった梶原が、佐々木に聞く。

 「如何にも『生唼』だが…其方の馬は『磨墨』と見る。頼朝殿より賜ったのか?」

 この二人は、鎌倉を出る時に頼朝から馬を授かっていた。共に名馬と名高いが、梶原は『磨墨』よりも『生唼』を求めていた。共に名馬ではあるが、『生唼』は頼朝が高く評価していた馬であった為、それを求めた。しかし、頼朝はそれを許可せず、代わりに『磨墨』を与えたのだった。その時梶原は素直に諦めたが、その後、佐々木に与えられていた事を知り、これを恥辱と感じた。

 「某…大殿より『生唼』を賜りたく申し出たが、断られた…。まさか其方の手に渡るとは…」


 彼らは互いにライバルとして意識し合っていた。その相手に求めていた馬を与えられ、恥と感じた梶原は、手綱をギュッと握りしめ、下を向き歯を食いしばった。


 そんな状況を見ていた龍馬は、佐々木の隣に馬を寄せて来る。


 「ほぉ…この馬が名馬かいの…」

 ニヤニヤとしながら佐々木を覗きこむ龍馬。その表情に、佐々木もハッとして梶原の気持ちを汲み取った。

 「そ…そうだ、頼朝殿より…」

 「上手く盗んだのぉ…どうやったがか?」

 佐々木の言葉を遮る様に言葉を発する龍馬。

 「盗んだ…?」

 梶原はその言葉を繰り返す。

 「お? 内緒じゃぞ景季殿…漏れると高綱殿のお首が飛んでしまうき」

 ガハハと大笑いをする龍馬は、そのまま後ろに下がり、大群の中に消えて行った。

 「不思議なお人だ…。我々の心中を察しておるかに見え、そこに触れずに居るかと思えば、一言置いて行かれる…」

 梶原は少し照れた様に笑い、佐々木を見る。

 「某も盗めば良かった」


 頼朝が愛でる名馬を盗むなど、不可能に近い。それは両者とも分かっていた。が、龍馬の気持ちとそれに乗る佐々木の思いは、梶原にも通じていた。


 「宇治川で木曾軍が待っておる…何れが名馬か、そこで勝負致そう」

 「承知致した。我が先陣を切ってみせる」

 「何の、盗んだ名馬に負ける訳には行かぬわ」


 二人は意気を上げ、大声で笑っていた。




 宇治川に向かう義経軍…。

 それを迎える根井行親・楯親忠軍。川を隔て対岸で両軍は向かい合う。

 数的不利に立たされている木曾軍は、渡河を阻止する為に矢を一斉に放って来る。三百もの兵士が放つ矢は、義経軍の頭上に降り注ぎ、まるで空を覆うかの如く舞い落ちる。

 義経等は木製の盾を使い、それらを防ぐが前進の切っ掛けが掴めないでいた。前に出れば、上と正面から矢が飛んでくる事になる。


 「義盛殿…何か、何か策は無いか…」

 「矢が尽きるまで撃たせる…等は?」

 「……義仲が逃げ果せる時を与えるつもりか…?」

 流石に冗談の通じる時では無いらしい。義経の表情は明らかに怒りがこみ上げていた。

 「……仕方ありませんね…与一殿、こちらに」

 少し離れ、盾を翳していた与一は、恐る恐る移動し、義盛の元へと辿り着いた。

 「何か妙案が浮かびましたか…?」

 与一はビクビクしながら盾の下で義盛に聞く。

 すると義盛は近くに居た兵を集め、盾でぐるりと与一を囲むように配置した。丁度亀の甲羅の様になり、与一の正面には僅かに隙間が開いている。


 「移動砲台…とでも言いますかね」

 「ホウダイ…とは?」

 「与一殿、貴方が指示を出し、甲羅を動かして下さい。水際まで進み、その穴から敵を射抜くのです」

 「…何と…これであれば距離のある戦に使える…」

 甲羅の中から与一の感嘆の声が籠って聞こえる。


 その甲羅はゆっくりと進み、水際で止まると小さく左右に回り、続いて正面の盾が上下に微調整を始めた。

 「一カ所だけ、一カ所だけ手薄の個所を作って下さい」

 義盛は甲羅に向かい声を掛けると、そこから一本の矢が放たれた。放物線が、他の矢の流れに逆らい若干低い軌道で飛んでいく。そして、二本、三本と続けて同じ軌道で放たれると、対岸からどよめきが聞こえ始める。義経達は盾を翳している為、正面を見る事も困難だが、対岸のどよめきが次第に悲鳴になっていく事を感じ取る。それを見た義経軍は与一に習い、同じく甲羅を作り矢を放つ。


 『映画で見たのがヒントになったな…しかし、このまま全滅は難しい…どうする…』

 義盛が盾の下で考えている所に、男が二人近寄って来る。

 「義経殿、義盛殿…我らに先陣を切らせて頂きたい!」


 申し出て来たのは佐々木と梶原の二人だった。


 「数人倒れたとて、まだ矢は降っておる…しばし待たれよ」

 「待って居ったら、先陣など切れませぬ。我ら二人、例え射抜かれようとも対岸に辿り着き、蹴散らして参ります!」

 確かに、言う通りこのままでは相手も矢への防御を作ってしまう。その証拠に、相手も同じ陣形を取り始めている。


 「攻め込む好機は今しかござらん!」

 梶原の言葉に、義盛は義経を見て頷く。

 「……分かった、佐々木・梶原殿の先陣、許可致す!」

 「必ずや!」


 二人はそう言うと、早々に射程外に留めている馬にまで引き戻ると、盾を捨て跨る。


 「梶原殿、参ろうか…」

 「生は望まぬ。望むは先陣の手柄」

 二人は顔を見合わせ、ニヤリと微笑んだ後、同時に馬を走らせた。

 矢が降り注ぐ中、槍を使いその間を縫うように走る。与一達の奮闘でその矢の数も少なくなって来てはいるが、馬の脚を止めればすぐに狙い打たれる。


 「梶原殿、引かれい…馬の腹緒が緩んでおる! 落ちれば一大事ぞ!」

 佐々木の一言で馬の腹を見ると、確かに紐が緩んでいた。口惜しくも引き返し、結び直し再び川へと向かう梶原。

 『謀られたか…先陣を…』

 そう思った矢先、梶原は佐々木を川辺で見付ける。

 「遅いぞ、梶原殿! さぁ参ろうぞ!!」

 佐々木はそう叫び、川へと馬を跳ばせる。それを見た梶原は口元を大きく緩め、「応!」と叫びながら後に続く。


 矢はその数を次第に減らし、佐々木達の先陣争いが宇治川の中で繰り広げられる。そして、その後に義盛達も続き、木曾軍に迫る。




 「やあやあ!我こそは頼朝公が家臣、佐々木高綱!」


 一番声が敵陣の中で上がると、直後に梶原も負けじと叫ぶ。

 「我こそは梶原源太景季なるぞ!」


 先陣争いは佐々木に軍配が上がったが、上陸後の二人は奮闘し、木曾軍を蹴散らして行った。


 「あの二人…使えますね」

 義盛はにこやかに言う。勿論戦いながら。

 「この…場でその余裕が…」

 義経は小さな体で槍を振りまわし奮闘している。その傍らでは弁慶も暴れている。龍馬は…対岸で与一と共に矢を放っていた。


 この戦で、宇治川の木曾軍は壊滅し、佐々木高綱・梶原景季の名が高く響いた。




 同じ頃、範頼も瀬田の木曾軍を打ち破り、その足を京の義仲に向けていた。


 次第に迫る鎌倉軍。

 義仲は、兵を連れ京を脱出する事を決める…が、その時、常に寄り添う女兵士が居た…。

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