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清和の王  作者: 才谷草太
源義仲の反乱
13/53

不破の関所にて

 義仲一派が京で慣れない策略を練っている頃、遂に義経達は関所に迫っていた。

 当時の日本は、鈴鹿・近江・関ケ原より東を関東や東国と称していた。つまり関東一円を支配した、と言う事は、当時の日本の半分を制圧した事にも近い。

 東国の支配権を持った頼朝は、当然の如く義経軍をその関所まで順調に運べる手筈を整えていたのだ。その敷かれた道を辿り、義経一行は『不破関』(関ケ原)まで辿り着いのだ。


 それとほぼ同時期に、頼朝は更なる手を打ち出していた。政治家・頼朝らしい手段である。その内容は、後白河法皇に出された書簡に記されていた。


 『鎌倉より弟の義経・範頼率いる五百騎を不破関に配備。京の食糧事情を鑑み、軍行は不破にて止め、補強軍は朝廷に委ねる。補強が不可能であっても、朝廷の指示にて戦闘へと移る』


 つまりこれは、あくまで頼朝は軍を出しただけ。勝利は朝廷の手柄であり、負ければ頼朝の責任である事を示唆した内容だった。しかも京の事情までをも察した内容に、後白河法皇は感激した。義仲とは違い、無駄に京への進行はせずに東国の端に留める気遣い。そして指示があればいつでも動ける軍隊。



 当然、義仲にも頼朝軍が『不破関』まで迫っている情報は入っていた。寿永二年十一月四日、その情報を耳にした義仲は、頼朝軍と雌雄を決する覚悟を決め、軍備を整え出していた。全ては頼朝の思惑通りである。

 京で軍備を整える義仲に対し、後白河法皇もそれに対抗するべく延暦寺・園城寺の協力を取り付け、僧兵や石投の浮浪民などをかき集めた。そして更に、法皇自身が居る法住寺殿には堀や柵をめぐらせての武装化を計り、義仲陣営の摂津源氏・美濃源氏などを味方に引き入れた。この事により、『不破関』に止まる「義経・範頼軍」と合わせると、数の上では義仲軍を凌いだ。


 こうなると、朝廷・頼朝連合軍の完成となる。完全に義仲が賊軍扱いの図式が完成したのだ。正に頼朝が企てた計画通りに、事が進んでいた。





 「追い込み過ぎです…」

 『不破関』で陣を張っていた義盛が口を開く。

 辺りは既に薄暗くなっており、義経・範頼軍はそれぞれに野営を始めていた。勿論軍規を守らせ、乱暴など働かぬよう各隊での見張りは立てている。

 「追い込み…とは?」

 共に大将軍として不破に来ていた範頼が聞き返す。既に義経の四天王として頼朝は認知しており、軍行前に範頼もその旨を聞かされていた為、軍師としての言葉が引っかかった。


 「確かにのぉ…京じゃ法皇様が軍を集めちょるっちゅう話しじゃし、義仲はいつ箍が外れても可笑しゅう無いきのぉ」

 龍馬は軍行中に分け与えられた水を、不服そうに口に含みながら言う。

 「戦わずして官軍となった訳ですね、我々は…」

 今度は義経が、その色白の顔を松明の灯りに染めながら口を開く。そこには兄の政治的策略により、知らぬ内に話しが出来上がっている事を、どことなく面白く無さそうな口調が交じっていた。

 「義仲は、もう既に戦わなくてはいけない状況へと追い込まれています。これまでの行動から、追い込まれた義仲が取る方法は、二つしかありません…」

 絶望にも似た表情を、義盛は浮かべながら言った。


 「「二つとは?」」

 義経と範頼は殆ど同時に、身を乗り出して聞く。

 「一つは、京を出て…増援の無い状態の我々と戦う。一つは…」

 そこまで言うと、言葉を詰まらせる。その事で、それが最悪の状況だと誰もが察していた。無論、その場に居た与一や弁慶も同じ事。そして、その最悪の状況に向かう事がほぼ決定している、という事も察していた。

 「法皇様を擁し、頼朝殿を京で迎え撃つ。法皇様に朝敵と認めさせ、自ら官軍であると主張しつつ、幽閉。中枢を掌握し、牛耳る」

 「そ…それではまるで逆効果では無いか…」

 範頼は、義盛の言葉に続いて慌てて遮る。が、それには義盛は言葉を発さずに沈黙を守る。だが納得のいかない範頼は、最後聞く。

 「我々は京の戦を引き起こしに行くのではない!」


 「分からんお人じゃのぉ、範頼殿は」

 あっけらかんと言い放つ龍馬は、ゴロっとその場に寝ながら言う。

 「頼朝公はそれを目論んで、法皇様に援軍を頼んだがじゃろ? 義盛殿?」


 龍馬のその言葉には、全員が声を出す事を忘れ、驚いていた。


 「暴挙に出ている木曾源氏の、壊滅を目論むのであれば…恐らくは」

 「偽りだ。兄上が京を戦場にしよう等と…」

 「そうなっても、恐らくは朝廷の臨んだ事、という根回しはしていらっしゃる筈です」

 義経は恐怖を覚えた。いや、義経だけでは無い。範頼も、弁慶も同じだった。しかし、この男だけは呑気に夜に染まる空を見上げ、呟いていた。


 「ここまでの半月、修羅軍師がただ呆けて歩いておった訳では無いろう? 勿体ぶらんと、はよう言うてつかぁさい」

 「何か策があるのですか!? ならば…是非に!!」

 縋る様な表情で見つめて来る義経。義盛は間を取り、空を見上げて言う。

 「一旦、頼朝殿の策に乗ります」


 ゆっくりと不破の陽が沈んで行く。長い様で短い、秋の夕暮れは、次第に闇が降りて行く。


 「義仲は法皇を擁し、全てを敵に回します。それに気付くまでは大きな戦にはならないでしょう。それまでに攻め込んでしまえば、京は戦場と化してしまいます。ですが、時期を遅らせ義仲を躍らせる事により、恐怖心が増幅します」

 「それで…京が戦場にならずに済むのか…?」

 範頼が不安そうに設問すると、義盛は険しい表情で答えた。

 「その機に乗じ、我らは京へと軍を進めます」


 五人はどよめきを起こす。龍馬は相変わらず、空を見上げたまま笑顔を保っている。


 「恐怖を感じた義仲に、我ら五百騎が迫る。当然幽閉されている法皇様が募った兵たちは、それを好機と義仲に対し挙兵する…」

 「……義仲を、京の町から追い出す…と、申すのか!」

 範頼は、驚愕を声に表し、小さく叫ぶ。

 「それが何より、京の町を救う手立てかと。しかし、その為に法皇様をしばし危険に晒さなくては」

 「なに、法皇様に手をかける様な真似は出来んがやろ。義仲の切り札は法皇様じゃきのぉ」


 義経は静かに目を閉じ、何かを考えている。そして、その思いを感じ取った義盛は、続いて言う。


 「我らが幽閉された法皇様を御救いし、義仲を追討するのです。頼朝公の策を活かし、且つ京と法皇様を御守りするには、それ以外に手立てはございません」

 「それで、兄上は得心すると思うか…?」

 義経は、兄の事を考えていた。思案に他意は無いか…それを望んでの事なのか。しかし、その言葉を否定するのは範頼だった。

 「九朗…、其方が気にかける事は理解するが、兄上は鎌倉に居られる。戦場に於いては結果のみを見つめ、手段はその時々で選ばねばならぬぞ」


 それに関しては、他の誰もが入る余地は無い。二人の大将の会話であり、兄弟の会話でもある。


 「承知しております…ですが、大将軍は兄上であり、意に背く真似は出来ませぬ」

 「分からぬのか…? 其方の軍師が申した通り、兄上の意向を踏まえながらの軍策でござろう?」

 「…………」



 夜は既に夕焼けを覆い隠し、星空をその舞台へと押し上げている。

 虫の音が響き、秋の様相を演出している。

 廃屋と化した民家を借り、兵を休ませ、食料は鎌倉より持ち込んだ物と、現地での調達で陣を貼っている。その中で、秋の宴を楽しむ為に、殆どが野原に集まっている。


 だがそんな秋の空の下で、今後最も大きな転機に差し掛かる男達が、その空を見上げている。



 「義経殿が義経殿であるが為に、戦うのも必要では御座いませぬか?」

 のんびりとした口調で言う弁慶。彼の心には、どうあっても義経に付き従う覚悟も籠っていた。

 「袖触れ合うも何かの縁…。ましてや命を共に賭け、戦に出るっちゅう間柄じゃき、ワシは義経殿と共に行くきの」

 「某は…こうして召し抱えて頂き、この弓を義経様の為にお役立てする事こそ、望みであります!」

 与一は熱く言い放つ。その様を見た義経・弁慶らはクスクスと笑った。

 「暑苦しいのぉ、与一さんは」

 着物の襟をパタパタとしながら、与一に背を向けて寝がえりを打つ龍馬。


 「九朗…、自らの足元を見よ。其方を信じ、従う者に応えるも大将の役目ぞ」

 範頼の言葉に、ゆっくりと頷く義経。

 「指揮は御大将が御執り下さい…。我等は御大将の仰せのままに、この命を果たしましょう」

 爽やかに笑いながら、弁慶が言う。主は頼朝に非ず、義経である、と言わんばかりに。


 ただ一人、義盛だけがこの策に不安を持っていた。万が一、義仲が追い詰められ、法皇奪還に失敗した暁には、その暴走はどこまで行くのか。また、今の動きが歴史にとって良いのか。目眩がしないという事は、正史に沿っているのだろうが、実際に動くとどうなるかは全く分からない。




 が…この日が切っ掛けとなり、次第に義経の立場が狂い出そうとは、誰もが思わなかった。

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