表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
清和の王  作者: 才谷草太
源義仲の反乱
12/53

軍行と策略

 十月十五日。京に舞い戻った義仲は、大軍を引き連れ水島を出立したが、既に仲間は散々としていた。言うまでも無く義仲を止めようとした配下の者は尽く斬られ、求心等はどこにもない盗賊頭のような存在となっていた。


 義仲は京に戻ると、頼朝軍との戦に備え、かつて支援を受けていた「大夫房覚明」に声を掛け、援軍を願い出る。と同時に北国の武士にも上洛を伝え、軍備強化を図ろうとする。


 が、しかし…その申し出に答える者は出て来なかった。



 「何故……某が、一体どれ程の仲間の血を流し、平家を退けたと思っておるのか…」

 歯を食い縛り、床にうつ伏せて涙と怒りを堪える義仲に、配下の者は誰ひとり声を掛けなかったと言う。そう、意見を述べ斬られでもしては堪らない。逃げられる物であれば今すぐに逃げたい。そんな感情が殆どの配下に充満していた。

 その空気は、義仲にも十分伝わっていたがどうするつもりも無い。自らが『大将軍』となった暁には、逃走した主だった者達を平家共々追討するつもりになっていた。


 「後白河法皇はどこだ」

 うつ伏せたまま、義仲は口を開く。その突然の言葉に一同は面食らった。

 「答えろ! 法皇は今、何処に居られるか!」

 体を起こし、眼前の配下の者を睨むと、その視線の先に居た武士が、震えながら答える。

 「お…恐らくどこかの仏閣に逃げ込んで居るモノやと…」

 「直ぐに調べて参れ! 見付け次第、某に報告せい!」

 義仲はそう叫び、腰に差していた扇子を投げ付けた。すると、その部屋に居た配下全員が逃げる様に屋敷から飛び出し、後白河法皇の捜索へと向かう。


 「何故…何故、某は一人になるのだ…」

 頼朝には朝廷を初め、徐々に仲間が増えて行き、勢力を増して行っている。一方自分はというと、戦に勝ちはしているが、次第に仲間も権力も失っている。こうなってしまっては、最早残る手段は一つしか無い。

 京の町が狂気により支配される日が、刻刻と近付いていた。





 そして同じ頃、鎌倉では五百騎程の軍勢が京に向かい出立していた。義経率いる鎌倉軍である。


 「木下殿…このまま京に上るが得策か?」

 馬上の義経が剣一に聞くが、その視線は遥か遠くを見ている。義経自身も僅か五百程の兵で義仲と渡り合うつもりは無い様だ。

 「そうですね…まずは近江辺りまで登り、状況を見極めましょう。鎌倉と京とでは時に差がありすぎます。それより…」

 剣一は義経より三人後に続いていた。そして、その言葉に心を止めた義経は、フッと振り返る。

 「如何致したか? 気に掛かる事でもあるのか?」

 「これより、名を義盛と変えとうございます」

 軍行中に改名等とは呑気ではあるが、義経は困った様に眉間にシワを刻み笑った。

 「如何致した…そちの名は不服か?」

 「いえ、初めてお目通りを願った時に申しました通り…義経殿の配下として働く以上、これまでの名を捨て、新たな武者となりとうございます」

 勿論、そんな事はどうでも良かった。

 ただ、木下剣一という名が歴史に残ってはマズイのだ。それは龍馬とて同じ事だが、彼自身は呑気に野党と混じってバカ笑いをしている。


 「左様か…合い分かった。ではこれより、『伊勢義盛』と名乗るが良い」

 義経はヤレヤレと笑いながら溜息を吐いた。

 「伊勢…で御座いますか…?」

 「不服か?」

 「あ、いえ、有難き事でございます…」

 大将に名を付けて貰うなどとは光栄極まりない事である。が、この時の義経はそんな気負いも無く、これまでの戦歴、兄頼朝からの信頼もあり、名を与えた。

 そんな先頭集団の会話を嗅ぎつけた龍馬は、馬を走らせて剣一改め義盛の横に来る。


 「何ぜ、何ぞあったがか?」

 この男はいつも楽しそうだ。人懐っこい笑顔で義盛と義経を見る。すると義経の背後を守る様に寄り添う弁慶が口を開く。

 「今し方、義経殿が木下殿に名を付けた所だ」

 「何じゃと? 剣さん…また名を変えたがか!?」

 片眉をクイっと上げて、からかう様に笑う龍馬に、義盛も鼻で笑いながら答える。

 「これから、歴史に名を残すかも知れない戦に出向くんです。名は立派にしておかねば…」

 その言葉の真意が、分かったのかどうかは謎だが、龍馬はニヤッと笑いながら自らの顎を撫でる。

 「ほぉかぇ…。ほうじゃのぉ……。義経殿、ワシにも名をくれんかの!」

 まるで無邪気な子供の様に馬を走らせ、義経の隣に向かい、強請る龍馬。


 何やら先頭では、龍馬が強引に義経に迫っている様子が見て取れるが、義盛の心中はそれ所では無かった。この後近江に向かうは良いが、何をどうすれば知っている源平合戦に辿り着くのか…。そもそも壇ノ浦で勝った、という事以外の確かな知識など持ち合わせていないのである。

 更には、これから戦をする『源義仲』という男の事も知らない。


 幕末の頃の様に、薄らとした知識すら無い時代で、どうやって正史に辿るのか…。


 考え込んでいた義盛は、先頭より戻って来た龍馬が、隣で楽しそうに話している事に気が付いていなかった。





 場所は再び京に戻る。


 十月十九日の源氏一族の会合では、居場所を特定した後白河法皇を奉じて、鎌倉に出陣するという案が飛び出す。


 そして翌日二十日、義仲は「君を怨み奉る事二ヶ条」として、頼朝の上洛を促したこと、頼朝に寿永二年十月宣旨を下したことを挙げ、「生涯の遺恨」であると後白河に激烈な抗議をした。同時に、頼朝追討の宣旨ないし御教書の発給、志田義広の平氏追討使への起用を要求。

 頼朝への包囲網を着々と広げようとしていた。しかし、この案は行家、源光長の猛反対で潰れる。


 更に二十六日。源氏は当てにならぬと踏んだ義仲は、興福寺の衆徒に頼朝討伐の命を下す。しかしこれも衆徒が承引しなかった。


 義仲の指揮下にあった京中守護軍は瓦解状態であり、義仲と行家の不和も更に膨れ上がる事となって行った。



 義仲に次第に忍び寄る、頼朝の影義経。

 頼朝討伐を執拗に拘る義仲と、義経・弁慶・義盛・龍馬・与一。


 寿永二年十一月。

 この月に、両者の命運は大きく分かれる事になる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ