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男性が少ない世界で執事っぽいVしてます  作者: そういう作品だったらいいなって
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100 ほんの些細な件

「あ、彰様!お待ちください、包丁などお持ちになられませぬよう!どうか、どうか、その危険な刃物は私めにお渡しをーッ!」

「大丈夫だって雫、落ち着いて。ただ野菜を切るだけだからさ。怪我なんてしないよ」


 家のキッチンに足を踏み入れた瞬間から、メイド服の袖を捲りあげた雫は、まるで爆弾処理班の作業を見守るかのような悲壮感を漂わせ、ソワソワと周囲を落ち着きなくウロウロし始めていた。


 わが家には専属の料理人なんて大層なものはいない。普段の食事は基本的に雫がすべて完璧に作ってくれているし、私自身の立場もどこかの厳格な家柄というわけではなく、ごく普通に自由気ままに過ごさせてもらっている。


 だからこそ、私が「今日はちょっと自分で料理をしてみたいんだよね」と言い出したとき、雫は文字通り雷に打たれたような顔をしたのだった。


「ですがっ!我が主であられる彰様が、自ら台所に立たれるなどっ!もし万が一、お手を滑らせてお怪我でも召された日には、私のメイドとしての存在意義がマイナスどころか宇宙の塵になって消滅してしまいます!」

「大げさだなあ。これくらいのことで怪我なんてしないって。手に気をつけながら切れば大丈夫だからさ」


 私には、前世での一人暮らし歴というものがそれなりにある。

 もちろんプロの料理人には遠く及ばないが、自分の食べるものくらい自分で何とかする程度の自炊スキルは身についていた。

 この世界にやってきてからは、雫が至れり尽くせりでお世話をしてくれるおかげで包丁を握る機会なんてすっかりなくなっていたのだが、ふと、前世でよく作っていた「健康に良くて日持ちする常備菜」が無性に恋しくなったのだ。


 幸いなことに、この世界は前世の日本と生活環境や食材がほぼ変わらない。

 先日、雫に頼んで買ってきてもらっていた小玉のタマネギと、まろやかなお酢、それから甘い蜂蜜。道具もひと通り揃っているとなれば、作らない手はない。


「ふふん、今日はね。超かんたんで、身体にすごく良い最高の一品を作るんだよ」

「身体に良い……一品、ですか?一体どのようなご馳走をお作りになられるおつもりなのですか……?いや、ご馳走であろうと何であろうと、彰様が刃物をお持ちになられているという事実だけで私の心臓がいくつあっても足りませんっ!あわわ、その包丁の持ち方、なんだか危なっかしく見えませんか……!?」

「ちゃんと人差し指を添えて安定させてるでしょ?ほら、見てて安心しなって」


 私はいかにも不審な挙動で両手を胸の前でパタパタとさせ、生きた心地がしていない様子の雫を苦笑交じりに宥めつつ、手際よく調理の準備を進めることにした。


 まずは水洗いした小玉のタマネギ。

 これを綺麗に、ツルリと皮を剥いていく。小ぶりで身がぎっしり詰まっていて、いかにも美味しそうな良いタマネギだ。農家さんに感謝だね。


「さてと、皮が剥けたら次はスライスしていくよ」

「ひいっ……!トントンと……そんなリズミカルに包丁を……!彰様、手際が良すぎやしませんか!?いったいどこでそのような職人芸を身につけられたのですか……!私、聞いておりませんし、存じ上げませんっ!」

「どこでって、まあなんとなくね?あ、タマネギを切るときはね、繊維を断ち切るように垂直に包丁を入れていくと、食べたときの食感が柔らかくなるんだよ。逆に歯ごたえを残したいときは繊維に沿って切るんだけど、今回はサラダ感覚でパクパク食べたいから、繊維を断つ方向にスライスしていくね」


 トントントン、と心地よい音がキッチンに響く。

薄くスライスされた白いタマネギが、まな板の上に綺麗な層となって広がっていく。

こうして無心で包丁を動かしていると、なんだか懐かしい心地がしてくる。


「なるほど!栄養や食感まで考慮して包丁の入れ方を変えていらっしゃる……!て、そうじゃなくて!す、凄すぎます彰様!まるでお料理の求道者です……!ですが、ですがやはり、これ以降の細かい作業は私が……!」

「いいってば。ほら、切ったタマネギはね、すぐに水に晒しちゃダメなんだ」

「えっ?タマネギの辛味抜きといえば、冷水に晒すのが定番では……?」

「お、雫も詳しいね。でもね、水に晒しちゃうとタマネギに含まれている『アリシン』っていう、血液をサラサラにしてくれるすごく大事な栄養成分が、水に溶け出して逃げ出しちゃうんだよ。だから、バットか広めのお皿に平らに広げて、そのまま十五分から三十分くらい空気に晒しておくのがコツかな?こうすると辛味成分が勝手に空気に飛んでいって、栄養も丸ごとキープできるんだよね」


 平皿の上にスライスしたタマネギをふんわりと広げ、そのまま空気に触れさせる。


「な、なるほど……!栄養を一切逃がさないための科学的アプローチ……!彰様の知性は底知れません……!」


 感極まったように両手を握りしめる雫。相変わらず私に対するフィルターが全方向で限界突破していて少し気恥ずかしいのだが、そこを突っ込むと余計に話が長くなりそうなのでスルーすることにした。


「そういえば、こういう簡単なもの以外にも、前に話したけど一応オムライスとかも作れるよ」

「えっ、オムライスですか……!?彰様、あのオムライスをお作りになれるのですか……!?」

「うん。ケチャップライスを作ってね、その上にバターでふんわり半熟に仕上げたオムレツをパカーンって乗せるやつ。真ん中からナイフを入れると、トロッと卵が全体に広がるタイプのね」

「なっ……なんという高度な技法……っ!あの卵の火加減が極めて難しいとされる、ドレスのようなトロトロオムライスですかーッ!?彰様の手作りオムライス……想像しただけで胸が苦しくなってきました……!ああ、そんなの絶対に最高じゃないですか……!」


 口元を押さえて目をトロンとさせる雫を見ていると、なんだかこちらまで可笑しくなってくる。こういう他愛のない雑談を交わしながら作業をするというのも、一種のいい骨休みになるものだ。


「はは、今度機会があったら作ってあげるよ。それくらいなら手軽に作れそうだしね」

「本当ですかっ!?彰様の手料理オムライス……!夢のようです……!」


 そんな会話をしながら、私は次のステップである「漬け汁」の準備に取りかかった。


「よし、タマネギを休ませている間に、今から漬け汁を作っていこうか」

「今から、ですか?何か特別な調味料をお使いになられるのですか……!?」

「ううん、使うものはすごくシンプルだよ。まず、この清潔なガラス容器を用意して……ここにお酢を注ぎます」


 ゆっくりとお酢を容器に注ぎ込んでいく。ツンと酸っぱい爽やかな香りがキッチンに広がった。


「使うのはお酢だけでもいいんだけどね、それだけだと少しツンとし過ぎちゃうから……ここに蜂蜜を大さじ2杯くらい入れるんだ。それと、味を締めるために塩を小さじ半分くらい。これらを全部入れたら、スプーンでしっかり混ぜ合わせる!」

「お酢に……蜂蜜とお塩、ですか!絶妙な甘酸っぱさの黄金比……!」

「そうそう。蜂蜜が少し固くて溶けにくいときは、電子レンジでほんの数秒温めたりするとすぐ綺麗に混ざるんだよね。ほら、しっかり混ぜるとツンとしたお酢の角が取れて、まろやかで美味しそうな漬け汁の完成!」


 スプーンでシャカシャカと混ぜ合わせると、お酢の酸味の中に蜂蜜の優しい甘い香りがふわりと立ち上る。


「うわぁ……!お酢特有の刺激的な香りが、蜂蜜の甘みでとってもまろやかになっております……!これだけでも美味しそうです!」


 ちょうど漬け汁が整ったところで、空気に晒しておいたタマネギの経過時間も十五分ほどとなった。

平皿の上のタマネギを見ると、空気に触れていい具合にしっとりとし、ツンとする辛味成分がほどよく抜けている。


「よし、時間だね。今作ったこの漬け汁の中に、空気に晒したタマネギを投入しまーす」


 箸を使って、スライスしたタマネギをガラス容器の中へと落とし込んでいく。


「スプーンで軽く全体を押し込んで、漬け汁にしっかり浸かるようにして……はい!これで仕込みは完了!」

「えっ……もう終わりですか!?」

「うん、終わり。とっても簡単でしょ?あとはフタをして、冷蔵庫に入れて数日置くだけ。早ければ明日からでも食べられるけど、数日じっくり漬け込むとタマネギの角がすっかり取れて、甘みが増して最高に美味しくなるんだよ。冷蔵庫なら一、二週間は余裕で持つしね」


 ガラス容器のフタをパチンと閉め、冷蔵庫の棚へと大切にしまい込む。

 ふう、と小さく息をついて、密かな達成感とともに腕を組んだ。


「いやぁ、やっぱり自分で手を動かして何かを作るのって楽しいね!」

「本当にお見事でございました……。しかし彰様、改めてお伺いいたしますが……なぜ彰様は、そのようにお料理の手際が完璧なのですか?普段から台所に立たれるわけでもないのに、栄養の知識までスラスラと出てきて……まるで何度も何度も繰り返してきたかのような慣れっぷりでした」

「ん?あはは、そうだねぇ。なんでだろうねー?」


 私はとぼけたように笑ってごまかした。前世で一人暮らしをしていた頃、自炊のレパートリーを増やすためにレシピ動画を漁りまくっていたなんて、口が裂けても言えない。いや、この雫なら簡単に受け入れそうな気はするけども……。


「まあ、ロマンってやつかな。たまには自分で作ってみたくなるんだよ」

「ロマン……!彰様、なんと奥深いお言葉……!」


 雫はキラキラと瞳を輝かせ、すっかり感動しきっている。

 まあ、深く追求されずに済んだのならそれで良い。

 と、そこで私は冷蔵庫の中に収まったガラス容器を思い出し、ふと振り返って雫に声をかけた。


「あ、そうだ。雫」

「はっ!何でございますか彰様!」

「この酢タマネギね、小玉タマネギを結構たくさん使ったから、なかなかの量が出来ちゃったんだよね。もし良かったら……雫も一緒に食べる?」

「……え?」


 ぴたり、と雫の動きが止まった。


「いや、身体にすごく良いし、肉料理の付け合わせとかにすると口がさっぱりして美味しいからさ。雫が嫌じゃなかったら、数日後、一緒に食べようかなって思って」


「あ、あ……っ!?」


 雫の丸い瞳が、左右にものすごいスピードで泳ぎ始めた。

 顔がみるみるうちに真っ赤に染まり、耳の先まで綺麗に茹で上がったエビのように赤くなっている。


「あ、彰様と……いっしょに……?あ、彰様が手ずからお作りになられた……愛の結晶とも言うべき手料理を……私めが……一緒に頂く……!?」

「いや、愛の結晶ではないよ。ただの酢漬けなんだけど……嫌だった?」

「いやいやいやいや滅相もございません嫌なわけがございませんむしろ主のお手料理を頂けるなどメイド冥利に尽きるどころか私の人生のピークが今ここに到来してしまったので明日あたり隕石が落ちて死ぬかもしれないと本気で心配になるレベルです是非とも!是非とも喜んでご一緒させてくだひゃいっ……!」


 最後には言葉を激しく噛みまくりながら、必死の勢いで頭を下げてきた。相変わらず感情の振り切れ方が凄まじいことになっている。

 というか、最後の方ちょっと危なかったか?

 死が見えた気がするけど、大丈夫かな?


「あはは、良かった。じゃあ数日後、しっかり味が馴染んだら一緒に食べようね。楽しみにしてて」

「は、はいっ……!一生分の歓喜を胸に、首を長くして楽しみにしておりますっ……!」


 感動のあまり全身をワナワナと震わせ、胸ポケットからスマホを取り出した雫は、なんと私からほんの二、三歩離れただけの目と鼻の先で、そのまま震える指で通話ボタンを連打し始めた。


……え、ここで電話かけるの?私、目の前にいるんだけど?


 スマホからはスピーカー越しのように、あずささんの声がキッチンに丸聞こえで響き渡る。


『はい、こちらあずさですが——』

「もしもし!?聞いてくださいあずさぁぁぁッ!!」

『うわっ!?な、なに!?雫!?急になんなのよ、耳が割れるんだけど!』

「聞いてください!落ち着いて聞いてくださいあずさ!たった今、我が人生において最大の神イベント……いいえ、宇宙の歴史を塗り替える奇跡が発生いたしました!」

『奇跡……?また彰様のこと?』

「そうです!我が主、尊すぎる彰様が……!な、なんと、自ら台所に立たれ、この私に……!私めのために手料理を振る舞ってくださると仰られたのですッ!!」

『はぁっ!?あ、彰様が手料理を……!?わざわざ料理なんてしたの!?』

「そうなのです!見事な手際で『酢タマネギ』なる健康の至宝をお作りになられ、あろうことか『一緒に食べよう』と……!一緒に……!彰様と私のお食事デートが公式に決定いたしましたーーーッ!」

『な、なんですってぇぇぇっ!?私だってフィン様の手料理食べたいわよ!というかフィン様が包丁握ってるところとか、私もライブカメラで見たかったんだけど!!』


 所々聞こえてくるあずささんの叫び声。でも、そこは私ではなくて、フィン様なんだ。業が深いねあずささん。あ、でも次のASMRには良いのかも?

 社長も良く分かってらっしゃるって事で良いのかな?


「ふふん、日頃の行いの差です!数日後、私は彰様の手料理を一口一口噛み締め、その聖なる味覚を脳裏に刻み込んで見せます!あずさ、存分に羨むといいですよ!」

『キーッ!私のところにも送りなさいよそれ!ほんのちょっと、ちょこっとだけでいいから!!』


 そこでようやく雫はハッとしたように私へ視線を送り、自分のやらかしに気がついたらしい。

 私は、笑顔でよかったねと頷く。


 雫はそのままカチコチになったロボットのようなぎこちない足取りで、「失礼いたしますっ!」と一礼し、通信状態のスマホを耳に当てたままキッチンを飛び出していった。


 ……うん。

丸聞こえだったよ。

「お食事デート」って単語が聞こえた気がするけれど、絶対に気のせいということにしておこう。さすが妄想先生だ。触れたら負けだ。


「ふう、片付けも綺麗に終わったし、自室に戻るか」


 キッチンのシンクをピカピカに洗い流し、エプロン代わりに借りていたふきんを畳みながら、私はふと首を傾げた。


「……そういえば」


 この世界って、そもそも男性が自ら料理をする文化ってどうなんだっけ?

 特別に男尊女卑が激しいわけではないけれど、「男性が台所に立つなんて滅多に見ない光景だな」と、ふと思い出したのだ。

 もしかして、男性の手料理を振る舞うって、特別な意味合いがあったりするのだろうか?


「……まあ、いっか」


 深く考えたところで、私に何かできるわけでもないし。

 何より相手は、いつだって私を全肯定してくれる雫なのだ。

 大した問題になることもないだろうと、私は半ば諦めにも似た楽観で思考を打ち切り、数日後に完成する甘酸っぱい酢タマネギの味を楽しみにしながら、ご機嫌な足取りで自室へと戻っていくのだった。

目標の100話到達しました。

次の目標は200話を目指します。

暇つぶし程度に読んでもらえれば幸い。

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100話達成おめでとうございます、これからも楽しみにさせていただきます。
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