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恋を始める物語

反比例

作者: とぐさ
掲載日:2026/02/08

春から夏って、いいよね。

 7時17分。私はいつもの電車、いつもの車両に乗る。学校は、ここから7つ向こうの駅だ。

 7時23分。次の駅で、彼は3両目の前の扉から、乗車する。彼を目で追うようになって、少なくない時間を無駄にした。

 声を掛ける勇気もない。私の青春は、車窓を流れる景色のように、ゆっくりと消えていく。


 学校まであと2駅のところで、彼の友人が乗車する。”おっす”から始まるいつもの会話。周囲を気遣いながら笑う彼の姿に、私は胸が熱くなるような思いが、溢れ出す。


 電車を降りると、改札までの間、彼は私の後ろを歩いている。改札を過ぎると、彼は私を追い抜き、


「美和ちゃん、おはよう!」


 後ろから、挨拶をしてくれる。恥ずかしくて、小さな声で「おはよう」と応えるのが精一杯。私は、これが嬉しくて、わざと歩みを遅くする。でも、彼が隣を歩いてくれるような事はなく、友人と話しながら、早足で離れて行ってしまう。


 学校に着くと、私は大勢の生徒の一人になり、彼は、隣のクラスの人気者になる。


 切欠は、些細なものだった。放課後、化学の先生に、授業で使った教材の片付けを頼まれた。自分で言うのもどうかと思うけど、私は、良く言えば、”一生懸命で真面目に授業に取り組める生徒”、実際は、”頼まれたら、断れない地味で気弱な子”だった。


 その日の授業は、実験があり、資料や実験道具が多く、片付けるにも、大変な時間が掛かるかもと、私は肩を落とした。


「あれ?君、一人?」


 廊下から、顔だけを出した彼と目が合った。


「は、はい。」


 内向的な私は、間抜けな返事しかできなかった。


「藤井、こっちに来てない?」


「藤井さん、ですか?化学室には、私しか来ていません。」


「ん~、そっか。今、何やってんの?」


 彼は、部屋に入ってくる。


「授業で使った教材の片付けを、先生に頼まれて、、、」


 男子と普通に会話する事が少なかった私は、くぐもった話し方になってしまう。


「結構な量だね。手伝うよ。」


 私が返事をする前に、彼は片付け始めた。


「柳瀬慎吾。」


 唐突に、彼は自己紹介をする。


「わ、私は、、、」


小鳥遊たかなしだよね。すっげー難しかったから、国語の先生に教えてもらうまで、知らなかったよ。」


 彼は、無邪気に笑う。


「下の名前は、なんての?」


「み、美和みわ、美しいに平和の和で、美和です。」


「美和ちゃんか、よろしくね。」


 いきなり下の名前で呼ばれた私は、首のあたりから、熱を帯びたように、赤くなっていくのを感じた。


「あ、ありがとうございます。」


 恥ずかしさに、それが精一杯だった。

 彼のおかげで、ある程度、片付けも終わった頃、


「ここにいたのかよ。慎吾、監督がブチギレてんぞ。」


 廊下から、男子の声がした。


「おっ、マジ?やっべー、忘れてたわ。」


 彼は、慌てだし、


「美和ちゃん、ごめんね。俺、行くわ。」


 彼は、私の肩をポンと、叩いた。その拍子に、掛けていた眼鏡が、外れた。


「あっ、ごめん。そんなに強く叩いたつもりじゃなかったんだけど。」


 彼が眼鏡をキャッチしてくれた。


「い、いえ。大丈夫です。」


「、、、、」


 彼は、私の顔をじっと見た。視線が合うか合わないかで、恥ずかしさが限界を迎え、落ち着かなくなった私。


「ん~、眼鏡無いほうが可愛いよ。はい。」


 と、眼鏡を返す彼。顔が爆発したかと思うくらいに、熱く赤くなった。


「じゃぁ、行くわ!ほんとにごめんね。」


 片手を立てて、彼は走っていった。


 片付けも終わり、帰宅した私は、部屋で思い出していた。万年地味子の私は、あまりの事に、記憶が曖昧で、彼との会話も、ところどころしか思い出せない。


-眼鏡無いほうが、可愛いよ-


 そこだけが彼の表情とともに、脳内リピートされる。その度に、私は枕に顔をうずめ、身悶えする。

 それから、しばらくは、彼と会話する事もなく、またいつもの学校生活に戻った。


 ある日、私には珍しく、寝坊してしまった。慌てて、駅に向かったけれど、いつもの電車に間に合わなかった。表情には出さないが、私は少し憂鬱な気分になってしまう。

 仕方なく、次の電車に乗車して、窓から景色を眺めていると、彼の声が聞こえた。


「でさー、昨日の、、、」


 私は、視線を向けると、そこに彼がいた。いつから乗っていたのかは、分からないけれど、彼は友人と、談笑していた。

 それからは、毎日、彼と同じ電車に乗るようになった。一週間も過ぎると、私は、少し欲張りになる。


(なんとか彼と話したい。)


 そんな想いを募らせていた。でも、電車に乗って、彼を見て、電車を降りても、結局は何も変わることはなかった。だから、私は、駅を降りてから、わざと遅く歩くようにしていた。


「あれ?美和ちゃん?おはよう。一緒の電車だったのか。」


「おっ、おはようござ、、、、」


 彼は、気付いてくれたが、私がしどろもどろになってしまった。


「じゃぁ、また学校でね。」


 そうこうしてる内に、彼は友人と、先に行ってしまった。学校では、いつも通り、彼を目で追いかけた。放課後は、教室の窓から、グランドでサッカーをしている彼を見ながら、遅くならないうちに帰宅した。

 それから、半月が経ち、お母さんが好きなアイドルのテレビを見ながら、夕飯を食べていると、


「今日も、亮ちゃんは最高だわ~。」


「そうだね~。」


 お母さんは、アイドルに夢中だ。私は、彼の事で頭がいっぱいだった。


「美和、来月の中間テスト、大丈夫なの?」


「大丈夫だよ。」


 テレビに視線を向け、生返事をしていた。


「今日も、お父さん遅いって。」


「いつもの事でしょ。」


「学校はどう?最近、変わったことない?」


「ないよ~」


「あんた、好きな人できたでしょ。」


「そうだね~。」


 -ガタンっ-


 家が揺れたかと思うくらいには、テーブルが揺れる。


「お母さん!」


 お母さんの顔は、”あらあら~”と、笑顔でいっぱいだった。


「違うからね!」


 と、恥ずかしさのあまり、乱暴に食事を終え、ベッドに潜り込んだ。

 夜の9時を過ぎたころ、お父さんが帰ってくる。1階から、お母さんの「おかえり~」が聞こえてきた。

 私は、トイレに行きたくなり、1階に降りると、二人は私の話をしていた。気になった私は、階段で聞き耳を立てた。


「あなた、あの娘に好きな男の子がいるみたいよ?」


 -ガタンっ-


 家が揺れたかと思うくらい、大きな音がする。


「なななな、母さんは何を言ってるんだ。あの娘に好きな男なんて、早すぎる!」


「何言ってるのよ。美和も、もう17歳よ。恋愛の一つや二つあるに決まってるわよ。」


「父さんは許さんぞ!今から美和に聞いてくる。」


「やめなさい。」


「だって、母さん!美和は、僕と結婚するって、ずっと言ってたんだぞ。」


「何歳の話をしてるのよ。臭いって言われてないだけマシだと思いなさいよ。年頃の女の子は、お父さんは、汚いもの扱いなんだから。」


「現実を見たくないよ~」


 お父さんの悲しい叫びが聞こえてくる。おかしくて、クスッと笑ってしまう。


「はい、あなた。ビール。」


 -プシュッ-


 と、軽快な破裂音が聞こえ、


「俺たちが出会ったのも、それくらいの頃だったよな。」


「そうね。若かったわね~。」


 晩酌をしながら、昔話を始めた。


「1年生の時に、僕が君に一目惚れして、毎日アタックしたのを覚えてるよ。3年生になった春休みに、やっといい返事がもらえたんだよな。今でもよく覚えてるよ。」


「ずっと黙ってたけど、2年生の夏休みには、もうあなたの事を好きになってたのよ。あなたが面白くって、ちょっと意地悪しちゃった。」


「今でもそうだけど、やっぱり君には敵わないな。」


 二人の甘さに、胸ヤケしそうだった私は、トイレに行って、寝た。


 次の日、


「いってきまーす。」


 玄関で靴を履いていると、


「美和、女は度胸よ。」


 お母さんが、ガッツポーズしていた。私は、聞こえないふりをして、玄関を飛び出した。学校に到着して、1限目を終えた時、廊下から、彼の声が聞こえる。


「慎吾、最近あの子とは、どうなってんの?」


「どうもなってないよ。」


「付き合ってんじゃないのか?告白されたじゃん。」


「うっせーな。あんま大きい声で言うんじゃねーよ。」


 私は、頭が真っ白になった。


「美和?どうしたの?」


 友人の声は聞こえたけど、その時にどうしたのかまでは、覚えていなかった。

 正気に戻った時には、私は自分の部屋で、膝を抱えて、座っていた。1階から、お母さんの声が聞こえる。


「先生、すみません。突然、帰ってきたと思ったら、何も言わずに部屋に行っちゃって。、、、はい、、、はい、、、私から、ちゃんと言っておきます。はい、はい。」


 学校からの電話のようだった。


(サボっちゃったな。)


 胸にポカンと空洞ができたみたいだった。


(死のうかなぁ。)


 自然と涙が溢れてくる。少ししたら、電話を終えたお母さんが、階段を昇ってくる足音が聞こえた。


「美和?大丈夫?どうしたの?」


「何にもない!ほっといて!」


 ドアの前で、優しく心配してくれるお母さんに、ぬいぐるみを投げる。


「学校で、何かあった?」


「何にもないよ!あっち行ってよ!」


「・・・振られちゃった?」


「知らない!」


「お母さんが、女は度胸なんて、言ったから、、、お母さんが悪いわね。」


「違うって言ってるでしょ!あっち行って!ほっといて!」


「だって、あなた、あっちに行ったら、死にそうな顔してるじゃない?」


「うるさい!私なんて、どうなっても知らない!」


 頭に血が上って、自分でも何を言ってるのか分からなかった。


「今から、お母さん、独り言言うね。」


「勝手にすれば!」


 少しの静寂が流れたあと、お母さんは、話し出した。


「今の美和の気持ち、お母さんにも分かるわよ。ちょうど美和と同じくらいの頃、好きな男の子がいてね。彼が県外の高校に行くって言うから、私も一緒に行きたくて、一生懸命勉強して、同じ高校に入ったの。でもね、入学してすぐに、彼は、他の女の子といい感じになっちゃって、”一番仲良いのは私だ”、”彼も私の事好きだ”って、思ってたのに、、、もうどうでもよくなって、、、今の美和と同じね。」


 お母さんの話を聞いていたら、少し冷静になってきた。


「そんな時、お父さんに告白されたわ。その時は、彼以外の男子なんて、全然覚えてなくて、もちろんお父さんの事も全然知らなかったわ。私はまだ立ち直れてなくて、あの人の事、振っちゃった。でもね、あの人は、全然諦めてくれなかった。それから、毎日、学校にいる間は、ずっと付きまとわれて、”なんなのこの人”って。でもね、ずっと好きだって言ってくれるお父さんを見てたら、なんだか、いつの間にか、目で追うようになって、一年経った頃には、お父さんの事好きになんだって、自分でも分かるくらいに、好きになってた。お父さんは、今でも、”僕が君を好きになったんだよ”って、言ってくるけど、今思えば、最初に告白された時に、モノクロだった私の世界に色が戻っていたんだと思う。」


 お母さんのすすり泣く声が聞こえる。


「もし、あなたの中に、彼しかいないんだったら、諦めちゃダメよ。あなたは、お父さんとお母さんの子供なのよ。たくさん泣いたら、次は、彼を後悔させるくらい良い女になってやるんだって、頑張らなきゃ。お母さんも、お父さんも、絶対あなたを応援してる。」


 私は、部屋のドアを開けた。私の姿を見たお母さんは、


「美和!」


 強く抱きしめてくれた。その華奢な腕からは、想像できないくらいに、強くて、優しいお母さんの腕だった。


「ごめんなさい。ありがと。」


 お母さんの胸の中で、そっと呟いた。お母さんは、何も言わず抱きしめてくれた。


 翌日、私はいつも通り、通学した。彼の事を消化しきれないでいたが、それ以上に、彼を想う気持ちが、私を奮い立たせた。

 教室に入ると、担任に”早退するなら、ちゃんと連絡しなさい。”と怒られたが、”お母さんを心配させちゃダメよ。ちゃんと大人を頼りなさい。”と、優しく諭してくれた。

 日中、廊下を通る彼と、何回か目が合った気がするが、特に何もなかった。心配してくれた友人は、特に変わることなく、私と仲良くしてくれている。


「昨日は、ごめんね。」


 私が謝ると、彼女は、明るく”いーよー”と応えてくれた。放課後になっても、何も変化はない。考えてみれば、私に何が起こったのか、彼が知る由もない。昨日、早退した事は知っているかもしれないが、その理由までは分からないだろう。

 そんな事に悩んでる自分が、少し可笑しくなった。


 中間テストも終わり、梅雨が明け、期末テストも終わる。彼への想いは募るものの、どうすればいいか応えは出ないままだった。あれから、彼が誰かと付き合ったとか浮いた話は聞こえてこない。まるで、何もなかったのかもと、錯覚してしまいそうになる。


 1学期最後の日。終業式が終わり、教室に戻ると、クラスは夏休み気分で、溢れかえる。担任の話は、誰も聞いていない。終礼が終わり、私も家路についた。

 駅から、自宅までは歩いて、20分ほどの距離。大通りを抜けて、川沿いの沿道を歩いている時、見覚えのある男子が、土手に座っていた。

 彼は、私を見つけると、立ち上がり、足早に近づいてきた。


「良かった。ここで合ってた。」


「や、柳瀬くん。ど、どうして、ここにいるの?」


「友達の深谷ふかやさんに聞いたんだ。この辺で待ってれば、会えるかもって。」


(由美~、ありがとう。)心の中でガッツポーズ。


「夏休みに入ると、美和ちゃんと会えなくなるなと思って、連絡先だけでも交換したいなって思って。」


「でも、柳瀬くん。彼女いるんじゃないの?」


 素直になれない私がいる。


「彼女はいないよ。」


「でも、この前、告白されたって、、、」


「、、、?あっ、5月くらいの話?違うよ。ん?違わないか。告白はされたけど、断った。」


(断ったんだ。落ち着け、私。)


 遠くから、聞こえる蝉の音色が、私の心臓の音を消してくれている。


「あ、あのさ。ちょっと話さない?」


 彼は、返事を聞く前に、土手に座る。


「最近、電車一緒だけど、挨拶してないよね。」


「うん。」


「深谷さんは、中学の時からの、同級生なんだ。」


「うん。」


「俺、サッカー部なんだ。」


「知ってる。」


「あっ、連絡先。」


「うん。」


 彼は、慌てたのか、スマホをうまく操作できない。


「あれ?どこいった、、、あっ、あった。はい。」


 私は、何も言えず、連絡先交換会は、終了する。終わりたくない。彼ともっとおしゃべりしたい。そう考えれば、考えるほど、鼓動が気になってしまう。口を開くと、鼓動が聞こえてしまいそうで、苦しい。


「そ、そう言えばさ、、、、」


 彼は、他愛のない話をし始める。私は、「うん。」しか、相槌を返せない。


「ごめん。俺だけ話してたよね。つまらない話題ばっかで。」


 彼は、「はははっ、いつもこんな感じじゃないんだよ。」とか、取り繕うように、頭を掻いた。


「そんなことない。柳瀬くんと話すの楽しいよ。」


 私は、消えるような声で、精一杯、応える。


「う、うん。」


 彼は、赤くなって、下を向いた。その時、夏のいたずらな風が土手を走り抜けた。


「きゃっ。」


 踊り出しそうなスカートを、両手で抑えた拍子に、大きく体を動かした私から、眼鏡が落ちる。


「だ、大丈夫?」


 彼が、私を見つめている。


「う、うん。ありがと。」


 慌てて、眼鏡を掛けなおそうとする私の手首を、彼が優しく抑えた。あまりの恥ずかしさに、私は顔を上げれない。今、彼がどんな表情しているのか、私の手首に触れる彼の手が、夏に負けないくらい、熱を帯びていることだけは感じられる。


「、、、やっぱり眼鏡、ない方が可愛いね。」


 彼の声は、少し震えているように聞こえた。


「あっ、ごめん。勝手に触って。」


「、、、ううん。」


 私は首を振った。


「夏休み、連絡するね。」


「うん。」


「お盆は、部活ないから、一緒にお祭り行こう。友達にも声掛けとくよ。」


「うん。」


「じゃぁ、俺、行くね。ほんと、今日はごめんね。」


「ううん。」


 そうじゃないの。私は首を振った。彼は、立ち上がり、土手を上がっていく。私も慌てて、彼の背中を追う。土手を登り切ったら、今日が終わってしまう。


「じゃっ。」


 と、少し照れた表情の彼は、ゆっくりと離れていく。目の前にいる彼との距離が、私の心と反比例していく。


「や、柳瀬くん。」


 それは、夏の熱気の後押しなのか、溢れる想いのせいなのか、


「私、柳瀬くんと二人で、お祭り行き、、、」


 そのどちらでもないのか、精一杯の声で、彼に気持ちを伝える。言葉の最後は、いつもの私が顔を見せ、言ったあとに、不甲斐なさを残す。


「俺も、美和ちゃんと二人で行きたい。」


 私の中に、夏の熱気が流れ込んだ。

少し長くなってしまいましたが、高校生の時って、どんな青春してたかなって、懐かしみながら、ストーリーを考えました。夏の魔法って、あると思う?

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