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水平線のグラデーション ー光の射す地獄、影の落ちる天国ー  作者: いつろう


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4 剥き出しの誇り、共鳴の水平線

はじめまして(お読みいただく前のお願い)

数ある作品の中から、このページを開いてくださり、本当にありがとうございます。

初めて「小説家になろう」に投稿させていただきます。右も左もわからない初心者で、操作一つひとつに緊張していますが、ずっと自分の中で温めてきた物語を形にしたくて、執筆を始めました。

不慣れなため、読みづらい点などあるかと思いますが、精一杯書き進めていきたいと思っています。


閲覧にあたっての注意点

本作は、絶望の淵に立たされた主人公の再生を描く物語ですが、テーマの性質上、以下のような描写が含まれます。

• 過去の辛い経験(性被害など)に関する回想や、心の葛藤

• 女子プロレスの試合等における、激しい痛みや流血、怪我の描写

• 精神的に追い詰められるような重いシーン

これらは犯罪や暴力を肯定する意図は一切ございませんが、読む方によっては強いショックを感じたり、お気持ちが沈んでしまう可能性があるかもしれません。

もし「少しでも辛いな」と感じた時は、無理をせず、すぐに閲覧をお控えください。


作品のテーマと設定について

• 本作はR15設定および**「残酷な描写あり」**の設定にしています。

• 物語の根底には**「被害者と加害者の境界線はグラデーションである」**という考えがあります。誰しもがどちらの立場にもなり得るという人間の多面性や、その果てに辿り着くそれぞれの場所を描きたいと思っています。

• 登場する人物や団体はすべて架空のものです。


執筆環境について(AIの使用明示)

本作は、執筆の補助として生成AI(AIアシスタント)をパートナーとして活用しています。

私自身、視覚障害や難聴といった体調面での制約があり、長い文章を一人で整えることが難しい場面があります。そのため、私が考えたプロットや言葉、込めた想いをAIに伝え、表現の肉付けや文章の整理を相談しながら原稿を作り上げています。

物語の核心はすべて私自身の経験や想いから生まれたものですが、AIという最新の補助具を借りて表現していることをご理解いただけますと幸いです。


感想・評価などの受付について

本作では、感想、評価、レビューの受付をすべて停止させていただいております。

まずは自分自身の心身を整えつつ、自分のペースでこの物語を最後まで書き抜くこと、そして一つひとつの言葉を大切に紡ぐことに集中したいと考えております。あたたかく見守っていただけますと幸いです。

更新は少しずつになるかもしれませんが、この物語がどこかの誰かの心に、微かな光として届くことを願っています。どうぞよろしくお願いいたします。

第1章:エメラルドの光と影

1.鏡の中の残像

試合後の控え室。湿った熱気と、使い古された消毒液の匂いが停滞する空間で、いっちゃんこと市原いずみは、全身鏡の前に独り立っていた。 鏡に映る自分は、かつての戦いで汗と血にまみれ、引きちぎれるたびに修復を繰り返してきたエメラルドグリーンのコスチュームを纏っている。スパンコールの一つひとつが、鈍い照明を反射して怪しく明滅していた。

(順調、なんだよね……今は)

モデルとしての仕事は、かつてないほどの充実期を迎えていた。あの豊田麻子との死闘、そして彼女を地獄へ突き落としたという残酷な経験は、いっちゃんの表情から「ただ綺麗なだけ」の幼さを削ぎ落とし、代わりに底知れない「凄み」を宿らせていた。ファッション誌の表紙を飾り、ランウェイを歩けば、観客は彼女の纏うオーラに息を呑み、拍手喝采を送る。 しかし、その光り輝くステージの裏側で、いっちゃんの指先は無意識に、今も腰のあたりをさすっていた。紅に踏みにじられ、麻子に限界まで絞り上げられた脊髄の痛みが、ふとした瞬間に幻聴のような震えとなって蘇る。

「……っ」

不意に走る鋭い違和感。それは、肉体が覚えている「恐怖」という名の消えない刻印だった。


2.新たなる凶器、ユイ

そんな静寂を破るように、控え室の重い扉が開いた。現れたのは、一人の若い女だった。青堀結衣ユイ、24歳。 かつていっちゃんが戦った「麻子」がセンターを務めていたアイドルグループで、次世代のエースとして嘱望されていた。


身長155センチという小柄な体躯。しかし、その人形のような愛くるしい童顔とは裏腹に、彼女の肉体は暴力的なまでの生命力と、逃げ場のない色気を放っていた。 練習着の上からでもはっきりと主張する、豊かなバストの膨らみ。限界まで引き絞られたウエストのくびれ。そして、重厚な筋肉を柔らかな曲線で包み込むヒップのシルエット。その身体は、見る者の欲望を容赦なく惹きつけ、蹂躙せずにはいられない、甘美で危険な「凶器」そのものだった。

「……市原さん。よろしくお願いします」

ユイの声は、低く、冷たく、凍てついていた。その無表情な顔には、24歳という若さに似合わない、死んだ魚のような虚無感が漂っている。いっちゃんは彼女の中に、自分と同じ「他業界から来た異分子」としての孤独と、計り知れない苦労を見出し、思わず優しく手を差し伸べようとした。

「ユイちゃん、練習、無理しないで。何かあったら、いつでも相談してね」


3.拒絶と嫉妬の眼差し

しかし、ユイはその温かい手を、汚らわしいものに触れるかのように無造作に振り払った。 乾いた音が響き、いっちゃんの手が空を切る。驚きに見開かれたいっちゃんの瞳を、ユイは感情の読めない冷徹な眼差しで見つめ、薄く笑みを浮かべた。

「……その眩しすぎる光の中にいると、足元に転がっている瓦礫の音までは聞こえないんでしょうね」

歌うような、けれど氷のように冷たい声が、静まり返った控え室に染み込んでいく。

「正義の味方のランウェイは、さぞかし歩き心地が良いんでしょう。……誰かの絶望を、綺麗な飾りに変えてしまうくらいに。市原さん素敵です」

ユイの言葉はいっちゃんの核心を、正確に、そして深く抉った。直接的な罵倒よりも鋭く、彼女の親切心を「傲慢」という色に塗り替えていく。ユイはそのまま、いっちゃんの肩をかすめるようにして通り過ぎ、一度も振り返ることなくロッカーへと向かった。


いっちゃんは、自分の差し出した手がわずかに震えているのに気づいた。ユイが纏うその毒は、悲鳴を上げるほどの「絶望」を燃料にしている。麻子を倒して手に入れた「光」が、新たな怪物を産み落としてしまった。その残酷な予感にいっちゃんは、突き刺さるような不安を覚えながら、立ち尽くすことしかできなかった。


第2章:肉の供物、血の洗礼

1.供物としてのランウェイ

ユイのデビュー戦は、いっちゃんのメインイベントを控えた、熱気が停滞する第1試合に組まれた。花道に現れた彼女が纏っていたのは、かつての「麻子」が最後に身につけていたものを彷彿とさせる、あまりにも挑発的なコスチュームだった 。

胸元のカッティングは、心臓の鼓動に合わせて危うい膨らみがこぼれ落ちそうになるほど深く、ハイレグのラインは彼女の豊かな臀部を強調しすぎるほど露わにしていた。観客席を埋め尽くす男たちは、リング上に現れた「新たな獲物」を品定めするように、下卑た視線を一斉に走らせる。フラッシュの光が、無防備に晒された彼女の白い肌を執拗に追いかけ、シャッター音が降り注いだ。

だが、ユイはそんな歪んだ視線など、最初から存在しないかのように振る舞っていた。彼女の漆黒の瞳に映っているのは、目の前の対戦相手を「壊す」という、一点のみの純粋な殺意だった。

「……始めよう」

低く呟かれたその声は、惨劇の幕開けを告げる鐘の音のようだった。


2.怪物の産声

ゴングが鳴った瞬間、ユイは人間から「化け物」へと変貌を遂げた。陸上競技で鍛え抜いたバネを持ついっちゃんでさえ驚愕するほどの、圧倒的な練習量に裏打ちされたパワー。ユイは対戦相手の腕を強引に掴み取ると、抵抗を嘲笑うかのように、そのまま関節を本来曲がらない方向へと、冷徹な力で捻り上げた。

「ぎゃあぁぁぁぁっ!」

相手レスラーの絶叫がホールに響き渡る。しかし、ユイの瞳は凍りついたまま、微塵の揺らぎも見せない。彼女の技には、プロレスとしての「魅せ場」や「美学」など一切存在しなかった。ただ効率的に、確実に、相手の尊厳と肉体を破壊することだけに特化していた。ダウンした相手の髪を掴んで引きずり回し、場外の冷たい鉄柵へと何度も叩きつける。さらに、逃げ惑う観客の足元へ無造作に相手を投げ飛ばし、無数の好奇の目に晒されるという、これ以上ない屈辱を味わわせた。


会場の入口からその光景を直視したいっちゃんは、呼吸を忘れた。

(……ユイちゃん。自分を壊した世界そのものに復讐してるの?私は『誰かの光になりたい』と思った。でも、ユイちゃんには、底知れない絶望しかない……)


試合後、対戦相手は担架で運ばれていった。身体的な骨折だけでなく、あまりに凄惨な攻めに精神が耐えきれず、彼女が再びリングに戻ることは二度となかった。


3.虐殺の連鎖

ユイが通る道は、敗者の血と絶望で舗装された泥沼のランウェイと化した。

若手ホープ・吉川早紀サキとの対決

ユイは開始早々、サキのスピードを力ずくで封じ込めた。執拗に狙われたのは、レスラーの命である膝関節だった。逃げ場を失ったサキに対し、155センチの体重を一点に集中させた「ニークラッシャー」を連発する。鈍い音と共にサキの絶叫が響く中、ユイは無表情のまま、その脚を文字通り「く」の字に折り曲げた 。サキは重傷を負い、その将来を無残に断たれた。


ベテラン・船橋との肉弾戦

船橋に対しても、ユイの狂気は増すばかりだった。かつて紅がいっちゃんを苦しめた「ヘア・ホイップ」を、より凶悪な形で行った。船橋の髪を掴んでコーナーへ叩きつけると、トップロープから場外へのダイビング・フットスタンプを敢行した。スチール椅子の破片が背中に突き刺さり、大量の出血を見た船橋は、過呼吸に陥りそのまま引退へと追い込まれた。


ユイのコスチュームは、試合を重ねるごとに過激さを増し、豊かな胸元を強調する極薄の布地が男たちの欲望を煽り続けた 。観客の男たちは、彼女が相手を蹂躙する姿に興奮と破壊への渇望を混ぜ合わせた歪んだ歓声を上げた。


4.孤立する深淵

控え室の隅で、モニターに映し出される惨劇を見つめながら、いっちゃんの指先は氷のように冷たくなっていた。

(……見たくない。でも、目を逸らしちゃいけない気がする。ユイちゃんのあの瞳、あれは麻子ちゃんが私を恥ずかし固めで笑いものにした時の、あの剥き出しの執念と同じ……いや、それよりももっと深くて、冷たい闇だ)


いっちゃんは、かつて自分が味わった絶望を克明に思い出していた。指関節を粉砕されそうになり、コンクリートの上でパイプ椅子を振り下ろされたあの時の激痛を。

(私が勝ったことで、麻子ちゃんは地獄へ落ちた。それは私が選んだ結果だけど、ユイちゃんは、その『地獄』そのものをリングに持ち込もうとしている……)


ユイが更衣室に戻ってきても、誰も声をかけようとはしない。彼女は「期待」も「称賛」もすべて拒絶し、孤独を纏っていた。いっちゃんが何とか声をかけようと、自身のコスチュームを手に取ったその時だった。背中越しに、ユイの冷酷な声が吐き捨てられた。

「市原さん、あなたの『正義の味方ごっこ』、いつまで続くんですか」

その声は、かつて麻子がいっちゃんを嘲笑ったどの言葉よりも深く、鋭くいっちゃんの胸を抉った。いっちゃんは確信していた。この連鎖を止められるのは、同じ地獄を見て、それでも光を捨てなかった自分しかいない。しかし、同時に彼女は、ユイの次の標的が自分になったとき、果たして自分の「心」が耐えられるのかという底なしの恐怖に、毎夜、独り震え続けるのだった。


第3章:自制を試みるユイ

1.浄化されない残り香

ユイは、今日の「処刑」を終え、更衣室に戻ってきた。周囲にはレスラーだけでなく、機材を片付けるスタッフや運営側の人間が数多く出入りしていたが、彼女はそれを気にする素振りさえ見せず、無造作にコスチュームを脱ぎ捨てた。そのあまりに剥き出しな振る舞いは、自身の肉体さえもはや「自分」のものではないと突き放しているかのようだった。


いっちゃんは、ロッカーの影でユイが小さく呟いた一言を、聞き逃さなかった。

「……まさか、あんなことになるなんて……。もう、ただの掃き溜め……」

ユイは、汗と血、そして格闘の極限状態で漏れ出したあらゆる体液が染み込み、重く変色したコスチュームを忌々しげに眺めていた。彼女にとって、あの聖なるリングはもはや、自身の内に溜まったどす黒い感情を垂れ流すためだけの、汚濁にまみれた場所へと成り下がっていた。


2.歪んだ制約

その時、更衣室のドアが、静寂を切り裂くような勢いで開け放たれた。 団体の代表が足早に近づき、ユイの前に立ちはだかる。

「ユイ、いい加減にしろよ。相手をぶっ壊してばかりじゃ、次の相手がいなくなるじゃないか」

代表の声には怒りよりも、商品価値が損なわれることへの焦燥が混じっていた。

「ギリギリでいいんだ。相手が悶え苦しみ、泣き叫んでいる姿を見せられれば、客はそれで満足する。……壊す必要はない」

ユイは、返り血のついた顔を拭うこともせず、冷たい目で代表を見下した。

「再起不能にはしてないでしょ? 顔をズタズタにして、保険で何とか処理させたのが、前回の相手」

彼女は水分を含んで鉛のように重くなったコスチュームを、乱暴にポリ袋に詰め込む。代表は、その底冷えするような視線に一瞬怯んだように言葉を詰まらせた。

「あんたも、それを望んでるんでしょ」

ユイの言葉に、代表は何も言い返せなかった。事実、彼女の狂気的な蹂躙が、今の団体の収益を支えているのは明白だったからだ。

「頼むからな。次戦は売出し中のグラビアアイドルだ。間違っても、また保険を使うような真似はするなよ」

いっちゃんの人気に便乗する形で、プロレスを題材とした映画が制作されることが決まっていた。ユイの次の対戦相手は、その映画の主役を務めることが決まっている、文字通りの「看板娘」だった。ユイは答えることなく、ただ冷たい沈黙を纏ってシャワールームへと消えていった。


3.醜悪な回想

いっちゃんは、先ほど行われたユイの試合を、震える思いで思い出していた。泣き叫びながら、床をのたうち回る対戦相手。ユイは容赦なく場外から奪い取ったパイプ椅子を振り下ろし、椅子が粉々に砕けるたび、そこには赤いものが滴り落ちていた。さらに、実況席にあったボールペンを相手の皮膚に突き立てようとしたその瞬間、マットには無色の水溜りが静かに広がっていった 。

恐怖と羞恥。その極限状態にある相手に対し、ユイはお構いなしにアルゼンチン・バックブリーカーを決めた。観衆はそのあまりに醜悪な光景に、薄汚い歓声を上げていた。相手が垂れ流した液体の飛沫がユイの頭に流れ落ちても、彼女は眉一つ動かさない。そのまま無慈悲に投げ落としての3カウント。それは「試合」と呼ぶにはあまりに美しさを欠いた、この世の終わりを凝縮したような光景だった。


4.切れたブレーキのベルト

そして迎えた、グラビアアイドルとの一戦。ユイは、代表の警告を守るかのように、珍しく自分を抑制しようと躍起になっていた。しかし、それが裏目に出た。自制によって動きが緩慢になったユイは、主導権をグラビアアイドルに握られてしまう。

「壊し屋なんて呼ばれているみたいだけど、大したことないのね」

その、何も知らない女の軽薄な一言が、ユイの心の中で限界まで伸びきっていたブレーキのベルトを、無残に叩き切った。

「……あ? 今、なんて言った?」

ユイの脳内では、「止まれ」という理性の信号が激しく点滅していた。しかし、身体はすでに別の衝動に支配されていた。彼女はグラビアアイドルをコーナーの最上段から場外へと、ゴミのように投げ落とした。コンクリートに近い硬さの床に叩きつけられ、悶え苦しむ相手。

「お願い。やめて、助けて……」

その懇願を、ユイは冷徹に踏みにじった。リングアウトのカウントなど、彼女の耳には届いていない。容赦なく拳を振り下ろし、パイプ椅子で滅多打ちにし、しまいには会場設営に使われていた角材を奪い取ると、それを相手の顔面へと叩きつけた。


気づけば、20カウントが過ぎていた。試合は終わった。ユイは、血の匂いと狂乱の中で、駆けつけたスタッフたちに力ずくで羽交い締めにされ、引き摺り出されるようにして会場を後にした。彼女の背後に残されたのは、もはや「美しさ」の欠片もない、地獄の残骸だけだった。


第4章:獣たちの晩餐会 ― 汚されたエメラルドの幻影

1.予兆と過去の残像

ユイの次戦が男子レスラーとの特別試合に決まったという知らせは、団体の代表から、まるで明日の天気でも告げるかのような無機質な調子で言い渡された。いっちゃんはその決定を聞いた瞬間、心臓が大きく跳ね上がり、嫌な汗が背中を伝うのを感じた。

(ユイちゃんを、そんな場所に……? 男の圧倒的な力に、女が敵うわけないのに……)


心配で居ても立ってもいられなくなった彼女は、その夜、深夜の自室でかつて「麻子」が経験したという男子レスラーとの対決動画を検索した。暗い部屋でモニターに映し出されたのは、スポーツとしてのプロレスを完全に逸脱した、おぞましい「見せ物」の光景だった。巨漢の男が、必死に抗う麻子を力任せに組み伏せ、執拗にそのコスチュームに手をかける。布地が引き裂かれる不快な音、男の下卑た嘲笑、そしてそれを見て熱狂する観衆の剥き出しの欲望。画面の中の麻子は、もはや一人のレスラーではなく、ただの「肉の塊」として扱われ、その尊厳は一瞬にして粉砕されていた。

(……やめて)

いっちゃんは思わずモニターを閉じ、震える自分の肩を抱きしめた。脳裏をよぎるのは、あの雨の日の路地裏だ。自由を奪われ、絶望に震えたあの夜。もし、自分がユイちゃんの立場だったら。もし、あのまばゆいスポットライトの下で、自分のエメラルドグリーンのコスチュームが、男の手によって無残に破り取られたら。自分の誇りも、モデルとしてのキャリアも、すべてが泥にまみれていく光景を想像し、彼女はガタガタと震え出す自分を止めることができなかった。


2.飢えた獣たちの熱狂

しかし、試合当日。会場に現れたユイの瞳には、いっちゃんが抱いているような「恐怖」の欠片もなかった。

ホールの空気は、これまでのどの興行とも異質だった。会場を埋め尽くす男たちの視線は、技の応酬を楽しむプロレスファンのそれではない。それは、檻の中の獲物が引き裂かれる瞬間を待ちわびる、飢えた獣の熱気だった。リング中央に立つユイ。そして彼女の向かいには、岩のような筋肉の塊を誇る巨漢、ボブが立ちはだかっていた。体格差は、見るまでもなく絶望的だった。


ゴングが鳴るやいなや、ユイは「綺麗事」を一切排除した。彼女が狙ったのは、ボブの股間――急所への執拗な蹴りだった。

「……死ねッ!」

小柄な体躯を活かした低空の蹴りが、正確に急所を捉える。ボブが苦悶の表情で膝をつく。しかし、体格差は残酷だった。ボブは太い腕でユイの髪を掴み取ると、無理やり手元に引き寄せ、下卑た笑みを浮かべた。

「威勢がいいのはそこまでだ。……まずは、その邪魔な布を片付けてやるよ」

ベリッ、という生々しい破壊音。いっちゃんの目の前で、過激だったはずのユイのコスチュームが、紙細工のように引き裂かれた。照明の下、剥き出しにされた白い肌と、震える胸元が無慈悲に露出する。


いっちゃんは自分の身体が引き裂かれるような音を、耳の奥で聞いていた。あの雨の日の記憶がユイの姿に重なり、呼吸が浅くなる。観衆からは地鳴りのような卑猥な歓声が上がり、フラッシュの光が無防備なユイに容赦なく浴びせられた。


3.蹂躙される尊厳

ボブの追撃は、ユイがこれまで対戦相手に強いてきた以上の残酷さを持って襲いかかった。リング中央で、剥き出しになった肢体が強引に開かされる「恥ずかし固め」が極まる。カメラのレンズが彼女の最も屈辱的な部分へ向けられ、無数のシャッター音が降り注ぐ。続いて、ボブの全体重を乗せたキャメルクラッチがいっちゃんの時と同じように彼女の喉を締め上げ、バックブリーカーが細い背骨を逆「く」の字に軋ませた。

「あ、が……あぁぁぁ……っ!!」

さらに、強烈なパワーボムがマットに炸裂する。ユイの意識は混濁し、口元からは泡が漏れた。


観衆は狂喜していた。かつて対戦相手を精神崩壊まで追い込んできた「壊し屋」が、今は自分自身の尊厳を粉々に粉砕されている。因果応報という名の、あまりにも残酷なショーだった。


4.覚醒の咆哮と、凄絶な終焉

ボブは動かなくなったユイを、まるで粗大ゴミのように場外へ放り出した。場外マットの感触さえないコンクリートの上に叩きつけられるユイ。逃げ場のない客席エリアで、男たちの手が好奇心と悪意を持って、彼女の肌に触れていく。

「おい、死ぬなよ。まだ見せ場はこれからだ」

ボブはユイの首を片腕で締め上げると、そのまま吊り上げるようにして持ち上げ、彼女の豊満な身体を辱めるように場内を一周し始めた。ユイの足は力なく空を掻き、顔面は赤紫に鬱血していく。

その時だった。

「ユイちゃん! 頑張って! まだ終わってない!!!」

リングサイドで、震える手で柵を掴んでいた、いっちゃんの絶叫が会場に響いた。


ユイの意識の底に、その声が届いた。だが、ユイの顔に浮かんだのは感謝ではなく、猛烈な拒絶の歪みだった。彼女は声のした方を射抜くような憎悪の視線で見据え、いっちゃんの差し出した憐れみを叩き落とすように唇を噛み切った。


その直後、ユイはボブに抱えられたまま、近くの客が持っていた海外ブランドのビール瓶を、野生動物のような素早さで奪い取った。彼女は自分の身体に流れる血を嘲笑うかのように、瓶に残っていた黄金色の液体を、喉を鳴らして一気に飲み干した。渇いた喉を潤すためではない。それは自らの内に眠る獣を目覚めさせるための、儀式としての乾杯だった。

飲み干した直後、ユイは空になった瓶を、ボブの側頭部へ渾身の力で叩きつけた。

ガシャァァァン!!

かつて麻子がいっちゃんの脳天を割った時と同じ、緑色の破片がキラキラと舞い散る。ユイはひるんだボブの頭部に、割れた瓶の鋭利な断面を執拗に擦り付けた。鮮血がボブの顔面を覆い、さらに彼女はその破片を握りしめたまま、ボブの急所を容赦なく切り裂いた。

「ぐ、あああぁぁぁぁぁーーっ!!」

獣のような悲鳴。巨漢が白目を剥いて崩れ落ちた。


5.瓦礫の上のクイーン

19カウント。 ユイは、引き裂かれたコスチュームの隙間から露わになった肢体を隠そうともせず、血に染まった髪を振り乱してリングへと這い上がった。カウント20。 ボブは意識を失ったまま、ピクリとも動かない。

「勝者、ユイ!!」


泥と血と男たちの唾液にまみれた姿。しかし、リング中央に仁王立ちするユイの瞳には、羞恥も後悔もなかった。そこにあるのは、自分を壊した世界を、自らも壊し尽くしたという狂気的な達成感だけだった。


ユイは勝ち誇ったように、客席のいっちゃんを血の混じった瞳で見据えた。その瞳はいっちゃんの心臓を凍りつかせ、次なる惨劇の標的が自分であることを、無言のままに宣告していた。


第5章:泥濘の鏡像、そして一筋の光

1.修羅の宣告と、鬼の囁き

ユイが血まみれの身体を引きずり、仁王立ちで勝ち名乗りを上げた狂乱のリング。観客の獣のような咆哮が耳を打つ中、いっちゃんは花道の隅で、凍りついたように立ち尽くしていた。興行が終わり、スタッフが血を洗い流すためにマットを拭く無機質な音が響き始める。そこへ、低い、けれど地を這うような重みのある足音が近づいてきた。女子プロレス界の門番であり、いっちゃんにプロレスの真の残酷さを刻み込んだ「鬼」・紅だった。

「いい面構えになったな……」

紅はいっちゃんの小刻みに震える肩に、鋭い視線を落とした。

「……ユイちゃんは、どうして、あんなに残酷なことを。あれじゃ、ただの……」

「壊し屋か?」

紅は鼻で笑い、タバコの煙を吐き出すような仕草で続けた。

「あいつはな、自分を壊した世界そのものを壊そうとしてるんだ。あの深いトラウマが、あんな化け物を産み落とした。……あいつを止められるのは、同じ地獄を見て、それでも光を捨てなかったヤツだけだろうな。だが、気をつけろ。そいつも、あいつの闇に魂ごと食い殺されるかもしれない」

紅の言葉は、冷たい氷の楔のようにいっちゃんの胸の深くに突き刺さった。ユイが纏う狂気は、自分の中にもある「何か」ではないのか。その疑念が、彼女の心を侵食し始めていた。


2.崩れ去ったリズム

その直後に行われたいっちゃんの試合は、目を覆いたくなるほど惨憺たるものだった。 対戦相手と向き合っていても、脳裏にはあのユイの凄惨な光景が、鮮明なフラッシュバックとなって襲いかかる。引き裂かれたコスチュームの音、男たちの下卑た笑い、そして脳天を割る緑色のビンの破片。

(……怖い。もしかして、次の標的は私? 私も、すべてを剥ぎ取られるの?)


一度生まれた迷いは、アスリートとしての彼女の動きを致命的に鈍らせた。かつて国体に出場したほどの自慢のバネは、今は水を吸った重い砂袋のようだった。一瞬の隙を突かれ、格下の相手に無惨な3カウントを許してしまう。デビュー戦以来、必死に積み上げてきた勝利の金字塔が、音を立てて崩れ落ちた。


控え室に戻ると、そこには団体の代表が、血も涙もない冷徹な瞳で待ち構えていた。

「市原、あのザマは何だ。モデルの片手間にプロレスをやってる余裕があるとでも思っているのか?」

「すみません、私は……身体が、思うように……」

「豊田のようになりたいのか?」

代表の低い声が、静まり返った部屋に不吉に響く。いっちゃんは息を呑んだ。自分との死闘に敗れ、泣き叫びながら黒服の男たちに引き去られた麻子の、あの悲惨な最期が脳裏をよぎったからだ。

「次はないぞ。客はお前の『綺麗な笑顔』にはもう飽き始めてるんだ。絶望し、足掻き、無惨に壊されるお前を見たいんだよ。……ユイのように狂うか、それとも麻子のように堕ちるか。選ぶのはお前だ」


3.鏡の中の絶望

重い足取りでマンションに帰宅したいっちゃんは、玄関に倒れ込むようにして座り込んだ。バスルームの大きな鏡に映る自分の姿。震える手で私服を脱ぎ去り、修復されたエメラルドグリーンのコスチュームを手に取ってみる。そこには紅に踏みにじられた頬の微かな痕跡や、麻子に絞り上げられた背中の古傷が、醜い勲章のように残っている。


浴槽に浸かり、自分自身の「大切な部分」に指が触れた瞬間、彼女は自分でも驚くほどビクッとして身体を硬直させた。


かつて雨の日の路地裏で自由を奪われたあの夜のトラウマが、熱い湯気の中でも彼女の芯を凍りつかせていく。動悸が激しくなり、呼吸の仕方を忘れたかのような不安が彼女を襲う。

「……もう、限界なのかな。モデルとしての私。レスラーとしての私。どちらも守ろうとするから、こんなに苦しいの?」

誰にも見られたくない。誰にも触れられたくない。彼女は誰もいないバスルームで、自分の一番柔らかな部分を隠すように抱きしめ、声もなく泣き崩れた。


4.一通の手紙、一閃の勇気

そんな絶望の淵にいた時、ポストにコトリと、何かが入る乾いた音がした。風呂から上がり、タオルで身体を拭くことも、服を着ることも忘れたまま、彼女はふらふらと玄関へ向かい、一通の封筒を手に取った。差出人の名前を見た瞬間、いっちゃんの瞳が大きく見開かれた。

それは、かつて自分のファッションショーを見て、「お姉ちゃんのおかげで、手術を頑張る」と言ってくれた、あのエメラルドのリボンをつけた小さな女の子からだった。


『いっちゃん、お元気ですか? 私は手術が成功して、今は元気に学校に通っています。いっちゃんがプロレスで頑張っているのを見て、私も勇気をもらって、学校の陸上部に入りました! 走り幅跳び、いっちゃんみたいにかっこよく飛べるようになりたいです。これからも、ずっと私のヒーローでいてください』


手紙には、校庭を元気に駆け抜ける、彼女の弾けるような笑顔の写真が添えられていた。 その瞬間、いっちゃんの冷え切った身体の中に、熱い何かが逆流してきた。自分がこの泥沼のような場所に立っている本当の意味。それは、誰かの人生を地獄へ突き落とすことでも、自分のトラウマに怯え続けることでもなかった。自分を信じ、自分の姿に「明日」を見出した一人の少女のために、どんなに汚されても立ち続けること。そのためにこそ、このエメラルドのコスチュームはあるのだ。

「……そうだよ。私は、彼女の光なんだ」

瞳から涙が消え、そこには紅と初めて対峙した時よりも強く、麻子に勝利した時よりも鋭い、純粋な意志の光が宿った。いっちゃんは鏡をもう一度見据えた。一糸纏わぬ自分、傷だらけの自分。それでも瞼の奥には、消えることのない誇りがあった。彼女はまだ夜が明けきらぬうちに、マンションを飛び出した。 向かう先は、あの代表のオフィスだ。

そこには、もはや怯えるモデルの姿はなかった。他人の人生を背負い、地獄を知り、それでも光を捨てないと決めた、一人の気高いプロレスラー・市原いずみの覚悟があった。

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