【7話】これからの生き方
よく晴れた、その日の朝。
今日も私は元気に研究室へと向かう。
目的はいつもと同じ。
アルシウス様の研究のお手伝いをするためだ。
「失礼します」
部屋の中へ入った私は、既に室内にいるアルシウス様へ挨拶をする。
アルシウス様はテーブルに座っており、ペンを握った手をせわしなく動かしていた。
書類を作成している。
「おはようエレイン。急ぎで処理しなければならない書類があってな。悪いが少しだけ待っていくれないか。すぐに終わらせる」
「承知しました。私のことはどうか気にせず、ゆっくり進めてください」
「ありがとう。そう言ってもらえると助かるよ」
まっすぐ歩き始めた私は、窓際まで進んだところで足の動きを止めた。
そこから外の景色を眺める。
「綺麗だわ」
窓の外に広がるのは、真っ白な雪に彩られた一面の銀世界。
太陽の光を反射しキラキラと輝く姿は、宝石のように美しい。
その光景にすっかり魅入られてしまった私は、じっと外を見つめる。
「この景色が気に入ったか」
隣から声が聞こえてきた。
いつの間にかアルシウス様はテーブルを離れ、私の側に立っていた。
そんなことにも気づかないくらい、私は集中していたらしい。
「はい。美しい銀の世界に心を奪われてしまいました」
「そうか」
心を込めて答えた私とは対照的に、アルシウス様の声は冷めていた。
短い三文字には、これっぽっちも熱を感じられない。
「アルシウス様は私と違うみたいですね」
「……そうだな。俺はたぶん、慣れすぎてしまったんだと思う。この国ではいつも雪が降っている。外の景色はいつ見ても同じ。広がる銀世界にはなんら変化がない。ゆえにキミのように心が動かないんだ」
私はこの国に来てから、まだ日が浅い。
感動できるのは、見慣れていないからこそだろう。
けれど常冬の国に暮らしているアルシウス様にとっては、窓の外にあるのは当たり前の日常。
それを見て感動しろと言われたって、無理な話だ。
もしこの国に春がやって来たら、アルシウス様はどんな反応をしてくれるのかしら?
見慣れない春の景色を目にしたなら今の私みたく、感動するんだろうか。
想像すると、ちょっとワクワクする。そうなったときの反応をぜひ間近で見てみたい。
春といえば、あの国はもうじきその季節よね。
あの国――ハテオン王国のことが、私の頭にふいに浮かんだ。
ニコライ様はどうしているのかしら。
メアリと仲良くやっているんだろうけど――って、なにを考えているのよ。
私の話を信じず追放した人のことを考えるなんて、どうかしている。
まったくばかばかしい。
そう思ったら、私の中でなにかが吹っ切れた。
と同時に、一つの決心が生まれる。
ニコライ様は私を捨てたわ。
だったら私ももう、彼のことは考えない。これからは自分のために生きる……!
区切りをつけると、心がふわりと軽くなった。
スッキリしていい気分だ。
「なんだか嬉しそうだな。どうした?」
「私、決めました。これからの人生は自分のために生きる、と」
「キミが決めたのなら、ぜひそうするといい。ここにはいつまでいてくれても構わないからな」
「ありがとうございます。ですが、お気持ちだけ受けっ取っておきますね」
「なぜそこで遠慮する。その必要はないぞ」
「当然そこは遠慮しますよ。アルシウス様も結婚なさるでしょうし、ずっとというのは無理な話ではありませんか」
アルシウス様の歳からして、そろそろ結婚する時期だろう。
そうなれば普通に考えて、パートナーの女性とこの屋敷で暮らすことになる。
そこに私もいるというのは、どう考えてもおかしな話だ。
しかし。
「そのような予定はない。結婚どころか、そもそも婚約すらしていないからな」
「……驚きです。こんなにも素敵な人なのだから、とっくに婚約相手はいるものだとばかり思っておりました」
「恥ずかしげもなく、よくそのようなことを言えるな。やはりキミは変わっている」
思ったことをそのまま口にしたら、アルシウス様は顔を逸らしてしまった。
そっか。
婚約者、まだいなかったのね。
驚きつつも、私はどこかホッとしていた。
でもどうしてそんな気持ちになったのかは、自分でもよく分からない。




