【6話】屋敷の家事を手伝う
アルシウス様の屋敷で暮らすようになってから一週間が経った、その日の朝食の場。
「この屋敷の家事を手伝いたい……だと?」
私が口にした提案に、アルシウス様は面食らっていた。
「ひょっとしてそれは、あれか? 俺に恩を返すために、そう言ってくれているのか? もしそうであれば、気にすることはない。エレインが手伝ってくれるおかげで研究は着実に進んでいる。今の関係だけで、俺は十分助かっているんだ。これ以上キミになにかをしてもらいたいとは思っていない」
「いえ、そういうことではないのです。実は私、研究のお手伝い以外の時間を持て余しておりまして。どうにかしてそれを解消したく、家事のお手伝いを申し出たのです」
ここで暮らすようになってからの一週間。
私はほとんど毎日、アルシウス様の研究の手伝いをしている。
しかしそこに要する時間は、ほんの一時間ほど。
どんなに長くても三時間以内には終わっている。
そしてそれ以外の時間は、特にやることがきまっていない。
つまり、自由な時間となっているのだ。
読書をしたり私室のお掃除をしたり体を動かしたりと、私なりに自由時間を有効活用しようとしてきた。
けれども、しっくりこない。なにをやっても暇を持て余してしまう。
どうしようと考えた私は、今回の提案をするにいたったという訳だ。
「キミからの要望であれば止めはしないが……無理だけはするなよ」
「心配していただいてありがとうございます。お優しいのですね」
「ち、違う! もしキミに倒れられでもすれば、研究に支障が出ることは避けられない。それは俺にとって不利益で、だから言っているだけだ! 心配などしていない! 変な勘違いをするな!」
いつもの二倍くらいの速さでまくし立ててきたアルシウス様の頬は、ほんのり赤くなっている。
図星を突かれて焦ったのかしら。
嘘が下手なのね。
私は微笑ましい気持ちになりながら、分かりました、と軽やかに返事をした。
その日の夜。
入浴を終えた私は、アルシウス様の書斎で紅茶を飲んでいた。
先ほど、これからお茶でもどうだ? 、と彼が誘ってくれたのだ。
「今日一日メイドたちと家事をしてみてどうだった? なにかトラブルや、困ったことは起こらなかったか?」
「いえ、まったく問題ありません。みなさん良い人たちばかりで、とても楽しく仕事することができました。ありがとうございます」
家事のやり方を教えてくれたメイドたちはみんな親切丁寧で、とても優しかった。
おかげで私は、最高に晴れやかな気持ちで家事をこなすことができた。
楽しい時間を過ごせる上に、持て余していた暇を解消できる。
まさに一石二鳥。今日の出来事は、とっても充実したものだった。
心からそう思ったからこそ提案を受け入れたくれたアルシウス様にお礼を言ったのだが、
「……どうしてそこで礼を言う。キミは俺の屋敷の家事をしてくれた。こういう場合、礼を言うのは俺の方だろう」
彼は困ったような表情を見せた。
「そうなのでしょうか? やっぱり私は、これで合っていると思いますけど」
「キミはなんというかその……変わっているな。これまでに出会ったことのないタイプの女性だ」
「それって褒めています?」
「もちろんそのつもりだが……なにかおかしいだろうか?」
「アルシウス様は独特の感性をお持ちのようですね。……うすうす気づいていましたが」
「……そっちこそ褒めているのか?」
「うーん……どうでしょう。微妙なところです」
「なんだそれは」
私とアルシウス様は顔を見合わせると、二人して小さく吹き出した。
ものすごく楽しいわ!
……こんなの初めてかも。
なにげない他人から見ればくだらないと思われる話をしているだけなのに、心がポカポカして温かい。
きっとそれは、相手がアルシウス様だからだ。
二人で過ごす今というこの時間に、私は大きな心地よさを感じていた。




