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常冬の国に春を呼ぶ大聖女~無実の罪で婚約破棄された私が出会ったのは、『絶氷の魔術師』と呼ばれる美丈夫でした~  作者: 夏芽空


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【5話】研究の手伝い


 朝食を食べ終えた私は、さっそく研究の手伝いをすることになった。

 アルシウス様と一緒に、屋敷の最上階にある彼の研究室へと足を運んだ。

 

「さっそくだが、キミの力を見せてほしい」


 私の目の前にある机に、アルシウス様は小さなビーカーを置いた。

 その中に入っているのは、どす黒く濁った液体だ。

 

「これは大量の魔物の血が溶け込んだことで(けが)れ、腐ってしまった水だ。元の飲み水としての機能は既に果たしておらず、謝って飲んでしまえば大惨事。体中を激痛が走り、最後には命を落とすことになるだろう。これをキミの聖属性魔法で浄化し、元の清潔な飲める状態にまで戻してほしい。可能だろうか?」


 聖属性魔法は癒しの力。

 傷を治したり、汚れたものを浄化する力を持っている。

 

 しかしながらここまで腐敗が進んでいるとなれば難しい。

 普通の聖女には無理だ。

 

 そう、普通の聖女には。

 

「はい。問題ありません」


 普通の聖女にはできないことでも、私ならできる。

 大聖女である、私になら。

 

 ビーカーに広げた両手をかざさした私は、魔法を発動。

 手のひらに意識を集中する。

 

 淡い金色の光がビーカーを包むと、変化はすぐに現れる。

 真っ黒だったはずの水が、無色透明になっていた。

 

 成功だ。

 聖属性魔法が汚れを消し去ったことで、元の状態に戻すことができた。

 

 これなら体内に取り込んだとしても、なんら問題はない。

 異常は起きないだろう。

 

「素晴らしい。大聖女の魔法を間近で見るのは初めてだが、まさかこれほどのものとは……!」

「お役に立てましたでしょうか?」

「もちろんだ。やはりキミは特別な存在だ」

「……ありがとうございます」


 褒めてくれるのは嬉しいけど、ちょっと言いすぎな気もする。

 あまりにもオーバーで、こそばゆい。

 

 だからそのお返しという訳ではないけど、


「ですが『特別な存在』なのは、アルシウス様もですよね」


 そんなことを言ってみた。


 私を大聖女だと見抜けた理由を、「特別な力があるから」とアルシウス様は言った。

 それなら彼だって十分、『特別な存在』だと言える。

 

「そうだな。キミほどではないが、俺も珍しい力を持っているのは認めよう。俺は魔力を可視化できる。魔力には色がついていて、その人物がどの属性魔法を使うのかが俺には一目見ただけで分かるんだ。火属性なら赤色、水属性なら青色といった具合にな」

「私が大聖女だと見抜いたのも、魔力の色で判断したのですか?」

「そうだ。聖属性魔法の魔力は通常、淡い金色をしている。しかしキミの魔力は同じ金色でも、輝きが段違いだった。だから普通の聖女でない――大聖女だと、一目見ただけですぐに分かったんだ」

「……すごい」


 反射的に感嘆の声が漏れる。

 

 アルシウス様はさらっと言ってみせたが、そんな力がこの世にあるなんて今までまったく知らなかった。

 魔力に色があって、属性ごとに異なっているというのも初耳だ。

 

 たぶん世界中で彼だけが持っている、特別の中の特別な力だろう。

 

「さすがは『絶氷の魔術師』。フロスティア王国最強の魔術師と呼ばれるだけのことはありますね」

「よしてくれ。俺は褒められるような人間ではない」


 アルシウス様はフッと、小さく笑う。

 けれどもそれは、自嘲。見ていて悲しくなるものだった。


「どうして俺がこんな人里離れたところで暮らしているのか、キミには分かるか?」

「……研究のためでしょうか?」

「それもある。近くの雪山――君と出会ったあの場所は、生態調査を行うのになにかと都合がいいからな。だが、一番の理由は違う」


 腕を組み天井を見上げたアルシウス様は、少し遠い目をした。


「昔、俺がまだ王都で暮らしていたときのことだ。未熟さゆえに、魔法の制御を誤ったことがあってな。そのことで周囲に被害を出してしまった。その事件があってからというもの、人が多いところが苦手になってしまったのだ。完璧に制御できるようになった今でもこんな辺境の地に引きこもっているのは、そういう訳さ。俺はただの怖がりだ。それ以上でも以下でもない」

「……それはたぶん、違うと思います。だって私は、あなたが優しい人だと知っていますから」


 アルシウス様は見ず知らずの私を助けてくれた。

 ただの怖がりだけな人に、そんなことできるはずがない。

 

 だから私は納得しない。

 アルシウス様がそんな人じゃないと知っているからこそ、認める訳にはいかなかった。

 

「ですからそんな風に、ご自分を卑下なさらないでください。本当のあたなたを知っている人間が、少なくともここに一人いるのですから」

「……。そんなことを言われたのは初めてだ」

 

 ボソッと呟いたアルシウス様は、背を背けてしまった。

 

 いったい今彼が、どんな表情をしているのか。

 それは分からない。

 

 でも少なくとも、怒ってはいないような気がする。

 わずかに赤くなっている耳たぶからなんとなく、そう読み取ることができた。

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