【4話】取引
翌朝。
食堂の食卓テーブルへ腰を下ろしている私は、朝食をいただいていた。
メニューは、食パンとサラダ。
それと温かなコーンスープ。
これを飲むだけで体がポカポカしてくる。
常冬のこの国にピッタリなメニューだ。
対面にはアルシウス様がいて、私と同じように食事をしている。
「昨日はよく眠れたか?」
「はい。とてもぐっすりできました」
温もりに溢れた部屋の環境と、良い人に助けてもらえたという安心感。
それら二つが私にもたらしたのは、最高の安眠だった。
こんなにも質の良い睡眠をとれたのは、生まれて初めてかもしれない。
おかげで私のコンディションは、朝から絶好調。最高の気分だ。
「よかった」
アルシウス様はポツリと呟いた。
言葉は短いけれど、本心からそう思ってくれているんだと私には分かる。
だってこの人は、不器用で優しい人だから。
それにしても、本当に綺麗な顔をしているわね。
こうして向かい合ってみると、顔立ちの完璧さがより際立つ。
あまりにも美しいものだから、つい私はじっと見つめてしまう。
「俺の顔をそんなに見てどうした? なにかついているのか?」
「い、いいえ!」
本人を前に理由なんて言えるはずがない。
ごまかしたい私はなにか別の話題を出そうと考え、「そうだ!」とわざとらしい大きな声を上げた。
「自己紹介がまだでした。私、エレイン・セファルシアと申します」
「ハテオン王国の大聖女か」
アルシウス様は私のことを知っていた。
けれども別に、動揺したりはしない。
自分で言うのもなんだが、大聖女である私はかなりの有名人。
世界中に知られている。
だからこうなったとしても、特に不思議はなかった。
「しかしどうして隣国の大聖女様が、あのような服装で雪山をさまよっていたのだ? もし俺が通りかからなければ、間違いなくキミは凍死していたぞ」
「…………追放、されたのです」
無実の罪を着せられたこと。
第一王子に婚約破棄され、国外追放処分を受けたこと。
嘘をついていないといくら言っても、誰も味方をしてくれなかったこと。
いっさい包み隠すことなく、私はその全てを話した。
「なんと愚かな。大聖女を追放するなどどうかしている」
「…………私の言葉を信じてくださるのですか」
「あぁ。俺は少々、特別な力を持っていてな。実を言うと、キミが大聖女であることは初めから分かっていた。安心しろ、俺はキミの味方だ」
「あ、ありがとうございます……!」
つい泣きそうになってしまう。
あの国では誰も味方になってくれる人はいなかった。
でもアルシウス様は出会ったばかりの私の話を信じてくれ、味方だと言ってくれた。
ずっと求めていた言葉。
それをかけてもらえたことが、私はたまらなく嬉しかった。
「それでキミは、これからどうするか決めているのか?」
「いいえ」
突然雪の大地に放り出された私は雪山を越えることで、いっぱいいっぱいだった。
これからの計画なんて、なにも決まっていない。
「それならちょうどいい。エレイン。俺と取引しないか?」
小さく笑ったアルシウス様は、指をピンと立てる。
「この屋敷は広い。部屋はたくさん余っているし、他に行く当てがないならここにいるといい。俺は衣食住を提供しよう。その代わりに、俺の研究に協力してほしいんだ」
「……研究、ですか?」
「魔導士団長の傍らで、俺はとある研究を進めている。むしろそちらの方が本職だ。その目的は、この国に春をもたらすことにある。この国には季節というものがなく、一年中雪が降り注いでいる。農作物や植物にとっては非常に過酷な環境で、生育していけるものはほとんどない。どうしてそのような環境になっているか、キミは知っているか?」
「詳しくは存じませんが、太古の昔にかけられた呪い、と聞いたことがあります」
「そう、呪いだ。太古の昔、この地にて討たれた凶悪な魔物が死後に呪いをばらまいた。以後この国は、冬に閉ざされてしまった。それを解き、この国を緑あふれる場所にする。それこそが俺の目的だ」
これまでクールだったアルシウス様の表情に、熱い炎が灯る。
いかに本気かというのが、痛いくらいに伝わってきた。
「聞けば大聖女には、国を豊かにする力があるという。キミの魔法を調べれば、目的達成のためのヒントを得られるかもしれない――そう思ったんだ。だがもちろん、強制するつもりはない。断ったとしても近くの人里までキミを送っていくと約束しよう。しかし俺としては、協力してもらえると嬉しい。……どうだろうか?」
「ぜひお願いします」
いっさい迷うことなく、私は応える。
アルシウス様は私の命の恩人だ。
できることがあるのなら、なんでもやってあげたい。少しでも恩を返したい。
それにこんなにも熱い気持ちで頑張っている人を無視するなんて、私にはとてもできなかった。
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