【17話】怒りと希望
書斎にいるニコライは側近からの報告書を受け取り、目を通す。
そして最後には、手でクシャっと握りつぶした。
「……そうか。あの女、やっぱり僕に嘘をついていたんだね」
メアリは嘘をついていた。
副神官長は彼女に買収され、嘘の証言を強要されていたらしい。
つまりエレインは、本物の大聖女。
国が発展したのはニコライの力ではない。
すべてはメアリがついた嘘だった。
(ふざけるなよ……!)
怒りが込み上げてくる。
腹の中は煮えくり返っていた。
だが、いいこともあった。
ハテオン王国に起きている問題を消し去ることができるかもしれない、そんな方法。
それが見つかったことだ。
エレインは正真正銘の大聖女。
彼女の力さえあれば、この国は元通りになる可能性が高い。
(問題は肝心のエレインがどこにいるかだけど……)
すぐ近くにいる側近へと、ニコライは視線を向ける。
「エレインの居場所に見当はついているの?」
「はい。『王都で、魔導士団長のアルシウスと一緒に歩いているところを見た』。フロスティア王国よりやって来た行商人から、そのような情報を入手しております。彼のところへ行けば、なんらかの手がかりを得られることでしょう」
「アルシウス……確か、絶氷の魔術師だよね。そんなやつと一緒にいるとは……。まぁいいや。さっそくそいつのところへ行かなくちゃ」
(エレインにさえ会うことができれば、あとはこっちのものだ)
エレインには自我というものがほとんどない。
昔から言われたことにただ従うだけの、人形みたいな女だった。
国外追放を宣告したときには少しだけ反抗的な態度を取ってきたが、あれはきっと嘘つき呼ばわりされたからだ。
だが、今回は違う。
エレインを責め立てるような内容ではない。
(戻って来いと命令すれば、必ずや従ってくれるはずさ!)
勝算は十分だ。
これまでの経験から、揺るぎない勝利をニコライは確信していた。
「出立の準備をすぐさま――いや、待って。その前に一つやることが残ってたっけ」
「メアリ様の件、でございますね」
「うん、そう」
第一王子であるニコライに、あの女は嘘をついた。
泣いて謝っても、慈悲なんてかけてやるものか。
絶対に許さない。
(死刑台に送ってやる。僕に嘘をついた代償、その身をもって払ってもらうよ)
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私室のベッドに寝転がるメアリは、むすっと唇を尖らせていた。
「はぁ……暇ね。暇すぎる。退屈て死んじゃいそうよ」
婚約者のニコライには、このところ会えない日が続いている。
国に起こっているトラブルの対応に追われているとかで、デートに誘っても断られてしまっていた。
メアリはこうして暇を持て余す日々を送っているのは、彼のせいだ。
「他の男に乗り換たいけど、王子の婚約者の地位を失うのは痛いわよね。でもこのままっていうのも――うん? やけに外が騒がしいわね。なにかあったのかしら?」
感じた違和感を確かめようと体を起こす。
と、そのタイミングでメイドが部屋に入ってきた。
(このメイド……なんだか様子が変だわね)
表情が硬く、唇は青くなっている。
体は小刻みに震えていた。
いつもとは違う様子にメアリは不信感を覚えるも、
「ニコライ様がお見えです。応接室へ向かってください」
「やっと来てくれたのね! すぐに行くと伝えてちょうだい!」
頭の中からそれはすぐに消え去った。
(久しぶりにニコライ様が来てくれたのよ! メイドのことなんてどうだっていいわ!)
メアリはウキウキで部屋を発つ。
これから断罪されることになるとは、微塵も知らずに。




