【16話】国に起こっている異変 ※ニコライ視点
書斎のテーブルに座っているニコライの元を、側近が訪ねてきた。
表情は重く、険しい。
良いものでないことは、それを見ただけですぐに分かった。
「ご報告いたします。地方の街が魔物の軍勢による襲撃を受けました。撃退には成功したものの、壊滅的な被害を受けたのことです」
「……またか。これで何件目だよ」
魔物による襲撃など、ニコライは生まれてからこれまでに聞いたことがなかった。
――四か月ほど前、国境付近の街が襲われるまでは。
以降、襲撃件数は増加の一途をたどっている。
そして増えているのは、件数だけではない。
敵の戦力もだ。
初めての襲撃時は戦闘経験のない新兵でも対応できるくらいの、弱小な魔物だった。
しかし今では、まったく状況が異なる。
熟練の兵士が数人ばかりでも手こずるくらいの、強力な魔物。
それらが徒党を組んで襲ってくるようになったのだ。敵はパワーアップしていた。
結果として魔物の襲撃が起こるたび、甚大な被害が発生している。
今はなんとか対処できているものの、この状況が続けば撃退に失敗する日が来るのも遠くないだろう。
非情に深刻な問題だ。
しかしハテオン王国が直面している問題は、それだけではなかった。
農作物の収穫量が減少している。
だがそれは、いつもよりちょっと少ないとかそんな話ではない。
ありえないレベルでの激減だ。
先月の収穫量は、例年の一割ほど。
常識では考えられない異常な落ち込み方だ。周辺諸国と比較しても、かなり少ない水準となっている。
ハテオン王国は今まさしく、大きな危機を迎えていた。
「問題ばかりじゃないか! どうしてこうなるんだよ!!」
拳を握りしめたニコライは、それをテーブルに強く叩きつけた。
(僕の政策のおかげで、なにもかもうまくいっていたはずなのに! それなのに! なんでだよ!!)
どうしてこんな目に遭わないといけないんだろうか。
苛立ってしょうがない。
「それについてすが、近頃気になる噂を耳にしましてな。隣国、フロスティア王国に起きた変化はご存知でしょうか」
「ある程度なら知っているよ。ずっと冬だった国に春が来たとかいう話だろ? ……でもそれがいったいなんなのさ。この国に起きている異常事態とはなんの関係もないじゃないか」
「実はあるかもしれないのです」
「……は? なんだって?」
「『フロスティア王国に春が訪れたのは、大聖女エレイン・セファルシアが来たから』、とそのような噂です。つまり、逆もしかり。エレイン様が消えたことによって、今まで良いこと続きだったハテオン国が災難に見舞われた。そうも考えられます」
「……いや、でもそれはありえないはずだよ! だってあいつは大聖女じゃないんだから! メアリがそう言っていたじゃないか。副神官長の証言だってある」
「お言葉ですが、私にはそうは思えません。この国に異変が起こり始めた時期とエレイン様がいなくなった時期は、ちょうど重なる。大聖女の恵みの力が国から消えたのだと考えれば、つじつまが合うのです」
「……それは」
側近はメアリを嘘つき呼ばわりしている。
ニコライの大事な婚約者である、彼女をだ。
本来であれば絶対に許してはならない行為。
この場で捕らえ、死刑にしていたところだろう。
でもニコライは、そうしなかった。
(こいつの言うことには一理ある)
エレインを国外追放したことであらゆる問題が起こった。
そう考えればすべてのつじつまは、確かに合ってくる。
(ということは状況を国外追放以前に戻せば、すべては元通りになるかもしれない)
「もしお前の考え通りなら、エレインを連れ戻せばこの国の異変は収まるのか?」
「保証はできません。ですが大聖女の力は、常識では計り知れない奇跡と呼ぶべきモノ。試す価値は十分にあるかと」
(メアリの言葉は本物だったのか――ともかくまずは、それを知るところからだ)
ただの聖女を連れ戻しても意味がない。
エレインを連れ戻すのは、彼女が大聖女だという確信を得られたあとだ。
「どんな手段を用いても構わない。副神官を捕らえ、証言が本当に正しいものだったかを吐かせるんだ」
「かしこまりました。すぐさま実施いたしましょう」
(もし僕に嘘をついていたのなら、そのときは覚悟しておけよメアリ! 絶対に許さないからな!!)
眉間にしわを寄せたニコライは、ギリリと奥歯を噛んだ。




