【14話】王都でお買い物
客間を出た私たちは、横並びになって通路を歩いていく。
さきほどの件があったからか、アルシウス様の歩くスピードはいつもより早い。
いつもの余裕みたいなものが、今は剥がれ落ちてしまっている。
「陛下の言っていたことだが気にしなくていいぞ。昔からああいう人なんだ。冗談を言っては俺の反応を見て楽しんでいる。悪趣味にもほどがある。一国の主だというのにまったく……困った人だ」
悪態を並べたアルシウス様は、深いため息を吐いた。
でもそこには親近感のようなものもあって、本気で嫌っている訳ではないように思えた。
仲が良いからこそ言える悪口、みたいなものだ。
きっと二人の間には、固い絆のようなものがあるのだろう。
「陛下とのお付き合いは長いのですか?」
「まあな。俺がまだ王都に暮らしていたときから、陛下には色々と世話になっている。……だが今は、その話をしたくない。先ほどのことを嫌でも思い出してしまうからな」
「かしこまりました。でもいつか、聞かせてくださいね」
「……機会があればな」
はぐらかすような返事が聞こえてきたところで、私たちは外へ出た。
しかしここでアルシウス様はなぜか、驚きの行動を取る。
馬車の停留所とは逆方向へ足を動かしていくのだ。
……どうしたのかしら?
陛下への報告は無事に済んだ。
あとは馬車に乗って帰るだけだ。
けれどアルシウス様は、そうしない。
停留所の場所を間違えている……ってことは考えづらいわよね。
しっかり者のアルシウス様がそんなミスを犯すとは思えない。
つまり、意味不明。
困惑してしまった私は、その場に立ち止まってしまう。
そんな私へ振り返ったアルシウス様は、口元に小さな笑みを浮かべた。
「街中を見ていかないか?」
「……え」
「せっかく王都まで来たんだ。このまま帰るというのも、なんだか味気ないしな」
「はい!」
こういった目的でのお誘いをアルシウス様がしてくれたのは、これが初めてだ。
彼と街を歩けるなんて、楽しみでしょうがない。
どうしようもなく舞い上がっている私は、元気よく二つ返事で応えた。
初めて訪れたフロスティア王国の王都の街は、大きく賑わっていた。
路上には多くの人が出歩いていて、どこもかしかもが活気に溢れている。
私たちが普段暮らしている自然豊かな北辺の地――ラトスとは、また違った雰囲気だ。
見慣れない光景に私がソワソワしていると、隣を歩くアルシウス様が小さく咳払いをした。
「エレイン。なにか欲しいものはないか?」
「えっと……特にありませんけど。……急にどうされたのですか?」
「陛下の言葉を借りる訳ではないが、俺もこの国の一員としてキミに感謝している。その気持ちを形ある物として、キミに贈らせてほしいんだ」
「そのお気持ちだけで十分です。毎日の衣食住を提供してくださるだけで助かっていますし、それだけで幸せですから」
そう、私は幸せだ。
ハテオン王国にいたときとは比べ物にならないくらいに、楽しい毎日を過ごしている。
これもすべて、アルシウス様のおかげ。
私はもう、満たされている。
だから今以上のものは望まない。
これ以上なにかをしてもらえば、申し訳なくなってしまうから。
でも、
「……しかしな。それでは俺の気が収まらないのだ」
納得してもらえなかった。
「悪いが今回は、俺のワガママに付き合ってくれないだろうか」
私をまっすぐに見つめるアルシウス様の瞳は真剣だ。
絶対に引かない、という強い意思すら感じる。
そうなったらもう、道は一つしかない。
「承知しました。でしたら、ブレスレットが欲しいです」
私は小さい頃からずっと、あの恐ろしき効果を持つ魔道具――銀色のバンクルを手首につけてきた。
今はそれを外しているのだが、これがどうにも良くない。
長年身に着けていた影響で、手首にアクセサリーがあるのが当たり前になっていた。
つまり、手首になにかついていないと落ち着かない。
ブレスレットを選んだのは、そのためだ。
「ではさっそく買いに行こう。いい店を知っているんだ」
アルシウス様に案内される形で、私は人に溢れた路上を歩いていく。
本当にこれでよかったのか、と迷う気持ちは未だにあるけど、事はもう始まっている。
今さら「やっぱりやめます」なんて、とても言い出せる空気ではなかった。




