【1話】誰も私を信じてくれない
それは起こった。
唐突に、突然に――。
「エレイン・セファルシア! お前との婚約をこの場にて破棄する!」
国内の有力貴族たちが集まる夜会の場が、瞬く間に騒然となる。
しかしそうなるのも当然と言えた。
私に婚約破棄を宣告してきた美青年は、この国ハテオン王国の第一王子――ニコライ様だったのだから。
「えっ……どうして……?」
婚約破棄されるようなことに心当たりなんてない。
まったくもって予想外な訳の分からない展開に、私はただ唖然とするしかなかった。
「どうして……だって? とぼけるなよ。お前が僕に――いや、この国に嘘をついていたからさ」
いったいなにを言ってるの……。
ニコライ様の言っていることが少しも理解できない。
謎はますます深まるばかりだ。
「ハテオン王国の大聖女、エレイン・セファルシア。通常の聖女とは比べ物にならない破格の力を持つ、神に選ばれし特別な存在。……それがこの国における一般的な認識さ。でもそれは、真っ赤な嘘だった。お前の力は平凡。そう、ただの聖女にしか過ぎない。にもかかわらずお前はこれまでずっと、自身を大聖女と偽ってきた。……そうだよね、メアリ?」
「はい。ニコライ様のおっしゃる通りですわ」
ニコライ様の脇からスッと現れたのは、茶髪の髪をした美しい顔立ちの少女――メアリ・バレスタ。
私より二つ年下の18歳で、公爵家の令嬢。
そして私と同じように、聖属性魔法を扱うことのできる人間――聖女だ。
しかしメアリはただの聖女ではない。
魔法の力が強く、他の聖女よりもその才能は頭一つ抜けている。特別、と言ってもいいだろう。
けれどそれは、あくまで通常の聖女と比べたらの話。
大聖女である私には、遠く及ばないでいた。
そのことがあってか、私は昔からメアリに敵対心を持たれている。
嫉妬による執着だ。
今回の件ももしかすれば、私を陥れるためにメアリが仕組んだことなのかもしれない。
「このハテオン王国はたった数年の間に、急成長を遂げました。民衆はそれを大聖女の――あなたのおかげだと思っています。ですが、実際は違う。この国が大きくなったのは国王様、ひいてはニコライ様の政治が優れているからこそ。あなたはなにもしていません。それなのにあたかも自身のおかげだと見せかけ、民衆の信頼と名声を得た。なんと醜悪。最低最悪の人間ですわ」
「私はそんなことしていない! 決めつけにもほどがあるわ!」
「まだ罪を認めないのか……。往生際が悪いにもほどがあるね。……いいよ、分かった。それなら他の人間にも聞いてみようじゃないか」
ニコライ様は会場内の貴族たちを、ぐるっと一周見渡す。
「今の話を聞いていたよね? エレインの言葉が真実だと思う者はこの場で挙手してくれ」
会場内が静まり返る。
重苦しい空気が流れる中、手を挙げる者はただの一人もいなかった。
当然よ!
ここでの挙手は、王子を否定するということ。
すなわちそれは、王国に対しての反逆と捉えられる。
反逆者に待っているのは、重いペナルティーだ。
ここにいる貴族たちはみんなそれを分かっている。
挙手なんかできるはずがない。
「ほらね。みんなもそう思っている。僕の方が正しいんだ」
「これでハッキリしましたわね」
ニコライ様もメアリもたぶん、こうなることを初めから分かっていた。
最初から勝てる勝負だと分かった上で問いを投げ、私を追い詰めてきた。
なんて卑怯な人たちなの……!
醜悪なのはどっちよ!
汚い。
やり方があまりにも汚すぎる。
「お前のしたことは重罪。とても許されることじゃない。死刑、だよね……普通に考えればさ。でも僕は寛大なんだ。だから国外追放で勘弁してあげるよ。感謝するといい」
なにが寛大よ!
全部自分たちのためじゃないの!
大聖女である私を信奉してくれている民は多い。
仮にこの内容を公表したとしても、信じない者は一定数いるだろう。
そんな状況で私を処刑すれば民からの心象が悪くなり、政治に悪影響を及ぼす可能性がある。
ニコライ様はきっと、それを嫌ったに違いない。
いつだって自分本位な彼が、他人に情けをかけるとは思えなかった。
「……さて、と。話はこれで終わりだけど、最後に言っておきたいことはあるかな。寛大な僕が、慈悲の心で聞いてあげようじゃないか」
「私は嘘などついておりません……!」
胸に手を当てた私は、前に向けて一歩身を乗り出す。
金髪の合間から覗くエメラルドグリーンの瞳をニコライ様へまっすぐ向けるのは、無実を強く訴えたいからだ。
けれども、その思いは届かない。
「最後くらいまともなことを言うかと思ったけど……なにそれ。とんだ失笑ものだね。もういい、この女を叩き出せ。目障りなんだよね」
命令を受けて、ニコライ様の側に控えていた兵士が動き出した。
兵士に両脇をかためられた私は、強引に会場の外へと連行されてしまう。
私はただ、この国を豊かにしたくて頑張っていただけなのに……!
なんで! どうしてこんなことになったのよ!
絶望の淵に突き落とされる。
理不尽だ。
こんなこと、あっていいはずがない。
悔しさとなにもできない無力感で、瞳にうっすらと涙が浮かぶ。
それを見たニコライ様とメアリは、嘲笑。
二人とも、心の底から見下した笑みを浮かべていた。
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