魔人仔《モシナ》の夫
これは前書きというより、物語の本文です。
先日、某テレビ番組で放映された台湾の風習・奇習が紹介された際、そこからヒントを受け、この物語の着想となりました。(でも二次創作ではありません。あくまでオリジナルです。)
昔、台湾に若い日本人が訪れた。
その若者が道を歩いていると、後ろから《魔人仔》モシナと名乗る少女がついてくる。
その魔人仔はみすぼらしいなりをしていてお腹も空かせているようだ。
若者は見過ごす事もできず、お昼用に作ってもらったふかし饅頭を与えた。
すると少女はその饅頭を頬張り桃色の笑顔をみせ「ありがとう」と言い残し消え去った。
若者はが眼前から突然消えた少女に大そう驚く。
「今のは夢か幻か?」
合点がいかず狼狽するが、消え去ったものは仕方ない。
それから数か月がたち、若者の前に突然とても綺麗な女性が現れる。
若者はたちまちその女性に心を奪われ交際する。
毎日が夢のように楽しく、若者は女性との結婚を望むようになった。
女性は言う。「私はこの世のものではありません。赤子の自分に冥界に召された身。以前あなたに助けてもらい、それ以来あなた様をお慕い申し上げておりました。それ故にあなた様の婚姻の申し出はとても嬉しゅうございます。ですが、私はこの世のものではございません。それでも私を娶ってくださいますか?」と聞く。
台湾では「冥婚」という風習がある。生きた男性と若くして亡くなった未婚女性が結婚するというのだ。若者は二つ返事で承諾し、仲人を立て正式に結婚した。
その後二人は永遠に幸せに暮らしましたとさ。
これから語られる物語は『前書き』に記された【童話の本文】の詳細な補足と説明です。
だからあくまで本文は[前書き]なのだとご了承願います。
昔、まだ台湾が日本の統治領だった時代のこと。
できたばかりの台北の農業試験場に日本から若い研究員助手が赴任してきた。
彼の名は佐々木亮平(24歳)。彼は某帝大卒の優秀な人材であり、将来を嘱望されている真面目な青年であった。
彼が台湾に赴任してきたのは、ただ優秀だからだけではない。
台湾の人々の生活向上と将来のリーダーとしての資質を伸ばすためには、優しさと適切な人心掌握ができる人材育成に適した人物としての高い評価が買われたからである。
それに加え、本人のたっての希望が、恩師である教授への熱心な説得により叶えられたからである。
任期は三年。それを終えたら本国での輝かしい未来が約束されていた。
しかし亮平にはそんな不確かな未来より、目の前の台湾行きという夢が叶ったことに心を奪われている。
台北に到着すると直ぐ、通訳を伴い街中はおろか、周辺の村や集落を散策し、様々な珍しいものや出来事、風習の聞き取りに没頭した。
日本とは全く異なる世界観、生活様式、人々の素朴さに触れ、なおも前のめりに聞き取りをしようとする亮平。通訳の何 宜伸も呆れる程であった。
天才的な語学習得能力を発揮した亮平は、僅か半年足らずで台湾の現地語を習得、日常会話に事欠かないほど堪能になっていた。
すると彼はもう通訳は必要ない。呆れられ同行がやる気を見せず、暗に難色を示す通詞を解任し、ひとりで出歩くようになる。
周辺の村や集落を通ううち、風習や習慣の聞き取りだけでは満足できず、昔話やその土地に伝わるお伽話にも興味を示すようになってきた。
そこで聞いた興味深い話に『魔人仔』という霊のような妖怪のような存在を知る。
魔人仔はイタズラ好きなちょい悪妖怪(霊?)で、人をだましたり迷子にさせて一時行方不明にさせるような悪さを働くという。
その話を現地人から聞いてすぐ、亮平はその魔人仔に出くわすこととなる。
本来伝え聞く魔人仔は如何にも妖怪然とした奇怪な姿で人をもてなし良い気分にさせるが、そのもてなし料理の正体はただの草であったり、土や虫であったりする。
どこか日本の幽霊や悪霊が人を惑わし墓地などでもてなす様子に似ている気がして、懐かしさのような親近感をもったものだ。
ところが亮平の目の前に現れたのは、みすぼらしい姿の少女であった。
ある集落で相変わらずの民話採集の途上、道の後ろを誰かトボトボとついてくる気配を感じ、振り返ると見知らぬ少女がいた。亮平は優しく尋ねた。
「お嬢ちゃんはこの辺の子かい?僕に何か御用?」
「・・・・・。」
「お名前はなんて言うの?」
「名前?・・・・えぇと・・・魔人仔。」
(魔人仔?あの妖怪 魔人仔?噓でしょう?だってあの話は怪談やおとぎ話の世界の存在だろ?この子、僕をからかっている?)
「ホントの名前を僕に教えてくれる?」亮平はひざを折り、少女の目線の高さになり、なおも優しく尋ねた。少女は困った顔になり、少し考えながら答える。
「よく分からない・・・多分「美麗」って名前だったと思う。」
「近所の子でしょ?どこの家の子?」
「・・・・あっち。」
「あっちか・・・・。(まあいいや)おうちの人が心配するから早く家に帰りなさい。」
少女は答えず、じっと亮平の持つ包みを見ている。その様子に亮平はハタと気づく。
「お嬢ちゃん、もしかしてお腹が空いてる?」少女は「ウン」と頷く。
「じゃぁ、」と言って包みを開け中からふかし饅頭をひとつ美麗という少女に手渡す。
「このふかし饅頭は下宿のおばちゃんに作って貰ったんだ。お嬢ちゃんにひとつあげるね。」
「わぁ!」と頬を赤らめ頬張った。
「美味しい!ありがとう!」と透き通るような薄い桃色の笑顔になると、次の瞬間霧のように消え去った。
「え!えぇぇぇ?何処?どこに消えた?美麗ちゃん・・・、美麗ちゃーん!」
いくら呼んでも、もう現れてはこなかった。
暫くは成す術もなく佇んでいたが、気を取り直して近所の一番近い家を訪ね、少女との事の顛末を話して何処の子か尋ねた。
「この界隈にそんな子はいないよ。その子、魔人仔って言ったんだね?じゃぁ、あんた騙されたんだ。その子は少女なんかじゃなく、ホントは魔人仔だったってことさ。
でもあんた、その程度のいたずらで済んで良かったよ。本当だったらミミズでも喰わされるところだったんだから。不幸中の幸いだったね。」と、ハハハと笑う。
僕は苦笑いしながら思った。
(彼女はウソなんかついていなかった。僕は騙された訳ではなく、ちゃんと正直に魔人仔と名乗ったし、自分のホントの名前も美麗ってうろ覚えだったみたいだし。お腹が空いていたのも本当だったろう。あんなに美味しそうに食べてくれたし、ちゃんとありがとう!ってお礼も言ってくれたし。悪い妖怪には思えないな。)
やれやれ、僕の想像する魔人仔とはえらく印象が違ったけど、きっと何かの間違いか、本人もきっと自分のホントの正体を知らないのだろう。そう思い、納得することにした。しかし、不思議な事もあるものだ。遥々台湾までやってきた甲斐があったし、日本本土に帰った時の土産話になるな。貴重な体験ができたよ。ここまで続けてきて良かった、良かった。
亮平の農業指導もようやく軌道に乗り始めたころ、研修農家の集落でも信頼を勝ち得ると共に、次第に人望を集め始めてきた。
農家の娘たちは純朴で少しだけ男前の亮平に興味を持ち始める。
当然結婚話も出てきたが、ここはあくまで三年だけの赴任先。
下手に結婚なんかして農家の跡取りになんてなれるはずもない。いずれは本土の故郷に戻って農業指導のエキスパートとして、お国に貢献しなきゃならない身だし。結婚なんてまだまだ先の話だし。
そんな出先で別の慣習というか、変わった風習を耳にした。
それは『冥婚』という。
『冥婚』とは若いうちに死んでしまった未婚の女性と生きている男性が結婚するという奇習である。
台湾では女性は実家の墓には入れてもらえない。つまり結婚して死んだら婚家の墓に入るのだ。病気や事故で早くして亡くなった未婚女性のその霊は、そのままではどこにも行く場所がなく、安息の居場所がないまま迷子になっのだから、死してなお、結婚する必要があるのだ。そこで苦肉の策として、『冥婚』が採用される。
一般的な男女の結婚同様、仲人等を通してお互いの意思を確認して合意が得られたら正式に結婚する。
『冥婚』も同じ手続きを踏み、生者同様の新婚生活を経験する。
なんと奇妙な習慣だろう!
亮平は他人事ながら少し興味を持ち感心した。
そんな奇習を聞いた亮平。奇しくも魔人仔の少女と出会ってから、もう数か月もたった頃、もう一度あの場所に行く機会があった。
そういえばこの場所であの少女と出会ったな。
そう感慨に耽っていると、いつの間にか目の前に人影が見えてきた。
よく見るとそれは大そう美しく若い女性であった。思わず目を奪われる。
僕は目の前の女性を見てどうしたら良いか分からないまま佇んでいると、彼女から自然なほほえみを注ぎ、近づいてくる。
僕はただただドギマギしていると、彼女が
「今日は良い天気ですね。実は私あなた様をお待ちしておりました。」
「え!僕を?どうして?あなたはどなた?僕がここに来るとどうして知ったのですか?」
立て続けに複数の質問を浴びせかけ、彼女は面食らったような戸惑うような表情になる。
「失礼!一度にたくさんの質問をしても何から答えたらよいか分からなくなりますよね。此処で僕を待っていたってどういうことでしょう?いや、まずはあなたはどなたでしょう?」
「私は美麗と申します。以前一度、あなた様にお会いしたことがございますのよ。」
「以前にお会いしたことがある?この僕が?申し訳ありません、正直に言うと僕はあなたを存じ上げません。以前お会いしたのなら、あなたのように美しい方なら忘れるはずはないのですが、不思議と記憶にないのです。」
「美しいだなんて、恥じ入るばかりですわ。でも嬉しい!あなた様にそう言っていただけるだなんて、素直にとても嬉しいです。ただ、私は以前お会いした時、「美麗」と名乗っております。お忘れですか?」
「美麗さん?美麗・・・・美麗・・・・、そういえば半年ほど前に一度ここで出会った少女が「美麗」さんと聞きましたが、あの少女とあなたは似ても似つかない全くの別人ですよね?」
「いいえ、あの時出会ったのは紛れもない私本人です。驚きましたか?でも私はあなた様に偽ってお近づきになりたくないのです。私は魔人仔であり、美麗なのです。私はあの時より今まであなた様を忘れたことはありません。だからもう一度お会いしたい、その一心でお待ちしておりました。ご迷惑だったでしょうか?」
「あの時の少女とあなたが同一人物だなんて私には納得できません。でも今、目の前にいらっしゃるあなたが私に面と向かってウソを言っているとも思えません。どういうことなのか分かりませんが、今再び信じられないような不思議な現象が起きているようだとは感じています。あの時の少女は一瞬のうちに忽然と姿を消してしまわれました。そして今、あなたは突然私の前に現れました。そしてあの時の少女とあなたが同一人物だとおっしゃる。
この現象を不思議と言わずして何と呼べばよいのでしょう?
でもこれまた不思議なことに、私は全然怖いとは思いません。むしろあなたとお話しをしていると、何故か心地よい気分に包まれているような気がします。もっとお話しをしていたい。それが偽らざる本心です。決して迷惑などではありません。」
「よかった!」そう言って大胆にも美麗と名乗る彼女は、僕に抱きついてきた。
「!!!」とても驚いたが悪い気はしない。その瞬間、会ったばかりの彼女の気持ちを受け入れてしまった。これだけ奇態で得体のしれない女性なのに、全く危険な気配も感じずに・・・・。
再び会う約束を交わし、その後何度も逢瀬を重ねた。
そしてお互いの気持ちが最高潮に達した頃、「そろそろ結婚を」という話が出てきた。
その時、彼女から思わぬ告白を聞くことになる。
「亮平様、結婚にあたり、私はどうしてもあなた様に告白しておかねばならぬ事がございます。
聞いていただけますでしょうか?」
「その告白とは何ですか?・・・いや、少し怖い気もしますね。・・・やはり聞きましょう。どうぞお聞かせください。」
「・・・・・実は私、幼い時分に重い病に罹り、この世を去っております。ですが成仏できずに彷徨っているうちに、魔人仔という妖怪に魅入られ、同じ魔人仔にされてしまいました。それ故に妖怪に成り代わり、この世を去った時の少女の姿になったり、成長した今の姿になったり、変幻自在に姿を変えられるようになったのです。
つまり私は既に一度はこの世を去った身。けれども私はどうしてもあなた様と結ばれたい。結婚がしたいのです。一度死んだ私と結婚するということは即ち冥婚ということになります。そんな私はわがままな女なのでしょうか?」
冥婚・・・ついこの間聞いたことのある奇習・・・。まさか生粋の日本人の私にそんな申し出の話がやってくるなんて、これも運命か?
でももう遅い。僕は後戻りできないほど美麗を愛してしまった。
別に僕が冥途に引き込まれるわけではないし、もしそうであっても構うもんか!とことん美麗と付き合い、添い遂げて見せようぞ!
「美麗、君の言うことはよく分かった。実は僕も薄々そうではないかと感じていたし。別に今更驚くことではない。だからそれが結婚の妨げには決してしない。」
「それともう一つ。私があなた様と結婚が成立したら、私は今の実体を喪失し、成仏してしまいます。
それでもよろしいでしょうか?」
「実体?元々そなたの身は魔人仔から受け継いだ仮の姿ではないか。要するに本来なら実体を伴わない、ただ姿が見えるだけの魂の存在になるのだと分かっているさ。でも冥婚することでそなたが成仏し未来永劫魂が救われ幸せになって一緒にいられるというなら、喜んで引き受けよう。
台湾では冥婚するにあたり、その結婚とは別に、生きている女性とも結婚することが許されている。
ただ、その新たな結婚相手の女性の同意が必要ではあるが。この場合、法的には重婚にならない。
だからと言って他の女性とも結婚したいだなんて、多分僕は一生思わないだろうけど。
そしてその後、その地域の土地公(地元の守り神)の前で永遠の愛を誓い、婚姻の宴が設けられた。
時は経過し、亮平は終戦を迎え日本の統治が終わっても、二度と日本に帰還することなく、寿命の尽きるまで台湾農業発展の礎となったことを付け加えておきたい。
おわり




