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クロウエア王国には、王立学園が存在する。
そこに通う事ができるのは、主に貴族と王族、そして優秀な平民達だ。
学べる内容は多岐にわたり、魔法学、神学、経済学など様々だ。
王立学園には、ある風習がある。
それは、卒業予定者の中で優秀な成績を納めた五人でダンジョンを攻略するものだ。
小さくとも危険が伴うので辞退することは可能なものではあるが、歴代の成績優秀者は誰一人として辞退した事はなかった。
ダンジョンとはいえ、下級のもので初級の魔法が使えれば誰でも攻略できるものなので、安全性はかなり高い。
ダンジョン攻略は、誰もが憧れるイベントだ。
王立学園に通う者にとっては一つのステータスでもあった。
卒業記念ダンジョンを攻略したと言えば、周囲は一目置いてくれる。
そのため王立学園に通う者達にとっては目標になっていた。
そして、今年は成績優秀者六名がダンジョンを攻略しに旅に出た。
誰もが、無事に帰ってくると信じて疑わなかった。
当然だ。歴代の攻略者は誰一人として失敗などしなかったからだ。
今年度の成績優秀者には、歴代の中でも文武両道と謳われる皇太子。そして、同じように優秀だと言われる彼の婚約者がいる。
この二人だけではない。
遠くない未来に騎士団長に任命されるであろう。現騎士団長の子息。
同じく遠くない未来に宰相に選ばれるであろう。宰相子息。
次期、魔術師団長候補者。
最後に、王族に次ぐ高貴な立場にある聖女が選ばれたのだ。
選りすぐりの集団だ。
もしも、一人がミスをしたとしても誰かしらフォローができるほどの戦力があった。
誰もが、瞬く間にダンジョンを攻略してすぐに暇を持て余すと思っていた。
……しかし。
数日後、彼らは逃げ回ったのだろう、土で汚れた姿で帰ってきた。
六人いたパーティメンバーは、一人欠けて五人になっていた。
欠けたメンバーは、皇太子の婚約者だった。
「……彼女が僕たちを守ってくれたんだ」
皇太子の頬を銀色の水滴が伝い落ちていった。
それが呼び水のように、他のメンバーが声を出して泣き出した。
「……最期に、心を入れ替えてくれたんです」
聖女が言いながら皇太子の婚約者を悼むように目を閉じた。
その聖女の肩を皇太子が抱きしめていた。
愛する人を守るように。
こうして、王立学園の優秀者によるダンジョン攻略が終わった。
皇太子の婚約者だけをダンジョンに残して……。
無事に帰ることができた彼らが真っ先にしたことは、ダンジョンを閉じることだった。
「ダンジョンをすぐに閉じましょう!」
聖女が必死の様子で、ダンジョンを閉じることを提案した。
しかし、ダンジョンを閉じるということは、ダンジョンの所有者の財産がなくなることでもあった。
それに、消えた皇太子の婚約者の捜索すらしていない。
すんなりとそれが受け入れられるものではなかった。
「おいそれと、閉じられるようなものではありません。まだ、彼女の捜索すらしていないのに」
聞き取り調査をした者から、咎めるような視線を向けられて、彼らは気まずそうに俯いた。
しかし、すぐに騎士団長子息が反論した。
「ですが、あのダンジョンには、ヒドラがいます」
「ヒドラが?」
「はい。もし、あのダンジョンからヒドラが出てきた場合。甚大な被害になります」
ダンジョンからモンスターが出ることは滅多にない。
しかし、何も知らないなりたての冒険者がそこに入り死亡する可能性もある。
それに、一頭でも強いモンスターがいるだけで、他のモンスターも強くなるのだ。
ダンジョンとはそういう仕様になっていた。
ごく稀に一頭だけ強いモンスターが発生することもあるが、精々初級ダンジョンに中級ダンジョンの弱いモンスターが出る程度だ。
過去にダンジョンのモンスターの弱さに腹を立てた冒険者が、モンスターキューブを大量に使用して初級ダンジョンを上級ダンジョン化させた事件があった。
今回使用したダンジョンは、新たに発見されたものではあるものの、安全面を配慮して皇太子の婚約者がかなり念入りに調査するように指示したらしい。
「……」
調査官は彼らの話を聞きながら、もしかしたら、想像以上の事件が起きているかもしれない。と、恐怖した。
「僕たちは、あのダンジョンの所有者を糾弾したい。彼らは確認義務を怠ったのは明確だからです」
宰相子息が、神経質そうにメガネの位置を直しながらそう言った。
「だから、まずは最初にダンジョンを閉じる事をしなくては」
騎士団長子息は、不安そうに呟く。
「魔術師としても、あのダンジョンをもっと調査したかったけど、アレを討伐できる者はいないと思う。できても精々時間稼ぎくらいだよ。危険だから閉じたほうがいい」
次期魔術師団長候補も同意する。
一人残った皇太子婚約者を心配すらせずに、全員がダンジョンを閉じろと言い出すの様子が異様に見えた。
本来なら、危険は承知で皇太子婚約者を探すように懇願するものではないのか?
捜査官は違和感を覚えていた。