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森の中で会ったクマさんは元婚約者でした

作者: 満原こもじ

「……紛うことなきクマさん、ですね」


 食材を探して辺境の森で徘徊していたところ、クマさんに出会いました。

 どうも、世界唯一の聖女ミオでございます。

 聖女とは何かとか、どうして辺境なんかにいるのかとかはちょっと後にしてください。

 今はクマさんをどうするかが問題でして。


 クマさんというのは、臆病なのに凶暴な獣であります。

 バッタリ遭遇すると大体興奮して襲いかかってくるものなのですよ。

 ただ、このクマさんは敵意がないですね?

 落ち着いています。


 わたしが銃を持ってないからでしょうか?

 わたしは銃なんかなくても、クマさんよりはずっと強いですよ。

 そして弱き者は強き者の御飯になるのが森の宿命であります。


 しかしこのクマさんは所作がエレガントですね。

 しかもお嬢さんお逃げなさいと言っているようにも思えます。

 シチューの具にしてしまってはいけないのでは?


 話しかけてみましょうか。

 神経を集中して、と。


「こちら人間です。クマさん、わたしの言ってることがわかりますか?」

『な……聖女ミオ、君が話しているのかい?』

「えっ?」


 何と驚き。

 このクマさんはわたしのことを知っているようです。

 不思議なことがあるものですねえ。


「あなたは紳士的でありますし、わたしを御存じでいらっしゃるようですので、シチューにするのは勘弁してあげます。あんまり人里近くに降りてきてはダメですよ」

『何を言っている。僕だ。君の婚約者エイブラムだ!』

「えっ?」


 わたしの元婚約者、パルカーチ王国第一王子エイブラム殿下?


『さすがは世界唯一の聖女だな。魔道具も使わずクマ状態の僕と意思疎通ができるとは』 

「ええと、よくわかりません。あなたは何を言っているのです?」

『ミオは僕を探しに来てくれたわけではないのか?』

「そもそもエイブラム様はわたしとの婚約を破棄して、辺境の修道院に飛ばしたではないですか」

『な、何だと?』


 あれはショックでした。

 王家主催のパーティーで、エイブラム様ったらグローリア・マイトヘリッジ公爵令嬢を抱き寄せながらこう言ったんですよ。


『聖女ミオ! やはり平民の君との婚約継続はムリだ。オレは現在の婚約を破棄し、新たにグローリア・マイトヘリッジ公爵令嬢を婚約者とする! 君には辺境の修道院勤務を任ずる!』


 あんなにゲスい顔のエイブラム様は初めて見ました。

 ラブラブだったと思っていたのはわたしだけだったのですかね。

 しかもパーティー出席者の皆さんから結構な拍手だったのですよ。

 エイブラム様の婚約者は高位貴族の令嬢が望ましいという、守旧派の意見が根強いと知りました。

 それもまたわたしを落ち込ませたことです。


 しかし目の前のクマさんは言います。


『僕が君を婚約破棄するだと! あり得ない。パルカーチ王国では平民派との融和が必要だし、大体僕は聖女ミオを愛しているから!』


 おお、まさにエイブラム様が仰いそうなことではありませんか。

 何故このクマさんが?


『待ってくれ。僕はクマになってちょうど三ヶ月になるんだ。ミオが婚約破棄されたのはいつだ?』

「ええと、二ヶ月半ほど前のパーティーでです」

『君を婚約破棄したのは僕じゃない! 僕になり替わった何かだ!』

「ええっ?」


 クマさんはもっともなことを言っています。

 確かに婚約破棄の時のエイブラム様はおかしかったように思えました。

 一人称が『僕』でなくて『オレ』でしたものね。

 ショックで細かいことは考えられませんでしたけど。

 でも……。


「……変化の術であれば、聖女のわたしなら見破れます。あなたはクマさんですし、わたしとの婚約を破棄したのはエイブラム様でした」

『ふむ、なるほど。僕はやはりクマなのだな。ところでここはどこなのだ?』

「ヤルイス辺境区ですよ」

『王都から見るとかなりの遠方だな。僕は目覚めたらクマだったのだ。眠っている間に運ばれたとも思えん。カラクリはわからんが……僕に関するニュースでもあったか? 行方不明とかの』

「……ありませんでしたね」


 ということは転移の類?

 いえ、クマになっているということなら……。


「……クマさんの言っていることが本当ならおそらく、本物のエイブラム様の身体から魂を弾き出したのだと思います。魂は辺境に辿り着き、クマに宿ったものかと」

『ちっ、グローリアの邪法だな』

「邪法?」

『ミオは知らなかったか。マイトヘリッジ公爵家には呪術が伝承されているんだ。というか昔、呪術による功績で王女が降嫁され、公爵に叙されたという歴史がある』

「存じませんでした」


 いえ、グローリア様が魔力の扱いに長けているのだろうなということは存じています。

 妖気じみた雰囲気をまとわせていたことも。

 警戒はしていましたが……。


『一般に流布している話ではないからな。グローリアはかなりの使い手なんだ。邪法と呼ばれる過去の呪術を使えるようになっているという、王家の影からの報告があった』

「本当ですか?」

『ああ。グローリアが魅了の術を使えることまでは裏付けが取れている。僕の婚約者をグローリアにしなかった理由の一つでもある』


 エイブラム様の婚約者候補ナンバーワンと言われていたグローリア様。

 わたしが婚約者に決まった時、グローリア様には障りがあるからと聞かされました。

 なのにいきなり婚約破棄でグローリア様が婚約者になったものですから、障りがなくなったのかなあとぼんやり思っていましたが。


『僕が魔道具のペンダントをいつも着けていたことは知っているだろう?』

「はい」

『あれは魅了除けなんだ。もっともミオの魅力には勝てなかったが』

「まあ、エイブラム様ったら」

『しかし困ったな』


 首をかしげるクマさんはユーモラスですね。

 可愛らしいです。


『……王家がグローリアとマイトヘリッジ公爵家を警戒してたことを、もちろん宮廷魔道士達は知ってるんだ。ミオを婚約破棄してグローリアを新婚約者にしたなら、絶対疑っているに決まってる。僕の魂が飛ばされたことも推測はついているだろうと思う』

「宮廷魔道士は優秀なのですね」

『ああ。しかし証拠を出せない。僕の魂の行方も知れないので動けないのではないか』


 状況は理解できました。

 最早わたしはこのクマさんがエイブラム様であることを疑ってはいません。

 だって矛盾がないですし頭が切れますし、クマさんなのにとっても素敵なんですもの。

 ポッ。


『……一つ疑問があるな』

「何でしょう?」

『僕の身体に入ってる魂が誰かということだ』


 そうでした。

 魂が入っていない身体は死んでしまいますものね。


『ミオが婚約破棄される直前くらいで、グローリアと親しそうなやつの不審な死を聞いていないか?』

「デズモンド・スターク男爵令息が急死いたしました。前日までお元気であったので驚いたものです」


 言われてみると、あの芝居がかった婚約破棄宣言はデズモンド様のような気がします。

 許せませんね!


『デズモンドか。グローリアの信奉者だな。間違いなかろう』

「エイブラム様、どういたしましょう?」


 腕組みをするクマさんは知的ですね。


『……宮廷魔道士に事情を説明できれば解決できるだろうが……。ミオ、君の処分はどういう形になっているのだ? 王都からの追放か?』

「いえ、ヤルイス辺境区の修道院勤務というだけです」

『つまり聖女に厳しい罰を下したという形にしたくなかったんだな? 庶民の支持を失うから』

「わたしが王都と連絡を取りましょう」

『頼めるか?』

「はい。ヤルイスに赴任する際、大司教猊下に遠話の魔道具を持たされたのです」

『ほう、さすがに聖輝教の誇るゲイブリエル大司教殿だな。頭が回る』


 大司教猊下もまたおかしいと感じていたのでしょう。

 わたしを急に呼び戻すことがあるかもしれないと仰っていました。

 まさか辺境でエイブラム様がクマさんになっているとは考えなかったでしょうけれども。


「とりあえず修道院にまいりましょう。わたしがいれば大丈夫ですので」

『うむ、助かる。虫と草を食うのは飽きた』


          ◇


 ――――――――――グローリア・マイトヘリッジ公爵令嬢視点。


 マイトヘリッジ公爵家は名門なのですわ。

 パルカーチ王国創世時に呪術でもって多大な功績があり。

 王女の一人をもらって公爵家として遇されました。

 紛れもない大貴族なのです。


 ところがその後三百年もの間、マイトヘリッジ公爵家からは一人の王妃も輩出していないのですわ。

 おかしいでしょう?

 パルカーチ王国一の大貴族と言っても過言ではないのにですよ?


 これまではたまたま王子との年回りがよくないということがあったのかもしれません。

 ただ現在、エイブラム第一王子殿下とわたくしは同い年です。

 当然わたくしがエイブラム殿下の婚約者に選ばれると考えるではないですか。


 ところが現実にエイブラム殿下の婚約者になったのは、忌々しい聖女ミオでした。

 どうして?

 いえ、聖女が貴重というのはわかりますけれども、彼女は平民ですよ?

 貴族間の力関係やエイブラム殿下の後ろ盾等も勘案して、わたくしが総合的に劣っているとは思えないのですけれども。


 幼い頃からよく殿下と遊んでいました。

 わたくしの優秀さや呪術の実力もそれとなく見せていたでしょう?

 世論でもエイブラム殿下の婚約者はほぼわたくしで決まりって言われていましたよ。

 それなのに……。


 一つ思い当たるのは、マイトヘリッジ公爵家は呪術の実力を王家に忌避されているのではないかということ。

 であればこれまで王妃が出ていないことにも説明がつきます。

 わたくしはエイブラム殿下に嫌われている?

 このわたくしが?


 呪術のことで宮廷魔道士に協力しろと言われたこともありました。

 きちんと協力したでしょう?

 わたくしの何がいけないの?


 よく考えてみると、忌々しいのは聖女ミオではないですね。 

 王家とエイブラム殿下に対して不信感があるのです。

 わたくしが王妃になって何が悪いの?


 欲しがり過ぎなのでしょうか?

 いえ、わたくしはマイトヘリッジ公爵家の娘。

 エイブラム殿下の婚約者を、王妃を望んで何が悪いのでしょうか?

 当然の権利ではありませんか。


 得るべきであったものを我が手に。

 わたくしの信奉者であるデズモンド・スターク男爵令息を抱き込み、エイブラム殿下の数本の髪の毛を所縁物に儀式魔法を発動しました。

 エイブラム殿下の魂は哀れ、どこかへ行ってしまいましたわ。


 殿下の身体にデズモンドの魂が定着しました。

 ええ、これでデズモンドは王となり、わたくしを妃とすることができる。

 わたくしは都合のいい婚約者を手に入れいずれ王妃になれる。

 これでこそウィンウィンですわ!


 陛下も特に何も仰いませんでした。

 一番の難問と思っていたのですけれどもね。

 王族の言葉は重い、公開婚約破棄では撤回できないと考えたのでしょう。

 最高ですわ!


 聖女ミオは辺境の修道院に派遣することになりました。

 特に罪があるわけではありませんわ。

 でもあの顔を見るとムカつくんですもの。

 王都にいて欲しくないですわ 

 それくらいの我が儘は許されますよね。 


 侍女が来ました。

 何でしょう?


「グローリアお嬢様、陛下からお召しの使者が参りました」

「あら、何かしら?」

「建国祭についてだそうです」


 ああ、わたくしがエイブラム殿下=デズモンドの婚約者になって初めての建国祭ですものね。

 市民にお披露目する初めての大きな機会だからでしょう。

 急なお召しということは、エイブラム殿下=デズモンドの立太子も同時に行うということが決まったのかもしれません。


「すぐ参りますわ」

 

          ◇


 ――――――――――王宮臨時大法廷にて。聖女ミオ視点。


 大変なことになりました。

 グローリア様並びにマイトヘリッジ公爵家に対する弾劾裁判です。

 こんな経過だったんですよ。


 ヤルイス辺境区から遠話の魔道具で大司教猊下に連絡を入れました。


『……というわけで、クマさんを確保しました』

『ミオでかした! さすが聖女だな!』


 大した説明じゃないのに、どうして納得できるんでしょうね?

 と思ったら王家も宮廷魔道士も聖輝教も、グローリア様の呪術でエイブラム様が別人格になっていることまでは調査済みだったのですって。

 ところがエイブラム様の魂の行方が知れないので、手をこまねいていたそうで。


 わたしがヤルイス辺境区の修道院に赴任したことも、王宮占術師によって何らかの良ききっかけを掴めるという卦が出ていたからなのだそうです。

 だから遠話の魔道具を持たされたのですね?

 前もって言っておいてくださればいいのに。


『クマのエイブラム殿下を連れて、飛行魔法で戻ってこい。見つからぬよう認識阻害の術を忘れずにな』

『了解です』


 その日の内に修道院の皆さんに別れを告げ、クマさんのエイブラム様とともに王都の聖輝教礼拝堂に戻りました。

 宮廷魔道士長ユスティス様がいらしていて、エイブラム様に翻訳の魔道具を取りつけました。

 エイブラム様ホッとしていらっしゃいましたよ。

 まったりクマさん。


 その後密かに礼拝堂を訪れた陛下とクマさんが抱き合う涙のシーンがあったり、儀式魔法の用意をしたり、弾劾裁判の準備をしたりしていました。

 わたしとエイブラム様は何にもしていませんでしたけど、いればいいからと言われていました。

 王都にいないはずのわたしとクマさんですからね。

 役に立たないのはわかりますが、皆さんが秘密裏に忙しく動き回っていらっしゃるので悪い気がいたします。


 そして今日の弾劾裁判。

 宮廷魔道士長ユスティス様が得意げです。


「……という理屈です。聖女ミオ殿が見事エイブラム殿下の魂を宿したクマを連れて来てくださいました」


 グローリア様が俯いています。

 こちらを振り向きもしません。

 何を考えていらっしゃるかわかりませんが……。


 クマさんのエイブラム様と、エイブラム様の姿のデズモンド様の応酬です。


『まあ僕も苦労した。食べるものもクマの身体に釣られてしまうのだ。元の身体に戻りたいものだな』

「何を言うか、この畜生めが! 魂がクマに入ったなどということがあり得るものか!」

『ユスティス宮廷魔道士長の話を聞いていなかったのか? 既にそこに疑問を持っている者などいないのだぞ?』

「し、しかし……」

『グローリア。僕の身代わりにするなら、もっとマシなやつがいたんじゃないか? 僕に似せようとも考えてないみたいじゃないか』

「ぐっ……クマのクセに何を言う! オレデズモンドこそが第一王子だ!」

『今何を言ったか、自分で理解しているか?』

「訂正する! オレエイブラムこそが第一王子だ!」


 訂正って。

 王子役デズモンド様の言葉の軽いこと。

 王族はもっと慎重に言葉を発するべきですよ。

 皆さん失笑していますからね?


 宮廷魔道士長ユスティス様がグローリア様に問います。


「グローリア嬢。反論はないのかね?」

「……では、一つだけ」

「何なりと」

「皆様わたくしを犯人にしたいようですけれど、証拠はおありになって?」


 やはりそう来ますか。

 証拠は出ないだろうという、事前の話でした。


「……証拠はない」

「でしょう? 証拠もなしに裁かれてはかないませんわ」

「ではグローリア嬢は、反対呪術でエイブラム殿下の魂を戻すことに関して、異を唱えることはありませんな?」

「ありません」

「この場で反対呪術を行う! 用意せよ!」


 グローリアは罪をお認めになりませんか。

 陛下もエイブラム様もユスティス様も、致し方なしという判断のようです。

 でも反対呪術ですか?

 この場合、デズモンド様の魂の帰るべき身体が既にありませんよね?

 どうなるのでしょう?


 クマさんと入れ替わるのでしょうか?

 それともデズモンド様は亡くなって、魂は天界に導かれるのでしょうか?

 デズモンド様はわけがわかってないのか、キョロキョロしています。

 エイブラム様の身体でその自信なさそうな振る舞いはやめていただきたいものです。


 神様に祈りを捧げます。

 どうか無慈悲な結果になりませんように。


 再び宮廷魔道士長ユスティス様がグローリア様に問います。


「反対呪術の魔法陣は、これで間違いありませんな?」

「はい、結構です。しかし発動のための魔力はどうするのです?」


 反対術式に所縁物は必要ないということくらいは、わたしも知っています。

 魔力となるとわたしの出番ですね。


「聖女ミオ殿に御協力願う。聖女の魔力は桁外れですからな」


 初めてグローリア様が驚いたような視線をわたしに向けました。

 すぐ嫉妬の視線に変わります。

 ……魔法や呪術の研究者にとって、わたしの魔力量は羨ましいでしょうからね。


「ではミオ殿。魔力を注入してくだされ」

「はい」


 魔法基石に魔力を流し込みます。

 グローリア様が複雑そうな表情ですね。

 聖女のわたしにとってこれくらいは何でもないのです。


「ミオ殿、もうよろしいですぞ。ではこれより反対呪術の回路を繋げます」


 ユスティス様が触媒の一つであるクリスタルをセットすると、魔法陣に魔力が流れ始めます。

 反対呪術が発動する!


「おお、ようやく僕の身体に戻れたか」

「エイブラム様っ!」


 はしたなくも、エイブラム様の胸に飛び込んでしまいました。

 ああ、嬉しい!


「ミオ、ありがとう。君のおかげだ」

「いえ、とんでもございません。元のお姿に戻れて、本当にようございました」

「うむ、冬眠の仕方を知らないから、冬になったらどうしようかと思っていたのだ」


 もう、エイブラム様ったら。


「ななななな? 何でオレがドレスを着ているんだ?」


 ……えっ?

 デズモンド様の魂はグローリア様の身体に宿ったのですか?

 ではグローリア様の魂はどこに?


『どうしてわたくしがクマなのですかっ!』


 ……えっ?

 グローリア様がクマさんになってしまいましたよ。

 何故このような結果に?


 ユスティス様がしたり顔で説明します。


「グローリア嬢なら理解しているであろう。呪術の反対術式のリスクを!」

「……呪いは術者に跳ね返ることがある……」

「そうだ! 今の反対術式に何の作為もなかったことは、グローリア嬢自身も確認したことだ! 呪いが跳ね返るかどうかは神のみぞ知ることだが、奇しくもグローリア嬢が術者、少なくとも強い関係者であったことはこれで証明された!」

「……」


 呪いが跳ね返るというのは聞いたことがあります。

 呪術ってとんでもないことができますけど、怖いものですねえ。

 しょげてるクマさんは可哀そうです。

 陛下が仰います。


「グローリア嬢並びにマイトヘリッジ公爵家に対する処分は後ほど決定する。引っ立てよ!」


          ◇


 ――――――――――一ヶ月後、王宮にて。エイブラム第一王子視点。


 自白の魔道具まで使用されたが、公爵は本当に何も知らなかった。

 僕の魂を入れ替え婚約者になろうとした事件は、グローリアの独断だったのだ。

 監督責任があるので罪なしとは言えないため、マイトヘリッジ公爵家は伯爵家に降爵、呪術の資料は全て提出すること、領地の半分を召し上げとなった。


 ……王位の簒奪に近い大事件だ。

 処分がぬる過ぎるではないかという意見も当然出た。

 しかし厳しい処分にすると、不祥事を隠そうとするのが今後の常態となってしまうだろう。

 密告や自首を促すために必要な措置だった。


 グローリアはヤルイス辺境区に追放処分となった。

 僕がねぐらとして使ってた岩穴を教えてやったし、冬眠に備えて食料も大量に持ち込んでたから、何とか生きていけるんじゃないか?

 甘いと思うが、何だかんだでグローリアのことは昔から知っているので。

 クマとなってはもう悪さもできまいから。


「グローリア様は、エイブラム様の婚約者になりたかったのですね」

「違う。王妃として権勢を誇りたかっただけだ」


 グローリアは美しいし優秀な令嬢ではある。

 しかし視野が狭く、寛容なところがない。

 昔から僕の婚約者に擬せられていたことは知っているが……。


「ミオと比べるとな。王妃の器ではない。これは僕の意見だけでなく、父陛下や多くの高官の共通した意見だ」

「でもわたしが婚約破棄された時、結構な拍手だったのですよ?」

「マイトヘリッジ公爵家の腰巾着どもだろう。またおそらくグローリアは魅了の力を使っていたから、事件が明るみに出るまでは評判が良かったということもある」


 今ではマイトヘリッジ公爵……伯爵家の威勢なんてあったものじゃないがな。

 数十年は縮こまってろ。

 マイトヘリッジ家に擦り寄っていた者どもも大いに反省してもらいたい。


「ミオに期待しているのは平民の支持だ。ミオ以上に平民人気のある者などおらん」


 唯一の聖女ということだけではない。

 ミオは穏やかで優しく、それでいて芯が強い。

 神が聖女に任ずるのはこういう女性なのかと、大いに賛同できるほどだ。

 僕の婚約者になってくれて嬉しい。


「デズモンド様は、今後どうなってしまうのでしょうね」

「デズモンドか」


 もちろん報告は入っている、が……。

 ……あまりミオには聞かせたくない、いや、グローリアにも聞かせたくないな。

 グローリアの身体に魂を宿らせたデズモンドは、侍女達と一緒に風呂に入りたがって嫌がられているそうだ。

 裸で鏡を見ながらニヤニヤしているとも。

 バカも極まる。


「精神は男だからな。グローリアの身体では生きづらかろう」

「ですよね……」


 デズモンドなんかに同情しなくてもいいぞ。

 十二分に楽しんでいるからな。

 しかしこれ、グローリアが知ったら激怒するだろうなあ。


「弾劾裁判の時、ミオが飛びついてきたのは驚いたぞ」

「申し訳ありません。つい感情が爆発してしまいまして」

「ムリもない」


 僕の身体を乗っ取ったデズモンドに婚約破棄されたのだからな。

 僕がすまない気持ちになるじゃないか。

 まったくグローリアとデズモンドのやつめ。

 ミオをぎゅっとハグする。


「あ……」

「色々なことがあったな。今の僕の身体は、ミオを愛する僕のものだ」

「……はい」

「愛を語れることは幸せと知った」

「クマさんでしたものね」


 クマではなあ。

 でもミオはクマの僕もすぐ信じてくれた。


「エイブラム様はクマさんでも所作がスマートでしたよ。でなければシチューにしてしまうところでした」

「冗談でないところが怖い」


 アハハウフフと笑い合う。

 苦難を乗り越えた僕達だ。

 きっとこれからも羽ばたけるだろう。


「クマ肉のシチューも食べてみたいものだ」

「王都ではクマさんの肉は手に入らないのですよ。今度狩ってきますね」


 うん、ミオは強い。

 間違いない。


          ◇


 ――――――――――その頃ヤルイス辺境区の森にて。


 クマに姿を変えたグローリアだが、実はまだ魅了の力を残していた。

 誰かを魅了し、マイトヘリッジ家領に戻れれば、復活できると考えていたのだ。

 グローリアの優秀な頭脳は、呪術の術式を覚えていたから。

 呪術の資料を全て取り上げられても、王家と聖女ミオに復讐してくれようと。


 森の道を人が通りかかった。

 グローリアはチャンスと思った。

 魅了して手下にしよう。

 姿を現わす。


「バカめ、クマかっ!」


 通りかかったのは猟師だった。

 たあん、と乾いた音が鳴ると、銃弾はクマの頭蓋を打ち抜いた。

 猟師はパルカーチ王国の危機を未然に防いだが、もちろんそんなことは誰も知らなかった。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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にわか冒険者の破天荒な一年間 ~世界の王にあたしはなる!
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― 新着の感想 ―
デズモンドは女の子になって喜んでるよ、って教えてあげてもいいのでは……?ミオなら喜んでるなら、いっかーってなりそう。クマがそのまま放逐されてクマとして狩られてるけど、クマを放逐はまずいんじゃなかろうか…
「クマのシチュー」のくだりでてっきり熊(グローリア)を狩る話に繋がると思っていたら狩ったのは普通の猟師だった。 ※この猟師は肉を食べたのだろうか?  食べたとしたら無事なのだろうか?
面白かったです!王家も教会も聖女もまともで、わかりやすい悪女退治ということで、ストレスなく楽しく読めました。 今の魂が誰であれ、生まれも育ちも、その血肉も、100パーセント、パーフェクトくまさん。 …
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