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魅了持ちの執事と侯爵令嬢  作者: tii
三章

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96神と帝

そしてエリオスは本当の目的の場所へ向かった。


いまだに手入れの行き届いた庭園の最奥、その大樹の根元に──墓と、形の悪い石があった。


苔むしたその石には、手書きでこう刻まれている。

エリオス・セレスティア

ディートリヒ・フォン・エーレンベルク

そして、建国の日付。


幾百年の時を経たその文字の間には苔が生え、風雨の跡が刻まれていた。


その傍に、墓があった。


エリオスは、静かに手を掲げる。

次の瞬間、墓に黄金の粒子が降り注ぎ、それらは意思を持ったように形を成していく。


それは──執事が迎賓館の鏡で見た人物。

軍人の鋭さと、政を動かす帝の聡明さを宿した、威厳ある瞳。


「……寝てるんだから、起こすなよ」

「ディー!」


呼び声が空気を震わせる。

エリオスの顔に懐かしさが広がった。


「ほらな、やっぱり成仏してなかった」

「できるかよ、あんな別れで」

(おれ)に会いたかっただろ?」

「……ああ。もう一度だけ、お前の顔が見たかった」


エリオスは自分で聞いたにも関わらず頬を朱に染める。

絶世の美を纏う神の姿でありながら、その素朴な反応はどこか人間らしく、愛らしかった。

金の光が静かに揺れている。


ユリウスはヴァルターを小屋に横たわらせると、迷いなく一歩を踏み出した。


「ディートリヒ・フォン・エーレンベルク陛下──」

深く一礼し、凛とした声で告げる。


「帝国臣下、ユリウス・フォン・エーレンベルク。お目にかかれて光栄です」

ディートリヒは目を細め、微笑を浮かべた。

「……俺の末裔か」


エリオスは横目でユリウスを見やり、口角を上げる。

「こいつ、余には睨み利かせてたのに、ディーにはちゃんと挨拶するなんて。腹黒い」

ディートリヒは小さく笑った。 


「あっちの背が高いのは俺の末裔で、アレクっていう。ここまで連れてきてくれたお礼に名を継がせたんだ」

「そうだったか」

ディートリヒはアレクを見つめ、頷いた。

執事――アレクは深々と礼をとる。


「セレスティアの名を継ぐ者、私からも礼を言う。エリオスをここまで連れてきてくれて感謝する」

「ありがたきお言葉。名に恥じぬよう努めてゆきます」

「……ねぇディー。ほんとうの子はつくれなかったけど、この国が(おれ)たちの仔みたいなものだよね?」


ディートリヒはゆるやかに頷く。

「無論、そう思ったからそれをよすがにやってきたのだ。お前に生かされた百年を」

その声には誇りと、わずかな疲れが滲んでいた。

ディートリヒは稀代の名帝と呼ばれ、多くの民から敬われてきた。

だがその心の奥では、ずっとひとりの神を想い続けていたのだろう。

エリオスの声が柔らかく震える。

「……気づいてたんだ」

「気づくさ。毎朝お前がマギナの祝福を送ってきていたこと。隕石が降るはずの翌日に、お前が消えたことも」

「それも?」

「ああ。天文官が隕石を発見してな。三日後にはこの地一帯が焼け野原になると告げた。もう、どうにもならなかった。だが――ぶつかる直前に軌道が変わり、存在ごと消えた」

「……」

「そんなことができるのはお前しかいない。案の定、次の日からお前の力は届かなくなった」

エリオスは黙った。

光の粒が彼の頬を照らし、涙がひとすじ、こぼれ落ちた。

「……ディー」

「エリオス、ありがとうな。お前は立派な帝だった。それを……俺がいちばんわかってなかったんだ」

エリオスはもう堪えきれず、ディートリヒの胸に飛び込んだ。

その腕の中で顔を埋め、声を殺して泣いた。

ディートリヒは何も言わず、その髪を静かに撫でた。

「ユリウスといったか」

「はい」

「セレスティアの名を継承する書面の確認をしろ」


その声音には、かつて国を統べた帝の威厳が宿っていた。

長い沈黙と死を越えてもなお、彼が“帝”であることに変わりはなかった。

アレクが恭しくそれをユリウスに手渡す。

ユリウスは眉間に皺を寄せつつ、印章を確かめた。

「国家秘匿永久──承継封緘式文書。効力は現行法でも有効です」

「よし」

ディートリヒは頷き、柔らかく笑う。

「エリオス。お前の意思は継がれるからな」

「ディー、そうだ。これを」

エリオスはアレクの鞄から黄金の果実“陽果(ようか)”を三つ取り出した。

一つはディートリヒへ、一つは自らが手に取り、そしてもう一つを──ディートリヒの墓の隣の土に埋めた。

指先から金色の光が注がれる。

すると、その場で小さな芽が生まれ、瞬く間に瑞々しい若葉を広げた。


神話ではない。

目の前で、生命が生まれたのだ。


土を掘ったはずの手は、少しも汚れていなかった。

二人は並んで庭のベンチに腰を下ろし、黄金の果実を口にした。


「ディー。美味しい?」

「ああ。……しかしお前、相変わらず美しいな」

「……今までそんなの言ったことないだろ?」

「言ってはないが、ずっと思っていた」

エリオスは、また頬を染めた。

「当たり前だろ……か、神さまなんだから」

「もっとよく見たい」

ディートリヒはその頬を両手で包んだ。

指先の温もりに光が溶けていく。

その黄金の瞳には、ただ一人だけが映っていた。


禁苑に風が吹く。

花々が揺れ、夕焼けの橙に染まる空の色が深く変わっていく。


エリオスは真面目な顔で囁いた。

「次は天国で建国する?」

ディートリヒは柔らかく息を吐き、目を細める。

「それは、やりがいがありそうだ。ただ──一番面倒がかかるのは、お前なのは変わらなそうだ」

エリオスは小さく笑い、ディートリヒはエリオスの涙の跡を指でぬぐう。

「……(おれ)を、200年以上もここで待っていたくせに」


二人の身体がゆっくりと光に包まれていく。

やがて輪郭は溶け、風と共に空へ昇った。

「エリオス様!」アレクが叫ぶ。

「あなた様と旅ができてよかった!この上ない幸せな時でした!」


エリオスが手を振った気がした。

残されたのは、新しく芽吹いた黄金の木と、静かな光。

神と帝は、もうそこにはいなかった。

だが、世界のどこかで確かに寄り添い笑っていた。



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