8執事と茶会
翌日、炊き出しを終え、無事に帰還したカーチャたちは、
しばしのあいだ穏やかな日々を過ごしていた。
時が流れ、およそ一月後のこと――
邸宅にはユリウスが訪れ、主と共に静かな茶のひとときを持つこととなった。
「炊き出しまでしていただいたとか。まことに感謝している」
そう述べるユリウスの言葉と共に、女中たちはユリウスより贈られた果実や高級茶葉を、忙しなく、しかし丁寧に受け取っていた。
それらは決して形式的な贈り物ではなく、真心を感じさせる上等の品ばかりであった。
そしてユリウスは、ふと笑みを浮かべ、カップを傾ける。
「また――執事殿の噂も耳にしたよ。あの炊き出しの列、尋常ではなかったそうだね」
「まったく……その美貌には、呆れるばかりだ」
ユリウスの視線がちらりと隣に控える男に向けられる。
執事は、静かに控えたまま一礼し、何も語らずとも、空間の気配を支配していた。
整えられた銀のティートレイ、その上に置かれた茶器は、すべて彼の手によるもの。
その所作には、どこか凛とした気迫があった。
ユリウスは、声をやや低め、話題を変える。
「ただ――ひとつ、気になる話がある。
最近、“舞踏会荒らし”と呼ばれる者が現れたそうだ。
どこぞの伯爵と聞くが、君の執事殿とは対極の存在で、礼節など持たぬ野性味に満ちた男。
その美貌で、数多の令嬢を……“餌食”と呼ぶのは語弊があるが、手ごめにしているという噂だ」
執事のまつげが一瞬だけ影を落とし、茶匙が微かに静かに置かれた。
音なき威圧、それだけで場の空気がひきしまる。
ユリウスは続ける。
「その者がこう言っている。
“件の地域で慰問の折に歌っていた令嬢――その名を教えろ”と」
あの慰問は、ユリウスからの秘密裏の依頼であり、
それに応じたことも広く知られてよいものではなく、大掛かりに探されるような事態は放置できない。
「……ああいった会が苦手なのは存じている。
だが、どうか。次の舞踏会に、ご出席いただけぬか」
静寂の中、カーチャは執事の気配を感じ取っていた。
彼は何も語らぬが、その背には、
「命じていただければ、いつでも動ける」
――そんな覚悟が、たしかに漂っていた。
茶会の終わり際、ユリウスはこともなげにそう言った。
「このあと少し、執事殿をお借りしてもよろしいか?」