6執事と慰問
日が沈み、惨状の跡を静かに見て回ったわたくしたちは、
かつて教会だったという石造りの広場に辿り着いた。
折れた柱。崩れた鐘楼。
焼け焦げた木々と、それでも消えぬ祈りの痕跡。
民は息をひそめるように集まり、わたくしの前に立つ。
老いた者、母を求める子、力なくうずくまる男たち。
執事は何も言わず、背後に控えていた。
ただ、その目が、わたくしに全てを託しているのを感じた。
わたくしは一歩、石畳の中心へ進み、
胸に手を当て、そっとまぶたを閉じた。
そして、静かに――歌い始めた。
誰も声を発さなかった。
ただ、その場にいた全員が、胸の奥に触れられたような顔をしていた。
わたくしは繰り返す。もう一度、静かに。
高らかに歌うのではない。
まるで神に祈るように、心の奥底から、ただそっと。
そのとき――
空気が変わった。
崩れた屋根の隙間から月光が差し、
歌声に重なるように、一筋の光が射した。
誰かが息を呑んだ。
そして、誰かが泣いた。
「……天使、さま……?」
震える声が、そう洩れたのが聞こえた。
わたくしは目を開けず、ただ、祈りを歌い続けた。
この地の人々の心に、ほんの少しでも明日が灯るならば。
そのために、わたくしは、この声を捧げましょう。
――どうか、届きますように。
ーーー
歌が静かに、まるで露のように広場を包み込んでいったときのこと。
その澄んだ音色は、
民の胸に染み渡るだけでなく――
執事の胸の奥深くにも、確かに触れていた。
彼はただ黙って、微動だにせず立っていた。
けれどその瞳は、カーチャを見つめる瞳は、どこか痛ましいほど優しかった。
そのとき――
会場の端に、ひときわ目を引く男がいた。
ひときわ美麗で、ひときわ背が高い
月光に銀の縁をまとい、民の中にあってなお異質に際立っている
彼はその場に立ち尽くしていた。
その手は胸元を押さえ、
顔をわずかにしかめ、苦しげに息を整えていた。
ーーーー
「……なんて、すてきな声」
その男の傍らで、目を閉じた女が、ぽつりと呟いた。
視えぬ彼女は、目に代わる感覚をすべてその「声」に注いでいた。
「……心の奥に、やわらかいものが触れたような、そんな気がして……」
その声に、男は答えなかった。
答えられなかったのだ。
なぜなら――彼もまた、
胸の奥でなにかが疼くような痛みを感じていたからだ。
“これは、ただの歌ではない”
“これは――”
彼の中で、何かが、ゆっくりと目を覚ましつつあった。
それは、かつて感じたことのない種類の「恐れ」であり、
そして同時に、
“触れてはならない”と思いながらも、
**どうしても目を逸らせないほどの「引力」**だった。
盲目の少女は何かを察して彼のほうを向いた。
「ヴァルターさま…?」