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魅了持ちの執事と侯爵令嬢  作者: tii
一章 帝都セレスティア
5/76

5執事と馬車

「どうして、あの場で無実だと言ってくれなかったのですか」


小さく、けれど確かに問いかけるカーチャに、執事は少しだけ目を伏せた。


「……ですが、わたくしは、口を挟める立場にはございません。

貴女様のお立場を、誰よりも理解しているつもりでございます」


その声音は、静かで、けして冷たいものではなかった。


「……そうね」

カーチャはわずかに瞳を伏せ、遠い昔を思い出すように微笑んだ。


「それでもカーチャ様。あなたが慰問をお受けになったのには、何かお考えがあってのことでしょう」


執事の問いかけに、カーチャはゆるりと視線を向ける。


「無論よ。ユリウスが、あの地域に手を焼いているという話は、わたくしも耳にしていたの」

「……だからこそ、少しでも民の心を和らげることができるなら」


小さく、けれど毅然とした声音だった。


「……しかしながら、ご体調が心配です」


執事はゆるやかに馬車の揺れに身を任せながら、わたくしにだけ届く声でそう告げた。


「……歌は、カーチャ様の体力をかなり使います。

どうか、ご無理はなさいませんように。

……そして何より――感情を込めすぎないよう、お願い申し上げます」


その声音は、凍てつくような外の風とは対照的に、深く、やさしい響きを帯びていた。


わたくしは少しだけ、目を閉じた。


――どうして、あなたはわたくしに優しいのかしら。


「……わかっています。」


わたくしは、執事の美しい顔を見つめる。

いつも、どこでだって、彼はわたくしにつき従い、

そっと背中を押し、黙って支えてくれる。


風が冷たく吹き抜けるなか、

慰問への道を馬車で揺られていた。


窓の外は、まるで沈黙のように暗かった。


わたくしは、

ほんの少しだけ――揺れに疲れたふりをして、

執事の肩に、そっと身体を預ける。


彼は驚く様子も見せず、

静かに、しかし確かに、わたくしを受けとめた。


その体温に安心した。いつか、こんなことがあったのだろうか。

今は少し眠くなって思いだせないけれどーーー


「……カーチャ様」

低く落ち着いた声が、耳もとに落ちた。


わたくしは、答えない。

けれど、答えないことが、すべてだった。


この胸に灯る微かなぬくもりが、

かけがえのないものであると、わたくしは知っていた。

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