4執事と取引
「……本当に、そんなことが」
ユリウスは感嘆の息を漏らした。
「……取引、というわけではありませんが」
カーチャはゆるやかに瞬きした。
「取引……?」
「実は先日、僕のもとに泣きついてきた令嬢がいたのです」
ユリウスは、やや苦笑しながら続けた。
「そちらの――執事殿のことで」
その瞬間、カーチャの表情がぴたりと止まった。
すぐに紅茶に目を落とし、静かに言葉を返す。
「それは……よくあることです。
少し目を合わせただけで“恋”をしたと仰られる方々は……」
「彼女は“愛し合った”とまで言っていました」
ユリウスの視線が執事に向けられる。
だが執事はただ、静かに微笑んだままだ。
「政治的に……強い筋のご令嬢でして」
ユリウスは、紅茶の香りに目を細めながら言葉を続けた。
「もちろん、好いた腫れたは時の気まぐれでもあります。
ただ……あなた様の執事殿、少々“おいた”が過ぎることがあるようで」
カーチャは頬に手を添え、涼やかに首をかしげた。
「“おいた”とは……?」
「すべてはお伝えできませんが……。
彼女の心には一生の記憶となって残ったようです。困ったことに」
ユリウスはにこりと笑った。
「……ですが、僕でしたら、その事実を“なかったこと”にすることができます」
言外に漂うのは、抑制された政治的圧力。
執事は静かに、何も言わず、ただ主の背後に控える。
カーチャは小さく溜息を吐いた。
「老齢の父に政ごとで余計な悩みを抱かせるわけにもいきません……」
それが、名門侯爵令嬢の選んだ答えだった。
「最初で最後。そう約束していただけるのでしたら。」
かくして、カーチャはその慰問の依頼を引き受けることになった。