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魅了持ちの執事と侯爵令嬢  作者: tii
一章 帝都セレスティア

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39隣国の女帝

金細工と瑠璃色のモザイクが天井を覆い、赤絨毯の先には、宝石を鏤めた高座が鎮座していた。

燭台に揺れる光が、壁一面に飾られた美男の肖像画や、戦勝記念の軍旗を照らし出す。


ここは、隣国──“太陽の王国”と称される帝国の、女帝が治める玉座の間。


玉座には、金と緋のドレスに身を包んだ女帝が、片肘をついていた。

髪には孔雀の羽根とダイヤが編み込まれ、長いまつ毛の奥にある琥珀の瞳は、今、氷のように冷たい光を帯びていた。


「……メガネ」

その呼び声に、玉座の下に控えていた中年の男が、怯えたように身を震わせる。

腹の出た軍服の上に勲章を並べたその男こそ、参謀長官。

東方の島国の最高学府を出た知恵者であったが──この女帝のもとでは、もっぱら“豚”として扱われていた。


「あなたの言う通り、“名ばかりの元帥”に恥をかかせて、帝国の威信を下げるはずだったのよね?」


「女帝陛下……計画自体は、たしかに──」


「失敗したのよ!!」


玉座が音を立てて軋む。女帝は立ち上がり、扇子を振りかざした。

「わたくしの軍が、あの美形の色男に……っ、全員手玉に取られたっていうの!? あなたの“戦略”で!?」


「……も、申し訳──」


「豚豚ぶたぶたっ!!」


金細工の扇子が参謀の禿げた頭を何度も叩く。

扇子が折れ、きらりと床に散る宝石が音を立てた。


「このぶたっ! 軍をなめて、わたくしの面目を潰すとはどういうこと!?

 もう一度言ってごらんなさい、“計画通り”ですって!? もう一回だけ言ってみなさいよ!!」


顧問は地に額を擦りつけ、泣きながら叫んだ。

「ご、ご無礼を……! しかしあの元帥、いや“男娼風情”がここまでとは──!」


「黙れ黙れ黙れぇぇぇえええええ!!!」


女帝は鼻を鳴らし、ぐるりと玉座の間を見回す。周囲には、顔の良さだけで取り立てられた半裸の美男たちが控えているが、その誰もが沈黙し、気配を殺していた。


「……顔はいいけれど、使えないわね。どうせ喋れば馬鹿が露呈するもの。見せ物にもならないわ」


彼女はドレスの裾を払って、苛立ちを押し殺すように座り直した。


「それにしても──」


女帝はふと、宙を睨むように視線を遠くに投げた。

「あの堅物のユリウスが、男娼なんて囲っていたとはね」


眼鏡の顧問が小さく呻くように言葉を継ぐ。

「も、もともと婚約を申し込んでいた第二皇女殿下の件も……」


「断られたわよ、何度も!あの男、わたくしのモモを何度も何度も門前払いにしたくせに……」


女帝は口元を歪めた。


「それでいて、色男を連れ回して、手を取って、膝をつかせて……?滑稽な話ね」


そして、女帝の表情がふと柔らぎ、狂気じみた笑みに変わった。

「……その面構え、この目で見てみたいわ」


「所詮男なんて……金と地位と、女をちらつかせればすぐになびくものよ」


その声には明らかな侮蔑と自信が滲んでいた。


「ユリウスの“宝物”……奪ってやろうじゃないの」


玉座から片手を上げ、命じるように言い放つ。


「書簡を。そうね……“このたびの演習での敗北を深く反省し、戦術面での助言をいただきたく──”……そう記して招きなさい。あの色男を、わたくしのもとへ」


顧問は額を擦り付けたまま、舌なめずりするように呟いた。


「……かしこまりました。」


玉座の間には再び沈黙が落ちた。だが、それは嵐の前の静けさに他ならなかった。





戦勝祝宴を前に、帝国本部では準備が慌ただしく進んでいた。

一方、療養室の一室には、ヴァルターが静かに横たわっていた。


上半身には包帯が巻かれ、その上から白いシャツを羽織っているが、前は留めていない。

額にはうっすら汗、呼吸は浅く、眠っているようで眠れていない。


扉が静かに開き、ユリウスが入室する。手には水と薬、それから包帯を巻き直すための小箱。

寝台に近づくと、ヴァルターが薄く目を開けた。


「肩の具合はどうだ?」


「殿下……」


「少し見せてもらうぞ……失礼する」


ユリウスは寝台に腰を下ろし、シャツの隙間から傷の様子を確かめる。

見れば、包帯の隙間から赤みがにじみ、痛々しい。


「……痛むか?」


「……別に」


言葉とは裏腹に、顔は少し引きつり息が荒い。

ユリウスは静かに息を吐き、包帯に手をかけた。


巻き直すために肌に触れた瞬間、はっと目を見開く。


「──熱いな。ひどい熱だ」


言ったその時だった。

ふらついたヴァルターの身体が、前に傾いてくる。


「……おい」


思わず両手を差し出し、支える。

抱きとめた形になった瞬間、ヴァルターがそのままユリウスの胸元に顔をうずめた。

なついた犬猫のように顔を寄せ頬を頬にすり合わせる。


「……冷たくて、気持ちいいな……」


潤んだ目を閉じ、ほっとしたように手をおろしたまま体重を預けている。

熱を帯びた体温が、布越しに伝わってくる。


「……まったく」


ユリウスはわずかに眉をひそめたが、離すことはしなかった。


やがてヴァルターの身体から力が抜け、ユリウスの胸元にもたれかかったまま、眠りに落ちる。

ユリウスはそっと姿勢を整え、静かにその肩を抱いた。

規則正しい寝息が聞こえ始める。


その美しい寝顔を見て、ユリウスは

──自らの顔を傾け、額に静かに口づけを落とす。


それは、何の迷いもなく、驚くほど自然な動作だった。


「おまえが、……生きていてくれてよかった」

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