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魅了持ちの執事と侯爵令嬢  作者: tii
一章 帝都セレスティア
31/100

31執事の試験

──試験まで、あと1週間。


執事の言葉により、リーゼの課題曲が告げられてから数日。

彼女は離れの音楽室にこもり、まるで取り憑かれたようにピアノに向かっていた。


課題はリスト作《メフィスト・ワルツ第1番》。

激情と誘惑、そして悪魔の躍動を描く難曲。

技巧も感情も、すべてをむき出しにして挑まねばならない。


──まさに、“魂を試す”ような曲だった。



試験当日。


扉が静かに開かれ、空気が変わったのをリーゼはすぐに感じ取った。

踏み込んだ足音は驚くほど整っていて、無駄がない。

気配の輪郭はまっすぐで鋭く、どこか冷たさすら感じさせる。


「お入りなさい、リーゼ嬢。準備はよろしいですか?」


「……はい。お時間、頂戴いたします」


リーゼは深く頭を下げた。

姿勢は整い、声音は穏やかで上品。まるで妖精のように可憐。

だがその内心には、まったく異なる感情が渦巻いていた。


(“試験”ね……ずいぶん丁寧な建前だこと。

 どうせ、“選別”のつもりなんでしょ? わたしみたいな娘は、篩にかけて落とすのがやつらの常、だものね)


執事が歩み寄る気配に合わせて、リーゼはゆっくり椅子に座る。

目は閉じたままだが、呼吸の深さ、風の流れ、空気のわずかな動きすら、彼女は感じ取っていた。


「課題曲は、リスト作《メフィスト・ワルツ第1番》。

時間制限は設けません。あなたの“音”を、聴かせてください」


「……承知いたしました」


(甘く見るな。……わたしの音が、どれほど“本気”か)


指を置く前に、リーゼは静かに深呼吸をひとつ。

祈るように息を整え、そのまま鍵盤に触れた。


──第一音。


低く、深く、そして鋭い。

黒い静寂の中から響くような音が、室内に広がっていく。


そこから紡がれる旋律は、不安定ながらも、強い意志を伴っていた。

跳ねるようなフレーズ、崩れかける和音、突き刺すような強音。

それは、彼女自身の怒り、悲しみ、そして誇りの叫びだった。


──技術は未熟。

けれど“立ち向かう者”の音が、そこにはあった。


演奏が終わり、静寂が戻る。


リーゼは息を整えながら、手を膝に置いた。


「……お耳を、汚していなければよろしいのですが」


その声音は、かすかな震えを含みながらも、控えめで美しかった。

盲目の少女が、一生懸命に弾いた──そう見えるように、意図して作った声だった。


(でも実際には、“わたしの音をなめるな”って叩きつけたのよ)


執事は、しばし沈黙したのち、一歩だけ前へ進み出た。

その動きには一切の揺らぎがなく、気品と厳しさを湛えていた。


「……ご苦労さまでした」


「はい。ありがとうございます」


(さあ、どう出る?)


「音の精度は荒削り。指使いにはいくつか癖が見られました。

ですが、……その音には、“立ち向かう者の意志”が宿っていた」


リーゼの心が、静かに跳ねた。


「よって──この試験、合格といたします」


「……っ、恐れ……入ります」


かすかに笑って顔をうつむける。

けれど胸の内では、鋭く爪を立てた勝利の歓喜がひしめいていた。


(やった。やっと、ここまで来た。

わたしの音が、この人に届いたんだ)


執事は言葉を続けた。


「とはいえ、油断はなさいませんように。

慰問までは三週間ございます。

“魂”があるだけでは、舞台には立てません。

あなたの“音”が、より確かな技巧を伴うことを期待しております」


「……はい。よりよいものを、必ず」


執事は一礼し、足音ひとつ立てずに部屋を出ていった。


残された音楽室に、静寂が戻る。

リーゼはひとつ息を吐き、もう一度ピアノの前に座った。


指先が鍵盤に触れる。


(……楽しい)


小さく、ぽつりと漏れた声。

その言葉に、自分で少し驚いた。


認められた。

本物を知る人に、正面から。

努力が届いた瞬間──それが、ただ嬉しかった。


(こんな気持ち……初めて)


胸の奥が、じんわりと熱い。

誰にも聞かれなくていい。ただ、この気持ちだけは消したくなかった。


(……もっと弾きたい。もっと、驚かせたい)


怒りや悲しみではない、あたたかな気持ちが、静かに芽を出していた。

***あとがきミニ台詞***


ユリウス:……ん、レオン書記官。何か落ちたが……。

レオン:ッ!? あ、ああああああ殿下それはちがっ……!!

(よりによってこのタイミングで……殿下と野薔薇の……寝台18禁絵ッ!!)

ユリウス:(静かに広げ)……ふむ。これは……?

ヴァルター卿と……。……わたし、か?

(絵を見つめながら、ほんのわずかに眉をひそめる)

ユリウス:……。(そのまま絵を巻き直し、無言で懐へ)

──没収だ。

レオン:ひぃぃぃぃぃぃ……申し訳ございませんんんんん!!

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