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魅了持ちの執事と侯爵令嬢  作者: tii
一章 帝都セレスティア
30/100

30執事の提案

本邸の午下がり。風は穏やかで、庭の噴水が陽にきらめく。

カーチャは書物を閉じ、しばし耳を澄ませた。


遠く、微かに、音が聞こえる。


──旋律。

まだ拙い。けれど、胸に刺さる何かがある。


「……あれは?」


問いに応じたのは、すぐ傍らに立つ執事。

漆黒の髪に金の瞳、その佇まいは、どこかこの世のものとも思えぬほど整っていた。

光を背にしても尚、彼の横顔は完璧な彫刻のように美しく、

庭に咲くどの花よりも静謐で気高かった。


「リーゼにございます。あの娘、日ごとに音が変わっております。

魂に響かせる術を、身につけはじめたようで」


カーチャは目を伏せ、しばし沈黙した。

その胸にあるのは、貴族としての責務と、ひとりの人間としての慈しみ。

高貴な理性と、庶民に寄り添う優しさが、内に矛盾なく並び立つ彼女ならではの静けさである。


「先の慰問に……彼女を、連れて行きましょうか」


「ふむ……。

そうなさるのであれば、……わたくしより試験を実地しましょう」


カーチャは微笑んだ。


「それがいいわね」


執事は小さく頷き、懐から譜面を一枚取り出した。

指先まで美しいその動きは、ひとつの芸術のようであった。


「課題曲はこちらにしましょう。リスト作《メフィスト・ワルツ第1番》」


カーチャの目が見開かれる。


「……リーゼさまにその曲を?」


「激情、誘惑、そして悪魔。

これを制するならば、堂々と帝都の舞台にも立てるでしょう」


「ずいぶん……手厳しいですね」


「甘さは、あの娘の未来を奪います。

才能があるからこそ、篩いにかけるべきです」



離れの音楽室。

クラリッサから告げられたその瞬間、リーゼの指が止まった。


「……試験?」


「はい。執事様が、直々に」


続いて手渡された点字譜面を指先で撫でる。

そこに記されていたのは──《メフィスト・ワルツ》。


(は?)


一瞬、血の気が引いた。

だが、その感情は、別の熱にすぐに上書きされる。


(いきなりそんな申し出を……しかもこんな難しい曲を)


リーゼの唇がわずかに吊り上がる。


(──やってやるわ)


繊細で穏やかな顔の下に秘めたもの。

それは、絶対に這い上がってみせるという意志。

自分を拒む世界に、気取った貴族のやつらに、怒りがこみ上げる。


(あいつらみんなして、わたしをとじこめて、小鳥かなにかだとおもってるのかしら?

わたしが可哀想な“盲目の娘”だから、上からめせんで。

癒し? 慈しみ? ふざけないで。──わたしはそんなのじゃない)


拳を握りしめた指の白さが、彼女の決意を物語る。


「ありがとう、クラリッサさま。……頑張ります」


少女は微笑んだ。

その笑みは、妖精のように可憐だった。


クラリッサが退室し、静寂が戻る。


リーゼはピアノの前に座り、深く息を吸った。


(この曲を制するには、きっとただ弾くだけじゃ足りない。

わたし自身が、“悪魔”にならなくちゃ。

簡単な事。わたしのこころに居座る、悪魔を呼び寄せるの)


指先が鍵盤に触れる。

第一音は、黒く、深く、底なしの響き。


(──カーチャさま、執事様。それから、ヴァルター、世の中全部!

わたしの音の前に、ひれ伏せさせてやる……!)


音楽室に、魔の前奏が静かに立ちのぼった。

***あとがきミニ台詞***


カーチャ:どうして胸元に楽譜が……?

執事:いかなる事態にも対応できてこそ、わたくしはあなた様の執事にございます。

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