14執事と貴公子
その夜の舞踏会は、ユリウスの主催により、豪奢の極みとも言える催しであった。
白大理石の階段、煌めくシャンデリア、絹のカーテンが風にそよぎ、バロックの弦楽が会場を満たしていた。
あの時の衣装に似た白銀色のドレスに身を包んだカーチャ様は、群衆の中にあってひときわ凛と輝いていた。
その傍らには、深紅のヴェルヴェットに黒を効かせた、執事が静かに控えていた。
品格と冷気を帯びた美貌、その立ち姿すら装飾の一部と化す存在。まるで玉座に侍る黒曜石の衛士のようである。
カーチャは会場中央のソファに腰をかけ、時折来賓たちに挨拶を返していた。
「まるで、おとり捜査をしているみたいね……」
執事は唇の端だけで静かに微笑んだ。
「しかしながら、カーチャ様。……いつもながら、ひときわお美しい。
この会場に咲く白薔薇、そのものにございます」
「……よく言うわ」
視線をそらして小さくため息をつくカーチャ様。
その瞬間だった。
会場の入口がざわついた。
視線が一斉に集まる。
そして、すべての喧騒が、吸い込まれるように沈黙へと変わった。
“野薔薇の貴公子”と噂される人物が姿を現したのだ。
燦然たるプラチナブロンドの髪に、全てを見透かすような金色の双眸。
端正にして、どこか獣じみた野性味を纏う美貌の青年──
その不完全さすら魅力として輝かせる気配は、執事とはまた異なる類の美しさであった。
見る者の心を、気づかぬうちにからめ取る。
まるで薔薇の茨が、香りに酔った魂を絡めとるように。
男はゆっくりと、しかし確かな足取りで会場を横切り、
カーチャ様の前へと進み出る。
そして言った。
「……あなたさまが」
ひと息分の静寂。
カーチャの前に颯爽と跪きこう言ったのだ。
「──あなたを探し求めていた。
いかなる花も、その気高き美には遠く及ばず、
その声は、夜明けに響く竪琴よりも清らかだ。
どうか……この身をあなたの伴侶としてお受け取り願えますか」
会場がどよめいた。
唐突な求婚、しかしその眼差しには一片の冗談も浮つきもなかった。
貴族たちはその美しき“野薔薇”の告白に酔いしれ、誰もがその続きを見届けることを願っていた。
だが、カーチャの隣に立つ執事は冷ややかにその光景を見つめていた。
(まったく――やってくれる)
その様子を、会場の奥から鋭く見つめる者がいた。
主催者たるユリウスである。
青の双眸が理性を宿し鋭くとらえ、執事と“野薔薇の貴公子”──ヴァルター卿の姿を静かに照準した。
まるで観察対象に興味を抱いた、冷静なる学者のように。
(……想定外、だな)
ユリウスの瞳に、一瞬いら立ちの色が灯った。
だがすぐに、それも深い静謐に沈んでいく。
さて、わたくしも挨拶させていただこうか。
――これは、ただの舞踏会ではなく。
一つの運命の夜の、幕開けであった。




