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魅了持ちの執事と侯爵令嬢  作者: tii
一章 帝都セレスティア
1/78

1執事とわたくし

その男は、美しすぎた。


微笑ひとつで場を支配し、視線ひとつで人の心を縛る。

美であることが、神の祝福であると同時に、呪いだった。


「……お前が、その“魅了”の力で、私を操っていたというのではないか」


──違うと、言ってほしかった。

たった一言、それだけでよかったのに。


彼は、微笑を崩さず、何も言わなかった。


国家反逆罪。


信じた。

惹かれた。

共にいた。


……ほんの少しずつ、歪んでいった。


もし、一言だけ伝えていたら。

もし、あの日、熱をかわさなければ。


違う未来があったはずだった。





「……ふう。」


馬車の窓に額を寄せ、わたくしは小さく息を吐いた。

夜の街は仄暗く、灯のひとつひとつが、まるで誰かのため息のように揺れている。


また今夜も──同じことの繰り返しだった。


舞踏会。華やかな装い。繰り返される社交辞令と、欲望の視線。

けれど最も多くの視線を集めていたのは、わたくしではない。


──執事だった。


わたくしの執事は、あまりに完璧すぎるのだ。

姿勢、仕草、声音、間の取り方、すべてが洗練されていて、隙がない。

そして何より──目を奪われるほど、端整な顔立ちをしている。


それは、“見惚れる”という言葉の意味を改めて思い出させるほどに。


「何かございましたか、カーチャ様」


馬車の揺れの中でも、彼の声は寸分の乱れもなく、静かに届いた。


「……ご令嬢方に囲まれて、つぶされそうになったわ」


「申し訳ございません。カーチャ様の装飾品としては、目立ちすぎていたようで」


わたくしは窓に映った己の姿へ、そっと視線を落とす。


銀糸のような髪、青白い肌、細い肩と華奢な輪郭。

舞踏会に集う、豊満で華やかな令嬢たちの中では、どうしても頼りなく映ってしまう。

それが嫌だと感じるほどではないが──褒められた経験も、そう多くはない。


「……装飾品は、持ち主を引き立てるもののはずよ?」


小さく、独り言のように零す。

彼は黙って笑みを保ち、わたくしを見た。


「左様でございます。ですが──引き立てられた主を、今宵も何人もの紳士方が引き留めておられました」


その声は柔らかく、けれどどこか揶揄のようでもあった。

わたくしは目を細め、返す言葉を選ばずにいた。


……たしかに、何人もの紳士が言葉をかけてきた。

舞踏への誘いもあったし、政務の話を遠回しに持ちかける者もいた。


けれど、どの言葉も、彼の声ほどには胸に残らなかった。


わたくしは、帝国を支える五大侯爵家のひとつ──

ヴァルトハイム家の、ただひとりの跡継ぎ。カーチャ=フォン=ヴァルトハイム。


両親は高齢で、すでに政務の表には立っていない。

ゆえに、この屋敷も、領地も、家名も──いずれはすべて、わたくしが継ぐ。


だからこそ、わたくしの周囲には常に、誰かの思惑が渦巻いている。


婿として入り、形式上の夫となり、わたくしの“背後”を手に入れようとする者たち。

わたくしという存在を通して、帝国に影響を及ぼそうとするその視線が──いつも、冷たい。


彼らが見ているのは、わたくしではない。

わたくしの“価値”と“立場”だけだ。


けれど、この男だけは──

誰より近くに仕え、誰より深く知りながら、

わたくしを“手に入れよう”としない。


それが不服なわけではないけれど──少しだけ、癪に障る。



これだけ、近くにいるのに。



その夜、わたくしはなかなか眠れなかった。

舞踏会の音楽の残響が、胸の内でしつこく響いていた。

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