第9話「特別枠の孤独と挑戦」
──俺は、チームに属していない。けれど、フィールドに立つことは許された。
それが「特別枠」という立場だ。
正式なメンバーではなく、セレクション合格者でもない。
ただ“観察対象”として、ジュニアチームの端っこに立っている。
「おーい、Bチーム、集合!」
コーチの声がグラウンドに響く。
年長の子どもたちが駆け出す中、俺はひとり、隅で待っていた。
最初の練習日、俺は“見学”から始まった。
コーチの配慮なのか、警戒なのか──それともただの遠回しな拒絶か。
だが俺は動じない。
影の実力者は、注目されるよりも「静かに結果を出す」のが仕事だ。
しばらくして、アシスタントコーチが近づいてきた。
「君は……じゃあ、あっちのミニゴールでパス練しててくれる? ひとりでできるよね?」
その声色に、悪意はなかった。
けれど、その響きは──明確な「区別」だった。
⸻
午後の後半、やっとコーチが俺を呼んだ。
「じゃあ、君はこの基礎ドリルに入ってみよう。スピードは落としていいからね」
そこには年中組の子たちが5人ほど並んでいた。
1人だけ異様に小さな俺が並ぶと、全員が驚いたようにこちらを見る。
「……赤ちゃんもやるの?」
「足、届くの?」
言葉の棘に、心が揺れそうになる。
けれど、俺はただ無言で列に並んだ。順番が来るまで、呼吸を整えながら。
そして──俺の番。
「いけるか?」
コーチの問いかけに、小さくうなずく。
コーンをジグザグに抜け、ターン、ドリブル、パス。
わずか10秒のコースを、完璧な動きでこなした。
「あれ……すご」
「……まぐれじゃないよ、あれ」
だが、拍手は起きない。
仲間の輪もできない。そこに生まれたのは、「距離」だった。
⸻
その日の練習が終わった後、父と一緒に車に戻る。
「今日はよくやったな。孤独だったろ」
静かにうなずいた俺に、父は何も言わず、頭を撫でた。
帰宅して夕食を終えると、父が言った。
「少しだけ外に出るか。今日できなかったこと、復習しよう」
近くの公園。夜風が少し冷たい中、俺たちは照明の下でボールを蹴る。
ターンの角度。パスの受け方。重心の調整。
「お前の動きはいい。けど、伝わらなきゃ意味がない。
みんなに“仲間にしたい”って思わせなきゃ、ただの天才で終わる」
父の言葉は、いつも少し厳しく、でもまっすぐだった。
――
──次の週。再びグラウンドへ向かう朝。
心は、ほんの少し軽くなっていた。
特別枠という名の壁は、確かに高い。けれど、その壁を超える術は、確実にこの小さな体に刻まれている。
その日の練習は、ポゼッションゲームから始まった。
5対5の形式。俺は補欠組にいたが、1人の怪我により交代出場の声がかかる。
「陽翔、行けるか?」
「はい」
ピッチに立った瞬間、風景が変わる。
地面の感触。仲間の声。相手の目線。すべてが、挑戦の合図だった。
試合は速いテンポで進んだ。
年上たちはパワーで押してくるが、それだけじゃない。
スペースの使い方、プレッシャーの強さ、全てが“本気”だった。
その中で、俺は“違い”を見せた。
ワンタッチでのリターン。鋭いターンからの縦突破。
小さな身体だからこそできる重心移動。
そして、決定的な場面──相手のパスをカットし、そのままドリブルで持ち込んだ。
センターバックが詰めてくるのを見て、逆サイドへラストパス。
走り込んだ武田が、それをワンタッチでゴールに沈めた。
「陽翔ナイス! あのパス、完璧!」
ベンチからも歓声が上がる。
コーチの一人がメモを取りながらうなずいた。
その視線はもう、“特別枠の子供”ではなかった。
――
紅白戦が終わり、選手たちが戻る頃。
俺はベンチで黙って水を飲んでいた。
するとコーチが近づいてきて、俺の前にしゃがみ込んだ。
「……陽翔、今日のプレーは素晴らしかった。特に、あのカットからのラストパス。完璧だったよ」
俺は小さく頷くだけだった。
コーチは笑って、少しだけ声を落とした。
「正直なところ、最初は“お披露目だけ”のつもりだった。君がどれだけできるか、数回見て終わるって。でも、今は違う」
その目は真剣だった。
俺が死んで、赤ん坊に転生して、ゼロからここまで積み上げた時間。
それを、少なくとも“努力”として受け止めてくれた証だった。
「来週からは、正式にチーム練習に合流してもらう。……おめでとう」
その言葉に、心がじんわりと温まる。
影から一歩、陽の光の中へ。
⸻
帰りの車で、父は俺をチラリと見て言った。
「お前は今日、何かを越えたな」
「……うん。やっと、スタートラインに立てた気がする」
「次は何を狙う?」
「……チームの中心。それから、キャプテンを超える」
父はふっと笑った。
「それなら、その先にある景色も、もう見えてるんじゃないか?」
俺は窓の外を見た。夜の町並み。遠くのスタジアムの光。
目を閉じると、歓声が聞こえた気がした。
──影の実力者は、やがて真の主役になる。
そう決めたその日から、俺の挑戦はまた一段階、加速していく。