第4話「影のメニュー、園にバレる」
俺が保育園に通い始めたのは、1歳9ヶ月のときだった。
当然、普通の赤子として入園している。
いや、むしろ「よく動くけど、ちょっと大人しい子」という評価だった。
──当然だ。影の実力者は、表では騒がない。
前世で学んだ。「目立ちたがりはすぐ潰される」
真の実力者は、沈黙の中で力を蓄えるものだ。
俺は“普通”を装いながら、影のメニューを日々こなしていた。
内容はこうだ:
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【影の幼児向けフィジカルメニュー Ver.1.3】
・片足立ちキープ(目標:20秒)
・ブランコ上でバランス保持
・鬼ごっこでは常に“追う側”を選択
・階段ダッシュ(保育士の目を盗んで)
・鉄棒で“ぶら下がり耐久”
・食後の時間は座禅で集中力強化(※寝てるふり)
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これらを毎日こなしていた。
目的は、“才能”ではなく“鍛錬”で勝つため。
世界に出る前に、この肉体を最高の状態に仕上げるためだ。
だが──それでも、影は時に光を漏らす。
事件が起きたのは、園庭でのボール遊び中だった。
他の園児が転がしたボールが、意図せずコースを外れ、隅のフェンスに向かった。
先生が止める間もなく、ひとりの女の子がヨタヨタと走り出す。
転びかけた。危ない──!
俺は、即座に動いた。
反応速度0.4秒。
ボールと女の子の位置を瞬時に計算し、走る。
足を出し、ボールを斜め45度に“トラップ”。
女の子をかわし、体でブロックして、ゆっくりと差し出す。
「……だいじょぶ?」
口ではそう言ったが、心の中では叫んでいた。
(しまった──反射で動いてしまった!)
周囲が静まった。
保育士の先生は目を丸くしていた。
「陽翔くん……今、あれ……足で止めたよね……?」
他の園児たちも目をぱちくりさせていた。
だが一人、ただならぬ眼差しで俺を見ていた人物がいた。
──担任の先生、武井あすか。22歳、体育大卒。
元なでしこユース候補。
引退後、保育士の道に進んだ“ガチ目の元アスリート”。
「……あの子、今……ボールを“止めた”んじゃない。
“トラップ”してた。まるで、意図して……」
彼女の目が鋭くなったのを、俺は見逃さなかった。
クソ……影の立場、崩壊の予兆か……?
* * *
その日から、あすか先生の目線が妙に刺さるようになった。
リトミックの時間、ボール運動の時間、自由遊び──
ことあるごとに俺を見てくる。
いや、試してきている。
左足のパスボール。高い位置からのループ。
偶然では対応できないシチュエーションを“演出”してくるのだ。
──ふっ、望むところだ。
影は、光に試されてこそ輝く。
だが俺はまだ、牙を見せない。
いずれ、こいつにも分かるだろう。
俺がただの赤子じゃないってことを。
そう、世界を制す“真のストライカー”が、今ここに──
まだ“影”として存在していることを、な。