第3話「父、覚醒」
天才は、時に静かに、時に唐突に現れる。
だが俺の場合──
“赤子がリフティング3回成功”というバグ技で、存在を知らしめた。
それが起きた日、風間家には異様な空気が流れていた。
母は混乱していた。「奇跡だ」と泣きそうな顔で叫んでいた。
でも、父は違った。
元プロ。世界を知る男。風間勇一の目は、笑っていなかった。
あの目は、戦場でしか見たことがない。
才能を見つけた者が、それを“武器”として確信したときの光。
──俺の父が、ついに気づいたのだ。
この赤子、ただ者ではないと。
* * *
「おい陽翔、これ……蹴ってみろ」
父が出してきたのは、サッカーボールではない。
小さな、赤ちゃん用のラトルボール。軽く、握りやすく、安全。
だが、あの目で差し出された瞬間、それが“試練”だとすぐに分かった。
“こいつは偶然じゃない。自分の意志で蹴った”
あの瞬間の記憶が、父の中で確信に変わっている。
俺はボールを見つめ、ゆっくりと足を上げた。
赤子の筋肉では、バランスを取るだけでも至難。
だが──
ポン。
ボールは音を立てて床を弾み、跳ね返った。
今度は父の足元へ。
「……!」
父の目が見開かれる。
「……これは、偶然なんかじゃない」
低い声だった。震えていた。
「こいつ……陽翔は、“見えている”。蹴るという動作の意味を、理解している……!」
プロの血が騒いだのだろう。父の目が変わった。
かつて試合前に見た、猛獣のようなそれだった。
* * *
翌日から、父の“実験”が始まった。
おもちゃのボールを3種類用意。材質、重さ、大きさが微妙に違う。
それぞれをランダムに出し、俺に蹴らせる。
この段階で、完全に「赤ちゃんへの遊び」の域を超えていた。
「ほう……陽翔、お前……これは?」
父が差し出したのは、テニスボールサイズのやや重たいボール。
正確に芯を捉えなければ、まっすぐに蹴れない。
俺は首をコキリと鳴らす(赤子なので脳内だけで)。
右足をセットし──
ポン。
角度15度。つま先ではなく、足の甲の中ほどにボールが乗った。
まっすぐ、低く、壁に当たり、返ってくる。
「……!」
父の喉が鳴る。
「これはもう……“蹴り方を知ってる奴”の蹴り方だ。
そんなの……1歳にもなってない赤子が……できるわけが……」
ふっ。前世の俺は、何百本、何千本とボールを蹴った。
努力では届かなかった。でも、感覚は残っている。
この体が未熟でも、“蹴るという行為”を俺は知っている。
父の実験は続いた。いや、もう“訓練”と言っていい。
距離を変え、角度を変え、スピードを変えたパスを出してくる。
赤子の俺は、床を転がって追い、蹴る。転ぶ。泣く。蹴る。
そうして、気づけば俺の足は、ボールの“重さ”を理解していた。
──これはもう、始まっている。
影として生きた前世の俺。
陽として生まれた今世の俺。
その狭間で、着実に“実力”が育っている。
父は、ある日つぶやいた。
「陽翔……お前、やっぱり“世界”を見せる価値があるかもしれないな」
フッ。やっと気づいたか。
こっちはそのつもりで、生まれてきてるんだぜ