第2話「赤子のリフティング」
生まれて三日目。
俺はすでに悟っていた。
赤ん坊の身体は……マジで動かない。
筋肉がゼロ。視界もぼやける。
サッカーどころか、寝返りすら打てない。泣くことしか許されていない世界。
だが──
「……ふっ、それもまた訓練だな」
俺は諦めない。前世で味わった無力感は、もうごめんだ。
赤子として、この肉体を一から鍛え直す。そう決めた。
まずは【筋肉の覚醒】からだ。
布団の上で、俺はひたすら手足をバタつかせる。
「かわいいね〜元気だね〜」と母親は笑っていたが、こっちは必死だ。
全身を使い、関節の可動域を確認し、体幹を意識して腹筋を締める。
そう、これは“赤子版プランク”。影の特訓メニューの序章である。
そして1ヶ月後──
俺はついに、寝返りを習得した。
「やだ〜! はるとくん天才〜!」
親バカ発言も悪くない。
実際、俺は天才だ。前世の記憶と執念で、赤子の限界を破っているのだからな。
──さて、次だ。
俺には、ある“目標”があった。
それは、「2歳になる前にリフティングを成功させる」こと。
理由は簡単。天才としての自覚を、早期に刻み込むためだ。
人は“自分はできる”と信じた瞬間から伸び始める。これは前世で学んだ教訓だ。
ベビーベッドに忍ばせたゴムボール。
それを手で持ち、必死に足を上げ、蹴る。転がる。泣く。繰り返す。
しかし、9ヶ月を迎えたある日──
「……きた」
右足を引き、狙いを定め、軽くタッチ。
──ポン。
空中に舞ったボールが、地面に落ちる寸前で左足が返す。
ポン、ポン、ポン。
……リフティング、成功。
俺は、生後9ヶ月で、3回の連続リフティングを成し遂げた。
「えっ!? えっ!? 今、見た!? 見た!? ねぇパパ!!」
母親が叫ぶ。その横で父・風間勇一の目が鋭く光る。
「……あれは、偶然じゃない。動きに“意志”がある」
……フッ。ようやく気づいたか。
この赤子、只者じゃないってことにな。