疑わしきは罰わせずep3
暫しの時が流れ時刻は午後を回り、太陽が西へと傾いていた。気が付けば事務所には空穂ちゃんたちが来ており、いつもの様に楽しそうな会話を繰り広げていた。
ゲティが来ない以上話をすることも出来ないのだが、空穂ちゃん達がいては話すことも話せない。さすがに一応普通の女子高生である来栖さんを巻き込むことは気が引けるため今日は早めに帰ってもらいたいところだ。
「ねえ、来栖さん」
「どうかしましたか?」
スマホから顔を上げて僕の方へと顔を向ける。
「来てもらって悪いんだけど、このあとゲティと大切な話があるんだ」
「大切な話ー?」
「うん。仕事に関わる話で危険かもしれないから来栖さん達を巻き込めないんだ」
「んー。私のレーダーに愛美の危険は引っ掛かってないから大丈夫だと思うけどー」
空穂ちゃんは来栖さんが危険に晒される場合にのみ発揮される守護霊レーダーが備わっている。信憑性は分からないがそのおかげで助かっていることもあるらしいので僕からは何も言わない。
「関わらせたくないっていうのが正しいかも。魔術の深いところの話だから」
「私たちも興味本位で首を突っ込むことはしませんよ。普段だったら帰るのも吝かではないのですが……」
来栖さんは歯切れの悪い回答をする。来栖さんにしては珍しい物言いだった。八咫烏の導きの目を持つ来栖さんは直感で物事の正しい道が分かる。最善の目的へと導かれるように足跡を辿るだけで良いのだ。
そんな彼女が言い淀むと言うことは何かしらこの場に居なければならない理由がある。
「何か理由があるのかな。何かが見えたりしたの?」
「いえ。そういうわけではなくてですね」
来栖さんが答えようと口を開けた瞬間、おなかに抱えていたフクロウのぬいぐるみが喋りだした。
『ゲティ直接呼ばれたのだ』
「ゲティに?」
喋ったのは僕のルーン魔術でコミュニケーションを取れるようにし、ゲティの召喚術により動かせるようにしたフクロウのぬいぐるみであるフーちゃん。元々空穂ちゃんを守る役割を与えられた呪いのぬいぐるみだ。今は呪いも鳴りを潜め、空穂ちゃんとともに来栖さんを守っている。直接的な力は無いがフーちゃんも魔力で動いているため最低限の活躍は見込めるのだ。
『ああ。何でもお願いとやらがあるらしく事務所で待っていてくれとすまほに連絡が来たのだ』
「そういうことなんです。社長さんは何か知りませんか?」
「僕もゲティに話の内容を聞くために待ってるんだ」
ゲティが来栖さん達を呼んだらしく、ここで帰ってもらうという選択肢は無くなった。ゲティも来栖さん達を巻き込む気は無いはずだが、何を考えているのか読めない。
来栖さんの眼を使って相良さんの居場所を知るつもりだろうか。それを行うにしては情報が少なすぎる。さすがの八咫烏の目を持ってしても明確な目的情報がないまま導くことは不可能だろう。
『言い難いのだが……』
「どうかした?」
『お前は社長、つまりここで一番偉いのだろう?』
「そうだね。この事務所で一番偉いのは僕だよ」
『ゲティの方が立場が上に思えるのは気の所為か?空穂や愛美だけではなく他の者たちも社長よりもゲティを慕っているように見えるのだが……』
フーちゃんの言葉に僕の動きは止まる。
直近を思い返してみても僕が誰かから頼られたりした覚えは数えるほどしかない。事務所における女性比率が高いことから年長者であるゲティが慕われるのは当然のことと割り切っているが、仕事のことは僕の方が偉いのだ。
ゲティの方が僕より慕われているのは仕事に関わらない部分での行動が大きい。プライベートというわけではないが世間話をしていることも多い。占い師という職業柄、客から色々な話を聞くことで聞き上手になっているのだろう。
対する僕は仕事があれば頼られる社長として振る舞うことが出来る。――仕事があればの話だ。今日も依頼は殆ど入っておらず、仕事という仕事はない。
母数の問題でゲティが慕われているだけで、母数が変われば僕のほうがゲティより慕われるはずなのだ。
「フーちゃん駄目だよー。社長が泣いちゃいそうじゃーん」
「そうだよフーちゃん。真実っていうのは時として人を傷つけるんだよ」
『態々口に出すことではなかったのは確かだが、社長もゲティが儂達を呼び出した理由を教えてもらっていないのが気になってな』
「それは、アレだよ。ゲティさんにも考えがあるんだよ」
「そーだよ。社長もいざというときには役に立つしー」
フーちゃんを嗜めている風を装いながら僕のことをフォローしてくれるふたりの優しさが辛かった。
僕は何もしていないはずなのにどうしてこのような扱いになってしまっているのか考えても、何もしていないからこうなったという答えしか出てこない。自業自得だった。
「フーちゃん」
『な、なんだ?』
「人には適材適所ってものがあるんだ。僕は社長として事務仕事もしているし忙しくて仕事の内容以外は手につかないことも多い。社員のメンタルケアだったりコミュニケーションはゲティに任せているようなものなんだよ。普段から話している人に心を許すのは人として当然のこと。別に僕が慕われてないわけじゃないよ」
僕はなるべく分かりやすくフーちゃんに伝える。来栖さんに抱えられているフーちゃんは分かりやすく僕から顔を反らした。
『そうだな。儂もそう思うぞ』
「分かってくれたらそれで良いよ」
その会話を最後に僕たちの間に音はなくなった。何とも気まずい雰囲気が流れ、来栖さんたちもその雰囲気にのみ込まれないようにテレビをつけて夕方のワイドショーを見ていた。
流れるのは地元の特集や起こった事件や事故に関すること。現世界の人たちは何も変わらない日常をただ過ごしている。
コンコンと事務所の扉をノックする音が響く。
「どうぞ」
「待たせて悪かった」
仕事を終えたゲティが事務所に入ってくる。急いで来たのか額に髪が貼り付いていた。夏本番は過ぎ去ったとは言えまだまだ暑さが残っている。事務所内は涼しいが、外に置かれている看板などを片付けたりしていたら汗をかいてしまうのも仕方のないことだろう。
「大丈夫ですよー」
ゲティはそのまま来栖さんたちの対面に座った。
それを見てから僕はゲティに問いかける。
「それでゲティ。僕はてっきり空穂ちゃんたちは巻き込まない方向で行くと思っていたんだけどさ」
疑問符を浮かべた顔をしている女子高生を置いてゲティの返答を待つ。
「私も来栖と鏑木たちを巻き込むつもりはない」
「でも呼んでるって言うことは何かしらの用件があるってことだよね」
「ちゃんと用件があるから来栖に待っててもらうように連絡したんだ」
「あの」
会話から外されていた来栖さんがおずおずと挙手をして発言の許可を取ろうとしていた。
「来栖さん?どうしたの?」
「その、おふたりの会話を遮るようで申し訳無いんですが私たちにも説明をしてもらえたら嬉しいなって」
「説明?」
「あ、勿論話せる内容だけで充分ですしぼかしてくれても構いません。ただ、どうして私たちがこの場にいるのかを知りたくて」
確かに呼び出された張本人を差し置いて僕らが会話をしていては除け者にされているようで可哀想だった。本人たちが関わらないのなら賢者の石について話しても良いかもしれない。
今回の件の概要だけを話して、そこに関わっている人たちの詳細だけは話さなければ大した興味を示さない可能性もある。
「ゲティ、話しても良いと思う?」
「まあいいだろう。来栖に鏑木」
ゲティは少しだけ前のめりになってふたりの目をじっと見つめる。
「何ですか?」
「なにー?」
「一応最低限の情報共有として今私たちがやろうとしていることを話す。詳細は話せないことは了承してくれ。私たちとしてもグレーゾーンなことに首を突っ込んでいる自覚があるし、お前たちも魔術の世界に興味本位で首を突っ込む事が危険なことは知っているはずだ」
学校の怪談の件や呪いのぬいぐるみの件で面白半分で首を突っ込んではいけないことはふたりもわかっているらしく、コクリと顎を引いて頷いた。
「分かっているならそれで良い。それと今から話すのは全て仮定の話だと言うことも分かってくれ。何一つ根拠はないが、真実を知るために私たちは動こうとしている。それを踏まえた上でお前たちに話す」
僕が説得するよりも、ゲティが説得したほうがふたりも真剣な眼差しで話を聞く体勢に入った。本当に、慕われるって大変だ。




