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魔術会社サークルのオカルト怪奇譚  作者: 人鳥迂回
深く混じって"愛"対して

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疑わしきは罰わせずep2

 当然だが悪魔の能力を聞いても僕にはどの悪魔の事を言っているのか皆目見当もつかない。

 悪魔の名前くらいは知っているが詳細まで知らないのだ。


 ゲティに詳細を聞こうとするも「明日になればわかるから今日はお開きだ。私は疲れたから帰るぞ」と言い残し、僕の返答を聞くまもなく事務所から出ていってしまった。

 明日になれば分かると言われても、気になった状態のままその時が来るまで待たなければいけないのは酷なことである。宝くじを買ったのに当選発表まで期間が空いていて焦燥感に駆られるような感覚は好きではない。


 賢者の石自体がどのような形をしているのか文献によって様々だ。流体であるとされている事もあれば個体になっているとされることもある。完成された物が存在していない時点で全てが本当の可能性があり、全てが虚像の可能性もある。


「ゲティも帰っちゃったし、僕も帰ろうかな。面倒くさいし事務所に泊まってもいいけど」


 誰もいない事務所では独り言に返してくれる人はいない。それでも自分の意志を示すためについつい独り言を発してしまうのだ。


「それにしても相良さん、なんだか雰囲気が前と違った気がする。奥さんを失って娘さんを育てていた5年前よりも活き活きしていたように見えたんだよね」


 溺愛していた娘が亡くなってしまったのならそれ相応の雰囲気を纏っていてもよかったはず。その場にいたいろはを娘の代わりに見ていたとしても本物にはなり得ない。

 贋作はどこまで突き詰めても贋作なのだ。ただ、贋作は時として本物よりも価値を生むこともある。贋作とは違うがスペインの協会にある柱に描かれたキリストのフレスコ画を補修失敗した事が世界的に有名となり、元の時よりも観光客が増えた例もある。


「偽物が価値を生んでいるのかな?どちらにせよ娘を亡くした父親が娘の代わりを要求している時点で歪な関係には変わりないか。いろはちゃんも親を亡くしてその代わりを相良さんに求めてるのかも」


 それだけで済めばいいのだが。


「ゲティが言っていた通り、魔術師だけど普通の人と同じような生活をしていてくれれば僕たちの考えは杞憂に終わるんだけどなあ」


 僕にも人の心がある。本心では誰かに傷ついて欲しいとは思っていない。

 しかし僕の魔術が相良さんを怪しいと判断したのだ。自分の心に対して、僕の魔術は運命を掴み取る。魔術が間違っていれば、心は安心を得られるが魔術が失敗していたという自信の喪失につながる。どちらにせよ良い方向には進まないのだ。

 それでも。


「願わくばただ疑わしきだけであってほしいな。大切な人を亡くした者同士、傷口を舐めあって幸せに生きていればそれだけでいい」


 僕には親族と言える大切な人がいないから、その感情は分からない。



 翌日、ゲティからの種明かしを期待して事務所に向かうもそこには誰も居なかった。空穂ちゃんたちは学校があるため仕方がないが当のゲティもそこには居ない。

 事務所に来る時に1階で営業しているらしき雰囲気を感じたが間違っては居なかったみたいだ。昼休みの間に態々事務所に来るとは思えないので、店を閉めるまでお預けということになる。


 調さんはいつものごとく部屋に閉じこもって何かをしている。怪異系の事柄を調べて編纂しているためそのへんの仕事が忙しいのかもしれない。夜のほうが捗るという理由で、日中は寝ている可能性もある。

 

 酸塊さんはよく分からないが事務所に居ないということは部屋にも居ない可能性もある。外に出るのは自由だし、何をしても良いのだが足の件もあって少しだけ心配である。成人を迎えているため過保護になってしまうのはおかしいと分かっていながらも気になってしまうのだ。


「暇だな」


 自分の机へと向かい依頼を眺める。

 1日で依頼が増えることもなく依頼書は昨日とほとんど変わらない。

 唯一増えていたのは海外から送られてくる先生からの手紙だった。魔術を使っているからか海外郵便で届くことはなく、いつの間にか依頼箱に投函されている。最近は面倒で読むことも少なくなっていたが、暇つぶしに読むことにした。


「先生も相変わらずだなあ」


『ゴウくんへ

元気にしていますか?君の妹弟子はすくすくと成長していますよ。時が来れば妹弟子が君のところを訪ねに行くでしょう。そちらの季節はそろそろ夏になりますでしょう。日本の夏は暑いと聞きますので体調にはお気をつけください。

ドルイドより』


「夏になるっていうより本格的な夏はもう終わった頃なんだけど。それよりも妹弟子が此方に来るって書いてあるけどあんまり会ったことないんだよな」


 僕が先生のもとで修行している時にはまだ妹弟子はおらず、僕が日本へ帰る数か月前くらいからしか共に過ごすことはなかった。当時は僕が日本に帰るため手持ち無沙汰になった先生が新しい弟子を取ったものだと考えていたが、先生曰く「ゴウくんには魔術のことを教えたけど僕の魔術とは相性が良くなかったからね。魔術師は自分の技術を後世に伝えたいんだ。だから僕の魔術を継承できる弟子を取った」と言っていた。


 先生の元を旅立ったのが18歳くらいの時で、その時に見た妹弟子はまだ10歳くらいだった。今は15歳か16歳になっているはずだろう。そのくらいの歳になればひとりで日本に遊びに来ることもあるかもしれない。前もって連絡があれば良いのだが、当時の妹弟子をみている限りじゃじゃ馬娘で僕の手には負えなかった。


「ゲティがいろはちゃんを可愛がっていたのに少し似ているのかも」


 先生からの手紙をみて、脳裏に思い出せる当時の記憶。自然豊かな森の中にぽつんと立った一軒家で修行をしながら魔術学校に通っていた。妹弟子が来てからは短い間だったが、生活も共にした。

 今、妹弟子がどのような成長を遂げているのか気になってしまう。年齢的にも妹のような存在だったのだ。本当の家族が居なかった僕にとっては先生と妹弟子が血の繋がらない家族のようなものだったのかもしれない。


「それならゲティがいろはちゃんを心配する気持ちが少しだけわかるかもしれない」


 何かがあればどんなことでも手助けするし相談にも乗る。兎に角、危険なことに巻き込まれず平穏に生きていてほしいと願うゲティの考えは僕にも当てはまる。

 最悪、妹弟子が先生の魔術を継承せずに魔術師を辞めようとしていても僕にとっては構わない。それで働くところや住むところがないのなら事務員として雇うのも吝かではない。

 ゲティのことを身内に甘いと評したが、僕も大概だった。


「空穂ちゃんのことも何回も復活させたし、来栖さんの目のために眼帯を作ったり、考えてみれば僕も皆のために色々やってるな」


 今回は相良さんの研究に興味があるから首を突っ込んでいる。その研究をしていたのが相良さんではなかった場合、僕は首を突っ込んだのだろうか。

 相良さんが行っている研究だからこそ首を突っ込んだのではないか。知り合いというのは出会った回数が少なすぎるが身の上話を聞いてしまったため同情しているのかもしれない。


「疑わしきは罰せずって言うけど深入りしすぎると、疑念が確信に変わっても罰することが出来なさそうで嫌だな。悪い事をしていてもそれを見逃すようなことはしたくない」


 罪には罰がこの世の中で生きるためには必要なルールなのだ。

 人への甘さというのは秘密を共有することでも悪事を共に働くことでもないのだ。


「ゲティもそうだけど罪を犯していたとき、知っている人を止めることって出来るのかな」


 ゲティにとってのいろは、僕にとっての相良さん。

 一晩開けてから首を突っ込んだことによって自分の首を絞めることに繋がったと実感するのだった。

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